序章:無宿野良犬
どうも傭兵の国盗り物語を書いているドラキュラです!!
今回はエリーナ・ロクシャーナの飼い犬であるハイズ・フォン・ブルアの物語となっております。
彼の過去は今も殆ど書いておりませんが、ここで少しばかり彼の過去を軽く触れつつエリーナに対して忠誠を誓うまでを書いてみました。
なので本編の付け足しみたいな感覚で読んで下さると幸いです。
周囲を山林や渓谷で囲まれた天然の要塞国として名高いサルバーナ王国。
そのサルバーナ王国の一領土を治めるブロウベ・ヴァイエル辺境子爵の屋敷から離れた場所に1人の男が居た。
年齢は20代半ばから後半で、蓬髪した黒髪を手入れもせず腰辺りまで伸ばしまま真後ろで結い纏めている。
黒のズボン、黒のブーツ等の衣服もボロボロで髪も合わせると乞食みたいだ。
しかし、左腰に差されていた2本の剣に関しては中々の業物と思わせる代物であるから分相応と言える。
そして不愛想だが、切れ長で釣り眼にして凶暴性を内に秘めた濃紫の双眸で黄昏の森林を見回す。
そろそろ・・・・だろう。
男は軽く首を左右に振り節を折り準備体操を行い、両手には唾を吐いた。
すると待っていたように・・・・雄叫びが森林から聞こえてきた。
「・・・・早く来い。時間が無いんだよ」
男は前髪を乱暴に後ろへやると腰に差した大刀を手にする。
この男は先日までブロウベ・ヴァイエル辺境子爵の領土において罪を犯した過度により捕えられていた咎人だった。
罪状は食い逃げに始まり、公務執行妨害ならびに役人への刃傷沙汰および逃亡罪など凡そ7つの罪である。
サルバーナ王国の首都ヴァエリエでは良くて懲役および重労働の判決だろう。
しかし、地方では違う。
どの地方でも役人に手を出せば重罪だ。
特にブロウベ・ヴァイエル辺境子爵の先祖は悪党だ。
故に「見せしめ」の意味も含めて死刑だ。
方法は磔の上で斬首の後に晒し首であるが、彼は命を救われた。
旅をしている途中の彼の娘が突然現れ処刑される寸前で・・・・助けてくれた。
『確かに彼は罪を犯しました。しかし、彼にも理由はあります。そして・・・・悲しい双眸を宿していました。そんな方を私は、死なせたくありません!!』
必死に叫ぶ姿は立派だが、吐いた台詞は凡そ幼子の理論でしかない。
しかし、彼の娘の台詞は・・・・酷く人の気持ちを動かした。
ブロウベ・ヴァイエル辺境子爵も何か感じたのか、異例中の異例として恩赦を与えたのである。
とは言え・・・・・本心で言うなら殺しておきたかったのは険しい顔を見れば言うまでもない。
それを娘も理解していたのか路銀を渡すや「急いで逃げなさい」と忠告してきたのだが、男は首を横に振った。
『恐れながら・・・・・もし、御迷惑でなければ私を貴方様の“飼い犬”にして下さい』
『飼い犬・・・・ですか?』
『はい。私は・・・・・ここに流れ着くまで様々な者に飼われ利用された駄犬でしたが、この地においては野良犬にまで零落れてしまいました。だから、殺されて当たり前でした』
それを貴女は助けてくれた。
『なら・・・・・恩を返させて下さい。と言っても私に出来る事は貴女様の護衛ですが』
それを跪いて言うと・・・・・娘は何か思い至ったのか了承したのである。
『分かりました。では、名前を教えて下さい。それから言葉の訛からしても・・・王国出身者ではないですよね?』
『はい。ですが、元の姓も名も・・・・祖国すら追放された身。故に名前は無宿野良犬です』
『それでは何かと不便ですね・・・・では、今日から“ハイズ・フォン・ブルア”と名乗りなさい』
ハイズとはサルバーナ王国に実在した古武将で「忠実にして勇ましい騎士」として知られており、初代国王のフォン・ベルトのフォンを与えられたと言われている。
ブルアは「黒と紫」を意味しており、どちらも暗い印象を与えるが、同時に高貴な色とされており些か良すぎる名前にも聞こえなくはない。
だが、娘は太陽みたいな笑顔で言ったのだ。
『今日から貴方の名前はハイズ・フォン・ブルアです。そして私ことエリナ・ルシアンの従者です。これから頼みますよ?』
『ハッ・・・・・我が命が散り果てるまで・・・・いえ、例え魂だけの存在だろうと貴女様の御身を護り抜くと誓いましょう』
そう言って・・・・・娘の従者になり、つい先程も曲者を退治して来たばかりだったが、今の内に少しでも障害を排除できるだけの用意をしなければならない。
こう思い立ち森林に来たのだ。
黄昏の時から森林という深淵は昼間以上に危険地域になる。
何せ黄昏時からは本格的に魔物の世界と化し、そこでは人間なんて完全な無力であり餌でしかない。
しかし、だからこそ男は来た。
『ワイバーンとヴァイパーの棲息する場所を教えろ?お前、死ぬ気か?』
ブロウベ・ヴァイエル辺境子爵は尋ねた己を阿呆にでもなったかと聞いてきたが・・・・そうではない。
『ワイバーンの鱗は並大抵の魔物より硬い。そしてヴァイパーの皮は硬軟を併せ持っている』
少なくとも人間相手なら不覚は取らないし、奴等とは子供時代から知り合いだ。
そこを考えれば使える・・・・・・・・
『少なくとも・・・・我が主---エリナ様に害なす物を退治する程度は、な』
エリナ・ルシアン・・・・本名はエリーナ・ロクシャーナでサルバーナ王国第一王女。
彼の娘を護るには魔物の皮膚や皮が必要だと思った瞬間に空から音が聞こえてきた。
明らかに翼を羽ばたかせる音で数は二匹前後だろうか?
