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最終章:主人との旅立ちへ

ブロウベ・ヴァルディシュ辺境子爵の領土から出る道に5人の男女が立っていた。


5人の内3人は女子で、残り2人が男性だったが1人の男が異様な感じである。


その男は全身を黒一色に身を包んでおり、対照的な色白な肌が酷く目立って病気的に映っていた。


ただ、色白で細面にして切れ長で濃い紫の双眸は虚無を宿し、その双眸の奥は深淵の如く底が見えない。


また芯から冷え切った極寒の冷酷さと、炎のように凶暴で残虐性も秘めているから恐ろしい。


腰に差した80cm前後と60cm前後の2本も革を巻いた実戦的なのが恐ろしさを強調しているが、唯一駝鳥の羽を1枚だけ差した帽子が・・・・・異様で恐ろしい空気を洒落で誤魔化している。


男の名はハイズ。


ハイズ・フォン・ブルアと言い、つい先日まで無宿人だった凶悪犯であるが今は一人の少女に仕える飼い犬だ。


その少女とは・・・・・・・・・


「色々と御世話になりました」


一人の少女が前に出て向き合うように立つ中年の男に頭を下げる。


中年の男は些か肥満体に見えるがガッシリした体格で、剛毛だが禿げ上がった黒髪に猪みたいな黒い瞳と顔付きであった。


背中には180cm前後もありそうな大太刀を背負い、腰には60cm前後と、50cm前後の刀剣を差している。


男の名はブロウベ・ヴァルディシュと言い、この地---悪党の巣窟と今でも称されている土地を治める辺境子爵だ。


「いえ、礼など勿体ないです。寧ろ貴女様を我が領土に迎え入れられた事が嬉しいです。そればかりか、私ごとき男から学べたとも言って下さり光栄です」


ブロウベ辺境子爵は愛嬌ある笑みを浮かべ少女に深く頭を下げた。


その少女は10代半ば位の年齢で金糸の髪を真後ろで1本に纏め、サファイアみたいに輝かしい蒼い双眸を宿し白い肌を宿している。


まさに生きた人形みたいな美しい容姿だが、服装は不似合いな旅衣装で腰には40cm前後の中脇差と、120cm前後もある本赤樫の木刀を差しており容姿を台無しにしていた。


