第七章:浅ましく深い業
ワイバーンとヴァイパーを叩き殺したハイズは計4匹の魔物を背負いブロウベ・ヴァイエル辺境子爵の領土に戻って来たのは、夜になり始めた頃だった。
しかし、夜は夜で活気に満ちているから明るいが・・・・・ハイズが魔物を背負い現れるとギョッとする。
『お、おい、あれってワイバーンとヴァイパー・・・・・だよな?』
『嘘だろ・・・・・たった一人で、あの魔物を4匹も仕留めたのか?』
『信じられねぇ・・・・・化け物だぜ』
『あいつ、本当に生かしておいて良かったのか?』
あんな危険人物が野に放たれたのだ・・・・・・いつ自分達に害が及ぼされるか?
考えただけで背筋が凍り付くが、誰もが口だけ言って行動には出さない。
とは言え・・・・それが普通だ。
少なくともハイズを相手にして勝てる自信が・・・・・・誰にもないのだからな。
しかし、誰もがハイズを凝視するが当の本人は見向きもしない。
彼にとって他人など道端に転がっている石ころか、そうでなければ雑草に近い存在なのだ。
そして彼は、これから大事な仕事前だから気を張る必要があるのだろう。
「・・・・・ここか」
ハイズは然る建物の前で足を止めた。
その建物の看板は「仕立て屋」と書かれているが、ドア越しに拒絶しているのが感じられた。
「おい、出て来い。仕事だ」
不愛想にハイズは声を掛け、血塗れの槍でドアを叩いた。
「・・・・・何の用だ?」
ドアを開けて出て来た男はハイズを見るなりギョッとする。
「こいつを服に縫い付けろ。それから武器にも、だ」
「わ、ワイバーンと・・・・・・ヴ、ヴァイパーを・・・・・・・か?」
「そうだ。仕立て屋と言うが、拵師なのも知っている」
「お、お前は馬鹿か?!魔物の皮や皮膚を魔術師や聖職者の浄化もやらずに使うなんて・・・・・・・!!」
「知っている。しかし、だからこそ良いんだよ」
魔物の皮や皮膚は強力な武具や防具にも使用されるが、その前に魔術師や聖職者の浄化が必要だ。
何せ元は魔物ゆえに業の深さは人間なんて足元にも及ばない。
それを浄化せず使えば・・・・・・・・・
「取り憑かれて死ぬぞ」
「死なねぇよ。俺は、あの方を護る。その為にも浄化せず・・・・・魔物の身体を使い、その業と力を手に入れる」
「お前・・・・・“邪道剣魔”か?」
男は取って付けたような名前を言うが、五大陸に確かに存在する・・・・闇の職業だった。
読んで字の如く邪道とは正道から外れた存在であり、剣魔とは剣の魔物である。
要は魔物の皮膚や鱗を浄化せず使い、魔剣または妖刀を使う者を言い表した言葉なのだ。
しかし、男の震え、心から軽蔑する声を聞けば解る通り・・・・・・誇りなんて無い。
寧ろ誰もが卑しく悍ましいと嫌悪する存在である。
その証拠に邪道剣魔以外でも「邪剣魔」、「穢れし剣士」、「悪魔に魂を売った者」、「背徳の剣士」などと有り難くもない名前ばかりだ。
「お前が俺を蔑もうと知った事か。俺は、エリナ・ルシアン様ただ一人を護る為に地獄から戻って来たんだ。いや、エリナ様が地獄から引き揚げてくれたんだよ」
ならば・・・・・・・・・・
「一度、地獄に堕ちたんだ。あの方が天国に行けるようにするのが飼い犬の役目だろ?」
金は払う。
「それでも嫌と言うなら・・・・・力付くでもやってもらうぞ」
ハイズが切れ長で濃い紫の双眸を細める。
それを見て男は本気だと分かったが、こいつの願いを・・・・・聞き届ける他ないと思った。
恐怖だけではない。
この男の眼が・・・・・・人間を超えた眼をしていたからだ。
何と言ったか・・・・・・・?