「・・・・ちょうど良い。鈍った身体を叩き直すには、な」
そして自分には・・・・打って付けの属性なのだ。
「俺はエリナ様の影のように付き纏い、決して離れない。いや、離れてはならないからな」
かつてのように・・・・・・・自分は光に触れてはならない。
差し詰め光の背後で生存を許された影のように生きるのが似合いであり、死す時も誰に看取られる事もなく闇へ静かに帰るべきなのだ。
だから・・・・・奴等は良い。
そう自分の過去を思い出したのか、男は切れ長で濃い紫の双眸を細めた。
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「おら、さっさと歩け!!」
両手を首の高さに掲げられ、その位置を固定するように枷を填められ、そして首に縄を結ばれて俺は歩かされた・・・・・・・・
俺の前後には槍を持った屈強な男が2人居て、俺が変な真似しないように見張っている。
「ふっ・・・・安心しろ。もう、俺は疲れたんだよ」
「なにぃっ?」
前を歩く男が呟いた俺の言葉に反応し、俺を睨み据えた。
「こんな物をしなくても・・・・俺は、疲れたから逃げねぇよ」
「ふんっ。まるで死ぬのが楽しみな口調だな?」
「あぁ、死にたいね・・・・死ねば、魂は肉体という器から出る」
そうなれば・・・・・俺は自由だ。
「もう、俺を縛る物は何もない・・・・・俺は死という自由を渇望しているのさ」
男は俺の言葉に理解不能と匙を投げ縄を引っ張る。
それにより俺は犬みたいに四つん這いになった。
「くっ・・・・最後まで、俺は犬のままか」
生まれてから今まで俺は、ずっと犬だったが死ぬまで変わらない事に・・・・笑うしかない。
今まで俺は誰かに飼われ、命じられるままに人を殺してきた・・・・・・・・
あいつは飼い主の為にならないから・・・・あいつは飼い主の仲間に害を及ぼすから・・・・あいつは目障りだから・・・・・・・・
そんな理由で俺は両手を赤く染めてきた。
飼い主や仲間も最初は手伝ってくれたり褒めてくれた。
はじめて身内以外で褒めてくれた事が嬉しくて俺は頑張った。
しかし、それは俺を利用し続け、手を噛まれない為の処置だと暫くして気付いた。
俺みたいな者にも心から優しく接してくれたのは身内と、たった2人の女性だけだ。
奴等には、温かさが無く暗くて冷たい利己的な心しかないと・・・・臭いで分かった。
だが、それでも必要とされたい・・・・認めて欲しい気持ちから俺は手を汚し続けた。
俺の剣を・・・・認めて欲しかったんだよ。
それは数代前の当主が金で爵位を買うまで平民より下の階級だったからだ。
とは言え爵位を得ても血は変える事が出来ない。
お陰で道場には20になるまで正式に通う事が出来ず我流を極めた。
相手は最初が鼠で、次が猫、そして魔物になり、傍らで小遣い稼ぎと道場見学を兼ね木刀を売り歩いた。
そこら辺の木刀より俺の木刀は粘りがあり折れ難い事で評判だったが、俺が道場見学をするのは誰もが嫌がった。
しかし、地べたに頭を擦り付け、門前で音だけでも聞かせてもらった。
こんな芸当が出来たのも俺が尊敬する「二天」様も最初は誰にも認められなかった事がある。
二天様も最初は誰も認めなかったらしいが、最終的には認められた。
俺の我流剣術も認めて欲しかったから・・・・どんな屈辱にも耐えたし、戦場にも出て戦い続け、そして神にすら願った。
どうか、俺の剣術を皆が認めるように・・・・・・・
ところが・・・・認めてもらえなかった。
やっと道場に通えたが、師範以外は誰も稽古をしたがらず、その俺が通った2つの道場主も最終的にはこう否定した。
『お前の剣は極めれば極めるだけ汚くなる』
確かに俺の剣筋は勝つ為に何でもする。
不意打ち、足払い、頭突き、殴打、締め技・・・・・
何でもするが、それが剣術だ。
何が何でも相手を倒し、主人を護り切る。
それが剣術であり・・・・・騎士じゃないのか?
