第十章:野良犬の稽古2
ハイズは槍を両手で2mはある柄を持ち、20cmの穂先を地に滑らせるように下へやった。
いわゆる地滑りの構えだが、両手はダラリとし肩は力んでいない。
これが一番速く槍を繰り出せる構えであるが、狗奴の居合は先日の戦いで味わったから分かる。
あの居合---抜刀は・・・・・・槍で勝つのは至難だと。
ただ、槍にも手は施してあるから・・・・・・試すにはちょうど良い。
「・・・・・・・・」
狗奴は黒と赤の綿糸を交互に編んだ糸紐を渡巻した堅牢で実用的な「糸巻太刀拵」に納まる野太刀に左手を掛け、そして右足を摺り足で前に出した。
対してハイズは地滑りの構えを崩さずジッとしている。
2人の間に重苦しい空気が漂うが、エリナ、ティナ、エスペランザーは黙って見続けた。
どれくらい時間が経過したかは不明だが・・・・・撃剣の間合いに2人が入ると同時に動いたのは確かである。
ハイズは地滑りの構えから一気に穂先を跳ね上げ、狗奴を股間から斬り上げようと試み、狗奴は右斜めへ出ながら野太刀を抜刀した。
つまりハイズの攻撃は避けられ、狗奴の抜刀が襲い掛かる形になった訳だが・・・どういう訳か、狗奴は後ろへと跳躍した。
見れば素槍だったのが何時の間にか・・・・・鎌槍と化し、その鎌の部分が蛇みたいに狗奴を背後から貫かんとしたのだ。
それを狗奴は感じて跳躍した訳か。
「流石は犬っころだな。勘付いたか?」
「あぁ、そうだ。しかし、剣筋も隼なのに邪道まで使うとは恐れ入るぜ」
反則中の反則だと狗奴は言いつつ野太刀を鞘に納める。
「お前の抜刀術だって大したもんだぜ」
身体を半身にしながら抜き、そこから凄い速さで抜き続け相手を斬り伏せる。
「まさに“疾風”だ。いや、お前の場合は“鎌鼬”と呼ぶべきか?」
「どちらにせよ高評価に感謝する・・・・ぜ!!」
狗奴は笑ったと思いきや再び自ら前に出た。
居合も抜刀も相手の「後の先」を打つのが常道だが、敢えて自ら行くのは何故だ?
いや、敢えて相手が先に仕掛けるように仕向けるか、相手の動きを読む「先の先」を打つのも考えられる。
ところが狗奴は鞘に添えた左手で柄による突きを繰り出した。
これをハイズは槍の石突で捌こうと試みるが、狗奴は右手を走らせる。
「ちぃっ・・・・・」
ハイズは後退しながら槍を前に突き出し狗奴の右手に握られた白刃を退けた。
「いやぁ、恐れ入るぜ・・・・・大概の奴はさっきの一撃を躱し切れないのに」
狗奴は刃渡り42cmの中脇差を鞘に納め笑った。
対してハイズは槍を地滑りから上段に構え直すが、正道の槍術にはない・・・・・構えだった。
いや、構えとは言えない。
まるで魚を突くようにしたのだからな。
穂先は狗奴の眼を狙うように停止し、柄を持つ両手は高々と掲げられている。
見るからに槍術の心得を知らないと見受けられるが、先程の地滑り構えは槍術を極めた証拠だ。
つまり槍術の心得をハイズは持っている。
しかし、魚を突くような独特の構えを取る理由は?
それが分からないが、狗奴は本能で何かを感じたのか抜刀の構えを取り、ゆっくりと穂先から外れるように摺り足で動く。
ハイズは眼で追い穂先も狗奴の眼に定まり続けている。
何をやる気なのか?