そう・・・・・とても有り触れた名前だが、これ位しか思い浮かばないほど実に的を射た言葉である。
「・・・・分かった。なら服を選べ。だが、これだけは約束しろ」
「何だ?」
「あの方を絶対に殺させるなよ?例え・・・・・・神が相手でも、だ」
「・・・・・安心しろ。神だろうとエリナ様に指一本も触れさせやしねぇ」
その言葉を言うハイズを見て男は「やはり、お前は人間じゃねぇ」と呟いたが、最初に比べれば棘がない。
「なら服を選べ。そしたら今日中に仕上げてやる」
「分かった。俺の分が出来たら好きにしろ。それから・・・・・こいつはいるか?」
ハイズはワイバーンのブレスが溜まった贓物を男に見せた。
「ワイバーンのブレスが溜まった贓物か・・・・・くれるのか?」
「あぁ。売れば高値になるから危険手当としてくれてやる」
図々しく上から目線の物言いだが、ハイズの言う通り・・・・・これからやる作業は危険を伴う。
「分かった。なら金は・・・・・・・」
「服代は別に払う。そいつは危険手当だ」
これを聞いて男は驚いた。
ワイバーンのブレスが溜まった贓物は色々と使い道があるが、希少価値は極めて高く革袋20袋あっても足りない位の値打ちがある。
それなのに服代は別に払うとハイズは言うのだから驚きだ。
「金に関してはハッキリさせておきたい。だから、服代は別で、そいつは危険手当だ」
過去を臭わせる発言をハイズはしたが、男は深く追求しなかった。
この男と慣れ合いなんて御免だが、主人を護るという気持ちは汲む位の・・・・線引きがちょうど良い。
「なら入って服を選べ」
そう言って男はハイズを招き入れた。
中に入ると様々な衣装がハイズの眼に入り、ハイズは服を直ぐに選んだ。
色は黒だが決して貧相に見えない・・・・・寧ろハイズに似合う色であり、エリナの従者としても恥ずかしくない位に上等な物である。
ただ、やはり黒一色なのが印象を悪くすると思ったのか・・・・・・・・・
「おい、これを一枚でも良いから帽子に付けろ」
見かねたのか、男が駝鳥と思われる羽を一枚だけ差した帽子をハイズに渡す。
「・・・・・ありがとう」
ハイズは不愛想ながらも礼を言い、それを聞いて驚くが直ぐに服を着ろと命じた。
言われるままにハイズは服を着るが、身体にフィットしており見事に着こなしているから凄い。
「それで良いのか?」
「あぁ、これで良い。それから拵の方だが、手間が掛かる」
「というと?」
「先ず柄糸と鞘にはヴァイパーの皮、そして金具はワイバーンの鱗で頼む。槍にはワイバーンの牙と、ヴァイパーの皮を使った革巻きで頼む」
革巻きなら通常の拵より頑丈であるが手間も同時に掛かる。
それを敢えて頼むのは実戦だけでなく見栄えもする事を考えてハイズは提案したのだろうと男は思った。
「分かった。それで他には?」
「胴当て、籠手、脛当ては両方の素材で頼む。後は俺がやる」
そう言ってハイズは服を再び脱ぐと男に手渡した。
服を受け取った男は外に出て乱暴に積み重ねられた魔物の死体を引き摺るようにして作業場に持って行き、やがてハイズも中に入りドアが閉められる。
「お、おい。あの男、何をする気だ?」
民草の一人が作業場に消えた2人の事を仲間に尋ねると、その者は何か分かったのか顔を青白くさせた。
「恐らく・・・・・あの魔物を使って、装備するのさ。知っているだろ?邪道剣魔ってヤツを」
「嘘だろ?ただでさえ剣の腕が強いってのに・・・・魔物の皮や鱗を使う邪道使いなのかよ」
「たぶんな。全くエリナ様も凶暴な野良犬を飼ったもんだ・・・・・・・・」
「だが、狗奴も付いて行くならマシだろ?」
この狗奴とは母親が犬と交尾して出来たと噂される小人みたいに背の小さい男である。
ただし、身長とは正反対に1mを越える長刀を差し、それから放たれる居合は眼にも止まらぬ速さだ。
おまけに脚力と嗅覚も犬並みにあり、ブロウベ子爵からの信頼も厚い人物だからハイズという男を黙らせる事は出来るだろう。
「そりゃそうだが・・・・・あの男に勝てる確率がどれ位あると思う?」
如何にブロウベ子爵の秘蔵っ子として名高い狗奴とは言え・・・・・・・・・・
その言葉を最後に民草2人は沈黙した。
嫌な予感が頭を過ったからである。
居心地が悪くなったのか、2人はその場から足早に去るが正解だ。
何せ・・・作業場からは不穏な気が出始めたのだからな。