第一章:唯一絶対の主人
すいません、最初の後半から暫しハイズ視点となります。(汗)
そしてハイズのモデルですが人斬り以蔵と言われた「岡田以蔵」、首切り浅右衛門と恐れられた「山田浅右衛門」の2人が主です。
ただ、それ以外にも数人ほどモデルにはしました。
俺は磔台から下ろされ手足を自由にされた。
処刑を見物しに来た連中はブロウベ・ヴァイエル辺境子爵の部下が追い払い、居るのは数人だけだった。
しかし、明らかに場違いな者が一人いる。
その者は俺より頭が2~3つも小さい少女で・・・・・俺を助けてくれた「2番目の女神」と同じ金髪に青い瞳を擁していた。
ただ、違う点を挙げるなら・・・・・・2番目の女神は悲観的な色を見せ、流されるがままに生きているのに対し、この少女は強い意思を宿していた。
餓鬼の頃に読んだ本で書かれていた・・・・・・常人を遥かに超える強い意思を宿している。
この少女が俺を助けてくれた。
赤の他人なのに少女は俺を殺させまいと前に出て、大勢の人間達を見て心の底から叫んだのは今でも覚えている。
いや・・・・・死ぬまで忘れてはいけない。
『彼は確かに罪を犯しました。しかし、彼にも理由はあります。そして・・・・悲しい双眸を宿していました。そんな方を私は、死なせたくありません!!』
赤の他人であり、度し難い罪人である俺を護るように叫ぶ少女・・・・・・・・・
しかし、何で・・・・・赤の他人である俺を助けた?
先程の言葉が理由だろうが、どうしても俺は納得できなかった。
「・・・・質問しても、宜しいでしょうか?御嬢様」
俺が静かに声を掛けると少女は直ぐに身体ごと俺に向いたが、周囲は俺を取り押さえる姿勢を取った。
そしてブロウベ・ヴァイエル辺境子爵は直ぐに少女を庇えるように立つから・・・・ただの少女ではないな。
いや、何となく察しは・・・・出来たが、確信を持てなかったんだ。
だが、そんな物はどうでも・・・・・良い。
「どうして、私を助けてくれたのですか?」
少女を見下ろす事が無礼と思い片膝をつく事で目線を合わせ問う。
「貴方、ここに来るまでに・・・・・かなり罪を犯しましたよね?そして罪の重さに耐えられなかったんですよね?」
「・・・・・・・・・・・」
赤の他人である少女に図星を言われ俺は俯くが、沈黙が肯定だった。
「私も先日・・・・初めて、人を斬りました」
とても酷い嫌悪感を覚えたらしく・・・・・夢を見るらしい。
「嗚呼、これが人を傷つけた者の業なんだと分かりました。ですが、私より貴方は更に多い筈ですよね?」
「・・・・・・えぇ、そうです」
俺は俯いたまま答えた。
「敵を殺し、味方すら殺しました・・・・・男も女も・・・・老人も子供も例外なく、ただ命じられたままに・・・・・気分が悪かったから・・・・・邪魔だったから・・・・・・」
碌でもない理由で殺して、殺して、殺して・・・・・・・・
「殺し続けました。その代償に夢を見ます。お陰で酒と女に逃げ、ただでさえ周りの評価が良くなかったのに・・・・・自分で最悪にしました」
その上で仲間すら裏切った。
「これで最悪から奈落へ堕ち・・・・・・国外追放になりました」
国を追われた後は流れるままに生き、赴いた先で血を流し、そして・・・・・・・・・
「この地において死ぬ筈でした」
「・・・・死に希望を見出しましたか」
少女の重い口調に俺は頷く。
「はい・・・・もう、疲れたんです。自分の背負う業に・・・・人生に・・・・もはや何も無い自分に・・・・・・・・」
だから処刑されたかった。
「・・・・・私は、貴方の希望を打ち砕きましたね」
「そうなります。ですが、貴女様の声には強い意思と・・・・・俺を心から心配する色が含まれていました」
「甘いというかもしれませんが・・・・・出来る事なら私は、誰も傷つけたくないし、傷付く姿も見たくないんです」
それ故に貴方を助けたと少女は語り、俺は俯かせていた顔を上げ・・・・・少女を真っ直ぐ見た。
年齢は14~15歳で、金糸の髪に青い瞳と白い肌は一流の職人が丹精込めて彫り、そして加工したように美しい。
まさに生きた人形だが、眼に宿る温かさは人形には決してない。
そして俺の希望を打ち砕いた事に対して覚える罪悪感も・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・」
俺は暫し少女を見ていたが、少女は懐から皮袋を出すと俺に渡してきた。
「これは路銀です・・・・・これを持って、直ぐに何処かに行った方が良いです」
「・・・・・・・・・・」
そう、だな・・・・確かに、ここに居れば俺は殺されるだろう。
それはブロウベ・ヴァイエル辺境子爵たちを見れば一目瞭然だ。
俺を殺したがっている。
何せ自領で悪さをしたし、その上で目の前の少女を・・・・・殺せる位置に居るからだ。
しかし、死は俺の希望だ・・・・・いや、希望「だった」と言うべきだな。
今の希望は・・・・・真逆だ。
「俺は・・・・・・極端な人間ですね」
え?
