第四章:誓いの言葉を
「その騎士は元々“はぐれ騎士”だった」
ブロウベは騎士の身分を言ったが、エリナ様達には分からなかったようで首を傾げる。
「はぐれ騎士・・・・・唯一の主人を見つけるまで特定の主人は持たないが、人手が不足しがちな戦には参加しよう、だったな?」
3人に教える意味も含めてブロウベに聞いた。
「あぁ。今じゃ露骨に傭兵騎士なんて言うが、あの時代に生きた連中は少なくとも今より誇りが高かった」
だから敢えて傭兵という言葉は使わないなどし己の身分を名乗った。
「そのはぐれ騎士だった奴が何で国王陛下と出会い、そして死ぬまで護ったかは分からない。ただ、その国王は死ぬまで黒いドレスを着て、髑髏を彫った指輪をしていたらしい」
「・・・・処女王、背教の王、漆黒の王、髑髏の王など様々な異名を持つサルバーナ王国5代目国王であらせられたレイウィス・バリサグ様ですね」
エリナ様が思い出したように言い、俺に教えるように説明してくれた。
「レイウィス様はフォン・ベルト様の長男の子---つまり孫が王妃との間に儲けた第一王女でした」
「王女?ですが聞いた話によれば女王でも統治できるようになったのはレイウィス王の時代から更に数百年後では?」
「確かに当時は女王が統治するのは認められていませんでした。しかし、兄弟は身体の弱い弟と妹で王位を継ぐには危ういと判断されたのです」
「それで当時は男性名で使われていた“強き者”を意味する・・・・・レイウィスと名付けられた訳ですか」
「はい。レイウィス様は先王の希望に応えるように武芸を嗜み、臣下達の次世代---つまり息子達を常に置きました」
その上で先王達が行った政と宗教を切り離す事業--政教分離を推し進めた。
「ですが当時は聖教の黎明期とも言われた時代で、時の大司教も王室の思考を気付いていました」
王国より後に聖教は出来たが、瞬く間に信者を増やしていき巨大化していたらしい。
ここ等辺は宗教にある特有の「不思議な力」というヤツだろう。
そして当然の話だが、国王は聖教を大人しくさせようとし聖教は更なる力を求めた。
この時の王座は既にレイウィス王に移り、先王と王妃は後継人の立場だったらしいが・・・・レイウィス王は当時10代半ば位。
まだ先王が健在なら助力を請いたい年齢だ。
だが、先王は病の身で残された時間は限られていたらしい。
しかし・・・・ある日、先王と王妃を天に召された。
「聖教に・・・・・暗殺されましたか」
俺はエリナ様に問う。
するとエリナ様は頷いた。
「そうです。直ぐにレイウィス様は大司教を捕えようとしましたが、逆に・・・・3日3晩もバスタオル一枚だけ巻かされた状態で土下座させられました」
「・・・・・・・・・」
仮にも国王にして、しかも10代半ばという年齢の娘をバスタオル一枚巻かせた状態で3日3晩も土下座させるか・・・・・・・・
「私は神を裏切りましたが、もし、その場に居れば・・・・・激怒していた事でしょう」
神だからと言って全て許される訳じゃない。
神に仕える大司教だからと言って許される訳じゃない。
「貴方の言いたい事は分かりますが・・・・それが当時の王国だったんです」
エリナ様は静かに怒り出した俺を宥めるように落ち着いた声で説明し、俺はハッとして頭を下げた。
「申し訳ございません・・・・・嫌な、過去を思い出したので」
「良いのですよ。誰にでも思い出したくもない過去はあるものです。では続きを話しましょうか?」
「・・・・お願いします」
俺はエリナ様を見れずに少し視線を逸らした。
それをエリナ様は見てから話を続けた。
後継人の2人を強引に天へ召さした大司教は追い討ちを掛けるように・・・・・レイウィス王を城から追い出した。
「そして空いた玉座にレイウィス様の弟君を座らせましたが、まだ10歳にも満たない幼子です」
誰が見ても実権は大司教が握っており明らかに国家反逆罪だが・・・・・・・
「臣下達は受け入れ補佐しました」
「先ほど聖教がレイウィス王の両親を暗殺したと言いましたが・・・・レイウィス王の両親を事実上殺したのは、臣下達だったからですね」
俺が疑問符を付けず確信した口調で聞くとエリナ様は頷いた。
「な、何で臣下達が殺したと分かるのよ?」
ティナが狼狽えた様子で聞いてきたが、少し考えれば分かる。
「考えてみろ。レイウィス王の両親は聖教を政から切り離そうとしたんだぞ?」
つまり大司教など最も傍に置きたくない存在だ。
となれば・・・・・・・・
「信者であり、国王の臣下を使うしか・・・・ないわね」
ティナは俺の言葉を聞いて重苦しい口調で言い、納得したように顔を下げた。
「恐らく実行犯に選ばれた奴は生真面目で信仰心が厚い性格だった筈だ」
王室と聖教の板挟みになり悩んで悩んだ末に聖教を取るよう大司教が・・・・囁く。
「そして先王と王妃を殺すが、生真面目な性格から罪の意識に耐え切れず現場で自害すれば・・・・証拠は何も残らない」