しかし・・・・・少女は、大事そうに差しているから不思議だった。


この少女の名はエリナ・ルシアンと言い、サルバーナ王国の王都であるヴァエリエから亡き義兄の墓参りに行く途中だ。


そしてハイズの主人であるが本当の正体はサルバーナ王国第35代目国王であらせられるサラ・ロクシャーナの一人娘---エリーナ・ロクシャーナ第一王女である。


もっともハイズには教えていないが、正体を見破っている節があるのだが・・・・・・


「おい、野良犬。シッカリとエリナ様を護れよ?」


ブロウベ辺境子爵はエリナに見せた愛嬌ある笑みを一変させ、厳つい顔でハイズを見た。


「言われなくても護る」


ハイズは眉一つ動かさずブロウベ辺境子爵の言葉に返事をするが、ブロウベ辺境子爵は怒りもせず「なら良い」と頷いた。


自分の領土で悪さをし、ここに来るまでも数多くの人間を殺めた男を信用なんて出来ないが、エリナ自身はハイズを信用しているから頭が痛い。


しかし、だからこそハイズという凶暴な忠犬に枷を施したんだとブロウベ辺境子爵は自身を納得させるように・・・・・その枷を見る。


その枷はハイズの左斜めに居る小男だった。


小男の身長はエリナより更に頭半分ほど低いが、腰に差してある1mを超える長刀---野太刀を差しており、凡庸な顔立ちは特徴がない。


ただし、野太刀と同じく・・・・・両の耳が犬みたいに垂れ下がっているのが眼を引く。


この小男こそブロウベ辺境子爵がハイズに填めた枷である狗奴だ。


「狗奴、シッカリとエリナ様を護れよ?」


敢えて誰にとはブロウベ辺境子爵は言わないが、狗奴は「御任せを」と頷く。


「ふんっ・・・・・・・」


機嫌が悪そうにハイズは鼻を鳴らすが、それもそうだろう。


何せ狗奴が立つ位置は左斜め・・・・・つまり野太刀を抜刀すればハイズを斬れる位置に居るのだからな。


人を殺す者から言わせれば・・・・・・これほど機嫌が悪くなる事はない。


とは言えハイズは機嫌を悪くしつつも・・・・・それ以上は何もしなかった。


「では、そろそろ行きます」


エリナはブロウベ辺境子爵に再び頭を下げると2人の女性---マルーン・ヴァルディス辺境伯爵夫人の領民であるティナ・フィルムと、エスペランザー・ドゥシーが頷く。


この2人は最初から付いて来てくれた者達で、ティナは大小の剣を使い、エスペランザーは弓矢を使い、何度も助けてくれた。


だが、ここに狗奴と・・・・・ハイズが加わる。


それがエリナには嬉しいのか、ここに来るまで思い詰めていた顔が少し柔らかくなっていた。


それをティナとエスペランザーは見て嬉しい反面・・・・・・背後を歩くハイズを警戒する。


この男が従者として加わったが信用なんて出来ない。


如何にも人を人として見ず・・・・・草でも刈るように斬るような男だから当然だ。


ところがエリナは従者にしたばかりか、騎士叙任の儀式まで簡素ながらも行ったから不思議でならない。


とは言え・・・・・・・・・・


『エリナ様を護るのみ』


ティナとエスペランザーは一瞬だけ眼を合わせて確認し合うが、それをハイズは見て濃い紫の双眸を細める。


『俺に勝てないと知りつつ・・・・それでもエリナ様を護らんとする、か』


自分が信用されていないのは百も承知だし、前を歩く小娘2人を殺す事も造作ない。


にも係らず先頭を歩くエリナを護らんと確認し合う辺り・・・・・・・エリナの人徳と言える。


『流石は、王女と言うべきか・・・・・いや、王女の前に人格者だな』


そうハイズは思い、元祖国に今も居るだろう・・・・・2番目の女神を思い出した。


『今頃は、どうしているだろうか?』


あんな毒蛇が棲み付くような狭くてジメジメした壷みたいな宮廷で生きるには不似合いな2番目の女神・・・・・・・・・


今頃は兄弟達に暗殺されているか、され掛かっているだろう・・・・・・・・


何せ元祖国は王位継承者が少なくとも5~6人は居り、王位を継げる外戚も軽く10人は居る。


それだけ人数が居るのだから否応なく王位継承の争いは起こる。


実際・・・・・彼の国で王の座に着いた者達は少なからず身内を1人以上は殺している。


これは王室の宿命とも言えるが、彼の国は顕著な程に血生臭いのだ。


おまけに宮廷に居る者達も一癖も二癖もあるような連中ばかりで、誰もが自分の地位の安泰と更なる栄光を求める欲深き者達・・・・・・・


だから同国民からも「毒蛇が棲む壷」なんて揶揄されている。


そんな場所に女神は生まれ育ったが、驚くほどに純粋に育ったから奇跡と言えるが味方なんて誰も居ないし、信用できる人物も傍には居ないのは・・・・悲劇という他ない。


最近になって傍に男が居るのを見たが・・・・・あの男も他の連中と同じで欲が深いから女神にとって悲劇だ。


それでも女神が生きて来れたのは人徳と言うよりも・・・・・・運が良いからだが、あの如何にも欲深そうな男が傍に居たとなれば、その運も終わりかもしれない。


もし、自分が居れば・・・・・・・・・・


いや止めておこう。


『もう会う事は無いだろうし、俺の主人はエリナ様ただ一人だ』


今さら思い出しても詮無き事だとハイズは自己完結すると再びエリナに視線を向け歩き続ける。


先頭を歩くエリナの背中は何処までも輝いており、根暗な自分には何処までも眩しく近付いてしまえば・・・・溶けてしまいそうな程に輝かしい。


だが、それでも・・・・・・・


『願わくば、永遠にエリナ様の御傍に・・・・・・・』


そうハイズはエリナと言う主人の輝かしい背中を見て思わずにはいられなかったが、その気持ちを誰も知らなかったのは、彼にとって悲劇とも言えた。


いや、彼の気持ちを唯一人だけ知っている者が居た。


「ハイズ、前に来なさい」


エリナだ。


エリナだけはハイズの気持ちを知っており、彼の気持ちを満たすように声を掛けた。


「御意に・・・・・エリナ様」


名を呼ばれたハイズは言われるがままに前へ踏み出すが、その時に見せた顔は幼子を連想させるほど・・・・・・明るくて陰がない、とても無垢な顔だったのが印象深かったのか、ティナとエスペランザーは眼を丸くした。


これが後に「五大陸一人を殺した男」と言われたハイズ・フォン・ブルアが見せた初めての屈託ない笑顔だった・・・・と言われている。

                                     野良犬と少女   完

10話程度の話ですが、これにて終了です。


ここまで御読みくださった方々には深く感謝しつつ今後とも宜しくお願いします。

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