月語り
今まで投稿した小説とは全くもって関係ない短編小説です
純粋な雰囲気‥とは言えないかもしれませんが、ほろ苦いような甘いような物語に触れてください
昔々、ずっと昔の小さな話。
小さな人の小さな人生の話。
あるところに、男の子がいました。
男の子には何もありませんでした。
男の子が欲しがったものは
不思議なことに、全て消えました。
男の子がまだ小さかった頃
お店に売ってあるお菓子が欲しいと言いました。
すると、お金持ちの子供が現れ
男の子の目の前で、お菓子を全て買って行ってしまいました。
男の子は大声を上げて泣きました。
またある時
男の子は犬が欲しいと言いました。
両親は男の子の誕生日に、可愛らしい子犬をあげました。
男の子が喜んで子犬を抱き上げると
子犬が暴れ、外に飛び出しました。
男の子は追いかけましたが
子犬は男の子の目の前で野犬に首を噛みちぎられて死んでしまいました。
男の子はただ呆然としていました。
両親は何度も続く男の子への不幸が無性に恐ろしくなっていました。
男の子が何かを欲しがるたびに、怯えるようになりました。
そしてある時、男の子は両親の愛情が欲しいと言いました。
男の子の両親は、男の子の目の前でお互いの心臓に刃物を突き立てて死んでしまいました。
両親から飛び散る血を浴びながら、男の子は無表情のまま立ち尽くしていました。
倒れる両親を見下ろす小さな男の子は、何も欲しがらず生きようと決めました。
男の子は1人で旅に出ました。
人知れず死ぬためにでかけました。
男の子からは悲しいという気持ちが
無くなっていました。
男の子は歩き続けました。
ずっとずっと歩きました。
ずっと歩いて、食べ物も尽き果て
服がボロボロになり
見た目は酷く汚く、靴は破れ
足から血が流れても歩きました。
やがて男の子は自分の道の終わりに
気づきはじめました。
そして最期の場所を求め、男の子は
理不尽な自分の罪を洗い流す為に
深い深い森の中の
綺麗な湖まで足を引きずりながら
歩きました。
美しく輝く綺麗な湖を覗き込むと
そこには汚い男の子が映りました。
不思議なことに、水面に映る男の子は泣いていました。
汚れた頬を止めどなく流れる涙が伝い、水面に落ちて男の子の顔が歪みました。
男の子が呆然としていると、不意に後ろから声をかけられました。
振り返ると、そこには男の子とは真逆で、綺麗な服を着た、綺麗な女の子が立っていました。
青空を映す湖のように澄んだ声で、女の子は男の子に問いかけました。
なにが辛いのかを問いかけました。
男の子は答えました。
願いが叶わない事が虚しいと。
女の子は優しく微笑み言いました。
それの何が辛いのかと。
女の子は羨みました。
何も叶わない不自由さを求めていたのです。
女の子は語りました。
願いが全て叶う事の恐怖を語りました。
男の子は女の子の話に聞き入りました。
自分とは真逆で幸福な人生の深い悲しみが痛いほど伝わってきたのです。
いつしか男の子と女の子は太陽が沈むのも気にならないほどにお互いの人生を語っていました。
そして月が綺麗に湖に映る頃、男の子と女の子は短い人生を語り終えました。
男の子は今更のように痛み始めた身体を労わるように湖のそばに横たわりました。
自分の短くも寂しい、理不尽な物語を語る事が出来たことを唯一の幸福だと言い聞かせながら。
そんな男の子を見た女の子は、月を映した湖を眺めながら言いました。
最期に何か祈らないか、と。
男の子は答えました。
それは自分には勿体無い幸福だ、
と。
月明かりに照らされた湖のそばで、男の子と女の子は互いに微笑んだまま立ち上がり手を取り合いました。
二人はどちらともなく、静かに、ゆっくりと言いました。
「僕は、叶うならば君と生きたい」
「私は、今、あなたと死にたいわ」
微笑む男の子の顔は優しく、穏やかでした。
男の子の手を握り締める女の子の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていました。
男の子はそっと女の子の涙を指で拭い、汚れた頬を少し紅く染めながら、小さく小さく可愛らしい女の子へ、初めての恋を伝えました。
女の子はとめどなく涙を流しながら、懸命に頷きました。
二人の小さな恋は、そっと、予兆もなく静かに泡のように弾けました。
正反対の二人が月に告げた、正反対の願いだけがそこにはありました。
月は優しく、最後の水音を聞き遂げ、ゆっくりと眠りましたとさ。
昔々、ずっと昔の小さな話。
小さな人の悲しく幸せな話。
誰が幸せで誰が不幸だったのか
それは最期を見た月だけが知る話。
めでたしめでたし。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます
感謝感激です
なぜこうなったんだ、など思う所もあるかとは思いますが、理由もあります
ぜひとも、彼や彼女、または第三者になったつもりで謎を紐解いてみていただければ楽しめるかと‥
長々と失礼しました
また投稿していきますので、その時はどうか読んでください