正々堂々と戦うなんて殆ど有り得ない。
不測の事態になろうと勝つのが剣術ではないのか?
・・・・そう反論すると道場主は苦渋に満ちた顔で俺を見たのが印象的だった。
ただ、その苦渋に満ちた顔の理由は・・・・既に両足を血の池に突っ込んだ時に護衛した然る方が教えてくれた。
『・・・・・よ。お前さんの剣術は確かに実戦で強い。しかしな、腕っ節が強いだけじゃ本当の強さとは言わねぇ』
それは何故か?
『心が弱ければ相手に付け込まれる。それに神に頼るのもいけねぇ』
古来より名を馳せた剣士達は神仏の加護を得らんと祈ったが・・・・・・・・
『お前さんが尊敬する二天様はこう言ったぞ』
我、神仏を尊びながらも神仏を頼らず・・・・・・
『神仏を尊び信じるが、決して神仏には頼らない。こう二天様は言った』
それは己の心が弱いから何かに縋ろうとした為だ。
『だから心も強くなければ駄目なのさ』
きっと道場主はそれを教えたかったんだと、その方は言い・・・・・それから俺は夢を見るようになったんだ。
今まで殺した連中が現れ、俺を責め立てる夢だ。
口汚く罵られ、斬られた部分から鮮血を出し俺に見せ付ける。
それを何度も見て・・・・・酒と女に逃げたんだ。
しかし、一時の快楽では到底・・・・耐える事は出来ず更に逃げたが、それにより飼い主や仲間は露骨に俺を見下し始めた。
やれ駄犬は駄犬か・・・・金で爵位を買った者などでは・・・・何処まで行っても役立たずは・・・・・・
こんな言葉を言われ、とうとう俺は何もかも捨て逃げようとしたが、それを待っていたように敵対者達が捕らえたんだよ。
そして俺を拷問し、女でも耐えた拷問に負け俺は吐いた。
俺の自白で仲間達は捕らえられたが、俺だけが拷問を受け処刑され掛けた。
ところが、身内以外で「2番目」に優しく接してくれた方が俺を助けてくれた。
もっとも処刑されなかっただけで、爵位と財産を没収され身一つで国外追放された。
それからは流されるままに来て、この地において無飲食を犯し、役人を傷つけた門で・・・・処刑される。
「ふっ・・・・我ながらなんて人生なんだか」
二天様のようになりたかったのに近付く事も出来ず汚れ仕事をやり続け、そして処刑される。
こんな業深き人生になるのだから笑うしかない。
笑うしかないが・・・・・これで俺は自由になれる。
そう思うと嬉しい気持ちになり、枷を外され磔台に縛られたのに微笑んでいた。
「最後に言い残す事はあるか?」
猪みたいに体格の良い男が聞いてきた。
この地を治めるブロウベ・ヴァイエル辺境子爵だ。
「無い・・・・・・」
「では何か食いたい物は?」
「無い・・・・朝飯に食ったパン一切れで十分だ」
それよりも早く俺を自由にしてくれ。
もう疲れたんだよ。
俺の気持ちを読んだようにブロウベ・ヴァイエル辺境子爵は手を上げる。
磔台の左右に控えていた小者が動き、俺の首を貫くように槍をクロスさせた。
何人も貫いただろう穂先には血脂がうっすらと浮かんでいる。
しかし俺には見慣れた物であり当然の結末を迎えるには似合いな代物だ。
クロスした槍が静かに首から離れ、腋下に行き静かに引かれた。
しかし、ある声で・・・・・・・・俺の処刑は中止となった。
その声の主が・・・・・今まで誰にでも尻尾を振っていた駄犬である俺が、この世で唯一人の主人と自分で決めた少女だ。