だが、大司教から言わせれば計算の内で自害した臣下に形だけの祈りを捧げ、今の国王が神に逆らったとか言って・・・・・・・・
「信者を先導し、邪魔者であるレイウィス王を追い出す・・・・・」
こうすれば後は年端も行かない第一王子と第二王女だけとなり良いように料理できる。
「ハイズの言う通りです。レイウィス様の両親を殺した下手人は直ぐに自害し、大司教は信者を先導してレイウィス様を追い出しました」
もちろん何人かの臣下はレイウィス王を助けんと動いたらしいが・・・・・・・・
「民草が税を納めないなど反抗したので一時的に匿ったり路銀を渡すだけでした」
頼れる者も居ないレイウィス王は這々の体でヴァエリエを出たらしいが、ブロウベの言葉通り大司教はレイウィス王を殺さんとした。
「そこを地方貴族達と、はぐれ騎士であった髑髏の騎士に助けられたのです」
まだレイウィス王が生きた時代は王国が発展途上だった事もあり、地方貴族は完全に王国に忠誠は誓っていなかった。
中には虎視眈々と牙を磨いた貴族も居たらしい。
「ですが何処の地方貴族もレイウィス様を匿い、刺客から護ったそうです」
理由は恩を売る面もあったが、一神教で他宗教を迫害する勢いだった聖教の反発もあったらしい。
「その地方貴族達の力を借りレイウィス王は国王に返り咲いた・・・・という訳ですか」
結論を俺が言うとエリナ様は神妙な顔で頷いた。
「ただ、レイウィス様がヴァエリエから追い出されて間もなく一人の名も知られない幼子が無実を証明しました」
『レイウィス王が悪魔に唆されたと言うが、何で純粋で疑う事を知らない無垢な子供---即ち第一王子や第二王女を悪魔は狙う筈だ』
「言い得て妙ですね。悪魔や邪神の逸話は数多くありますが・・・・大抵は精神的に脆い女や子供を狙いますからね」
俺の知る限りの逸話では10で言えば7~8割が女子供で、残る2~3割が大人の男の確率で悪魔や邪神に唆される。
それは単純に・・・・・女子供の方が罪を犯させ易いからだろう。
考えれば至極単純な答えだが、だからこそ幼子が逸早く答えを見出したんだな。
「これを言われ大司教は図星を指されたのか、激怒して幼子を殺しました。それによって罪悪感を覚え始めた民草の反発も強まったのです」
「・・・・虎の威を借りる狐ではなく、神の名を借りた豚が墓穴を掘った結末ですね」
何とも間抜けな大司教だと俺は思い、つい皮肉を言ってしまいブロウベ達に睨まれたがエリナ様は小さく頷いた。
「その通りです。お陰で地方貴族の力も借りてレイウィス様は国王の座に帰り咲いたのです。ただ、戦も覚悟したのか・・・・・騎士団を連れて居ました」
騎士団の数は不明だが衣装は全て同じだったらしい。
「髑髏の仮面を被り、黒一色の鎧兜に身を包んだ上に大小の剣と1本の槍を装備していたそうです」
なるほど・・・・・・・・
「それで俺を髑髏の首狩り騎士と言った訳か」
ブロウベを見やると「あぁ、そうだ」と不愛想にブロウベは答えたが、俺にはそれだけでも十分だ。
「してレイウィス王は戦ったのですか?」
ブロウベから視線を外しエリナ様に問いを投げるが、エリナ様は首を横に振った。
「いいえ。その時には既に大司教の信頼は地に落ちたのでしませんでした。お陰で無血によって国王に返り咲いたレイウィス様は・・・・・・・・・」
以前より更なる辣腕を振い、数年以上は掛かると見られた聖教の力を削いで・・・・政から切り離し更に中央集権を強化したらしい。
もっとも両親の仇と、自身の屈辱は忘れなかったらしく・・・・・・・・・・
「大司教を火刑に処し灰も残さなかったそうです」
その上で裏切った臣下達にも見せしめの意味も含めて厳罰に処するなどしたが、ここ等辺は為政者としては許容範囲だろうと俺は思いながらエリナ様の説明に耳を傾ける。
「全てを終えたレイウィス様は成人になった弟君に王位を譲り後継人となり表舞台には一切出なくなりました。そして生涯を独身で過ごし息を引き取ったのです」
説明を終えたエリナ様は軽く息を吸うが俺は何でレイウィス王が生涯を独身で過ごしたのか考えたが、答えは直ぐに見つけられた。
『髑髏の騎士を愛したんだな・・・・・・・・』
きっとレイウィス王は命懸けで護り抜いた髑髏の騎士を愛したんだ。
だからこそ自身を護る騎士団の装備も髑髏の首狩り騎士を真似たに違いない。
黒いドレスと髑髏の指輪も良い証拠だし、生涯を独身で過ごしたのも貞操を捧げるという事で・・・・騎士に想いを伝えたんだ。
答えを見つけた俺は如何にも婦女子が好みそうな話だと思ったが・・・・・・・・・
「・・・・ハイズ。剣を差し出しなさい」
エリナ様が徐に言うが俺は言われた通り大刀を鞘から抜き柄の部分を差し出し跪いた。
しかし、跪いてハッとする。
この光景---跪き、水平になった刃が自身の肩に置かれる光景は・・・・・幼い時に激しく羨望を抱き続けたが、今まで機会を得られなかった「騎士の誓い」その物だった。