少女が首を傾げるが、それが実に可愛らしい。
嗚呼、こんな表情を俺みたいな者に見せて下さるのか・・・・・「3番目の女神」は。
「ある人物が俺を極端な人間と評しました」
誰にでも尻尾を振るくせに極端に考えて真逆の事を行う。
「今もそうです。死を先程まで渇望していたのに・・・・・今では生を逆に渇望している」
これを聞いて少女は僅かに安堵の眼をした。
嗚呼、俺みたいな者が生きようと決めた事に安堵なさるのですか?
ですが、俺の渇望は・・・・・・まだ、なんです。
「生への渇望を抱きましたが、それを与えて下さったのは他ならぬ貴女様です」
だから・・・・・・・・・・・
「願わくば・・・・・私を貴女様の“飼い犬”にして下さい」
土下座して俺は頭を下げ乞うた。
「てめぇ、ふざけるなよ!!」
しかしブロウベ・ヴァイエル辺境子爵が少女を自分の後ろにやり俺を睨み据えた。
「この方は見ず知らずのてめぇを助けた。それだけでも有り難いのに飼い犬にしろだ?ふざけるな!!」
「ふざけてなどいない・・・・・俺は、本心を言っただけだ」
「どの口が言いやがる!てめぇ、自分でも認めた通り数多く人を殺したんだろ?それこそ老若男女問わず命じられるがままに?!」
「あぁ、そうだ・・・・・誰の命令でも俺は従った。故に駄犬から野良犬と落ち零れたのさ」
ブロウベ・ヴァイエル辺境子爵は淡々と答える俺に目くじらを立て、大刀に手を掛けた。
「最後通告だ。今すぐ金を持って俺様の領土から消えろ。そして2度と、この方に近付くな!!」
「断る。如何に貴様の領土内だろうと俺を飼うか、飼わないか決めるのは他でもない・・・・・その御方だ」
この言葉には真理があると猪みたいに体格がデカいブロウベ・ヴァイエル辺境子爵も解ったのか、今にも大刀を抜き打ちしようとした。
そう・・・・世の中は真理や真実が一つと偉そうに語る輩は多いが、それを受け入れられる人数は限られている。
この場合もそうだ。
ブロウベ・ヴァイエル辺境子爵は真理を理解しているが、受け入れたくない。
そして自分が納得する「解釈」にしようとしている。
俺が好きだった哲学書にはこう書かれているが、まさにその通りだ。
『世の中に真実は無い。あるのは人間の数だけある解釈のみ』
人間の数だけ違う解釈があり、それこそ受け止める者の真理にして真実だ。
そして俺を救ってくれた3番目の女神は如何なる解釈をするのだろうか・・・・・・・・?
俺自身は受け入れて欲しいが、果たして・・・・・・
「・・・・・貴方の名は?」
女神が静かに名を問うてきた。
「残念ながら名は国外追放された時よりありません」
跪いたまま答えると女神は困惑した。
「困りましたね・・・・これから旅をするのに名がないと・・・・・・・・」
「え、エリナ様、何を言っているんですか?まさか、本気で・・・・この血に飢えた狂犬を飼う気ですか?」
ブロウベ・ヴァイエル辺境子爵が上擦った声を出すが、そうだろう。
俺みたいな犬を飼えば何時、手を噛まれるか分からないんだからな。
しかし、エリナという女神は言った。
「この方を助けたのは私。それなら面倒を見なければならないのは、他ならぬ私です」
「し、しかし、ですね・・・・・・・・」
「仮に私が死んでも、それは私に人を見る眼が無かっただけです」
断固とした口調で女神はブロウベ・ヴァイエル辺境子爵を黙らせた。
大人と幼児並みに体格の差があるのに黙らせ自身の意志を貫き通す様は・・・・・・・・誠に美しかった。