エリナ達が固唾を飲んだ瞬間・・・・・ハイズの槍が動いた。
魚を突くように槍は繰り出されたが、狗奴は落ち着いて穂先を避ける。
そして一気に駆けると先程のように眼にも止まらぬ抜刀を繰り出し柄を切断せんとした。
白刃は柄に吸い込まれたが切断はせず・・・・逆に蛭巻きにされたヴァイパーの皮が巻き付き絡まる。
ワイバーンの鱗は鋼鉄より硬いと称されるが、ヴァイパーの皮は硬軟両方が自在だ。
つまりハイズは硬軟自在にできるヴァイパーの皮を槍に蛭巻きする事で・・・・・白刃を絡め取ったのだ。
「へっ・・・・・・」
目論見が成功したのか、ハイズの笑い声がすると同時に狗奴の身体が吹き飛ぶ。
見ればハイズの右正拳が決まっているではないか。
だが、狗奴の方を見れば両手をクロスさせているから防御したのだろう。
ハイズは狗奴の後を追い、革巻きの柄を握り85cmの刃長を誇る大刀を鞘走りさせながら抜く。
それを狗奴は左手で捌くが、その左手は黒光りして鋭い鉤爪を宿していた。
「やっぱりな・・・・お前、俺の狩った獲物を使ったな?」
大刀を八双に構えたハイズが問うと狗奴は右手に中脇差を持ち、左手に鉤爪を装着したスタイルで頷いた。
「あぁ。もっとも俺の場合は浄化してもらったけどな」
悪びれもせず狗奴は答えるがハイズは特に責めたりはしなかった。
自分の装備で大体4~5割ほど使用したが、残りは仕立て屋に「好きに使え」と言ったから狗奴が使っても問題ないのだからな。
ただ、狗奴の場合は浄化されているから自分みたいには邪道が使えないという事は分かった。
それだけで十分である。
「さぁ、そろそろ勝負を決めようか?」
狗奴は中脇差を上段に構え、鉤爪を下段に構えた。
「・・・・・・・・」
ハイズは八双の構えを崩さないが、警戒するように進む。
それを狗奴はジッと見ていたが静かに鉤爪を下段から正眼の如く構えた。
これにより鉤爪はハイズの心臓を突くようになったが、ハイズは眼を細めるだけで構えを崩さない。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
互いに無言で距離を縮めて行き、撃剣の間合いに入ったが直ぐには仕掛けない。
恐らく狗奴の言葉通り勝負を決するからだろう。
ジッと2人は対峙していたが、エリナ達の眼には互いに攻防を行い、如何にして仕留めるか思案しているように見えた。
いや実際2人は攻防を繰り返し、決め手を模索していたのだが・・・・・決め手が見つからないのか、まだ動く様子がない・・・・・と思いきやハイズが先に動いた。
八双から左袈裟を狙い白刃を振り下ろすが、逆に狗奴は正眼から突きを繰り出す。
ただしハイズは半身となっていた事から突きは躱された。
しかし、上段に構えた中脇差が首を狙うように水平に薙がれる。
ところが・・・・・何時の間にかハイズの左手には63cmの片手打ちが握られており中脇差を受け止めていた。
そして大刀が狗奴を・・・・・捕えるが、ギリギリの所で止まる。
もっとも・・・・狗奴の鉤爪もハイズの胴を同時に捕えギリギリの所で止められていたが。
「・・・・・また、引き分けだな」
「あぁ、引き分けだ」
ハイズと狗奴は白刃をギリギリの所で止めた状態で確認し合うと警戒するように少しずつ下がり、撃剣の間合いから出ると残心を行って刃を納める。
この時、ハイズの2本が妖しい光を放ったのをエリナは見た。
「その剣---カタナにも何か施したのですか?」
エリナが意を決したように問うとハイズは「御意に」と答え白刃を丸太に向かい振り下ろす。
振り下ろされた白刃から紫と黒の得体の知れない刃が飛び・・・・・丸太を飲み込み、そしてボロボロに溶かした。
「・・・・・・“魔法剣”ですか」
「はい。闇の・・・・・・・・・」
ハイズはエリナを正視せず答えるが、それはエリナが恐れるのでは?
忌み嫌うのではないのではないかと恐れた為だ。
この魔法剣とは文字通り魔法が使える刀剣の事だが・・・・・闇の魔法剣は、これまた忌み嫌われている。
火、水、木、金、土の魔法がいわゆる「五大元素」で後に光、闇、風、雷も加わり今では「九大元素」に魔術は増えているが新たに加わった四元素の内・・・・・・闇は今も解明されていない。
それは九大元素の中でも一際強く、そして底が知れない何かが闇には潜んでいるからと言われている。
お陰で光はそれなりに使われているのに対し、闇を使う魔術師は殆ど居ないし魔法剣も無いと言われている。
そんな忌み嫌われている闇を刀剣に宿したのだから・・・・・ハイズがエリナに嫌われるかもしれないと考えても無理ない。
「・・・・全てを飲み込み静かに覆い隠すように消すのが闇ですか。ハイズ、その力は決して無暗に使ってはいけませんよ?」
大きな力を使えば、それだけ代償も大きくなる。
「それは肝に銘じて下さい。私も常に自分に言い聞かせているので」
「・・・・・・恐く、ないのですか?」
こんな忌み嫌われる魔法剣を使い、邪道も使う自分を・・・・・・・・・・・
「何故ですか?貴方は私の従者にして家族。その者を恐いと思う必要はありません。何より貴方は私を護る為に身に着けている」
自分の為ではなく他人の為・・・・・・・
「人を慈しみ思いやりを持つからこそ出来るのです。だから恐がりません。寧ろ私の為を思う貴方を誇りに思います」
「・・・・・ありがとう、ございます」
ハイズは片膝をついてエリナに頭を垂れたが心中ではこう思わずにはいられなかった。
『やはり・・・・・この方は女神だ。そして・・・・・この方の為ならば地獄に再び落ちて屍山血河の道を歩んでも良い』
そう、ハイズは思いつつエリナが差し出す手を恭しく取り立ち上がった・・・・・・・・・
ちなみに狗奴のモデルですが、こちらは柴田錬三郎の作品にして市川雷蔵が主演で映画化もされた「剣鬼」の人斬り斑平です。
小説も映画も斑平という類まれなる剣の才能と、人としての業を悲しくも烈しく描いており私が好きなのでモデルとさせていただきました。




