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幻獣処刑人  作者: 寄笠仁葉
9/23

9

 そういうことになって、俺はヨーコの通う小学校の前で、バイクに跨ったまま待っていた。少し早く来てしまったので、ずっとそこにいると通報されないか心配だったが、二十五分経った現在、とりあえずは居座ることができている。

 普通の学校だ。変な少女だから、お(ぼっ)ちゃまお嬢様の学校にでも通っているのではないかと邪推していたのだが、別にそういうわけではないらしい。

 約束の時間は過ぎていた。俺が早く着いたのを差し引いても十五分オーバーしている。これから下校する児童が何人も隣を通っていくし、校庭ではヨーコと同年代くらいの少年少女がボール遊びなどしていて活気があるから、まだ授業中ということもないだろう。まあ、おそらくは掃除当番やら何やらがあって、それを計算に入れていなかったから遅れているだけだと思うが、少し心配ではある。映画が始まるまでたっぷり時間を取っているから、そこはあまり気にしていないが、そうではなくて何かトラブルが起きていた場合に、この二輪車がお荷物になるかどうかは不安だ。

 俺の他にも、学校名の彫られたプレートに寄りかかって、誰かを待っている少年がいた。彼もヨーコと同じくらいの年齢で、十分くらい前に級友と思しき男子生徒に何やらからかわれた後は、俺と同じように黙って周りを眺めながら待っていた。背は低く、線も細い。あまり活発そうにも見えない。その代わり、まあまあ利口そうな面構えをしていた。暗い感じも、外側からは特に見えない。

 さらに五分ほど待った後、やっと玄関から見知った少女が出てくるのがわかった。

 ただし、二人だった。

 片方がヨーコだというのは遠くから見てもよくわかったが、もう片方の少女が近付くにつれて、俺は体を強張らせた。

 αさんを殺した、キョウコという少女だった。

 俺は動揺を悟られないようにしながら、ヨーコに向かって片手を上げた。


「ごめーん!」


 と大きな声で言いながら、ヨーコはこちらへ駆けてくる。キョウコはのんびりとその後をついていく。落ち着け、と自分に言い聞かせる。誰も俺の正体は知らない。変な素振りを見せたら、それこそややこしいことになりかねない。

 ヨーコは本当に何も荷物を持っていなかったし、服も言われた通りぴったりとしたものを身に着けていた。学校には鳥打帽は被ってきていないようだ。俺がそれらのことについて指摘する前に、何故か少年が動いて、こちらにやってきた。


「遅いぞ、ヨーコ」


 ヨーコの反応から、俺は上手く意味を汲み取ることができなかった。あまり少年のことを歓迎していないのはなんとなく伝わってくるのだが、それにしては妙にトゲがない。かといって彼が先約というわけでもなさそうだった。妙な沈黙が訪れ、部外者である俺は何も言えず、ただ事態が進行するのを待ったが、結局、のろのろとキョウコが合流するまで沈黙は続いた。


「カイトくんじゃない」


 とキョウコは言った。


「……何か用?」


 ヨーコもやっとそう言った。


「別に。ただ、おまえの父さんから、たまには様子見てくれると助かるって、電話、あったから」

「そう」


 また誰も何も言わなくなった。気まずく思っているのはキョウコも同じなのが、表情でわかった。彼女は言った。


「それで……ヨーコ、この人は誰?」


 俺のことである。ヨーコの知り合い二人の前で自己紹介する破目になるとは、完全に想定外だった。何も考えていない。


「確かに。どちら様なんだ」


 とカイト君も言った。

 俺は、ヨーコがもっとこっそり一人で抜け出してくるのだと勝手に思ってしまっていた。だってそうしなければ、つまりこういうことになるからだ。それも電話で言っておけばと思ったが、もう遅い。


「えーと、俺は」


 嘘を言うしかない。俺がいかにしてヨーコと知り合ったかという話をしても信じてもらえないか、犯罪者扱いされるかのどちらかだろう。

 ただ、困ったことに、用意がまったくない。


「まあその、なんというか……」

「はとこの、十郎お兄ちゃん」


 先回りするようにヨーコは言った。


「はとこ? そんなのいたのか」


 いない。いや、本物がもしかしたらいるのかもしれないが、俺は違う。

 しかし、もうこの嘘に乗っかるしかない。


「初対面の人に向かってそんなのとは、感心しない物言いだな。君こそ誰なんだ」


 カイト君は少し黙ってから言った。


「……おれは、ヨーコの、ええと、幼馴染、っていうか」


 ああ、成程。


「ああ、成程。そうだったのか。いつもヨーコがお世話になってるね」

「はあ、まあ」

「……腐れ縁の間違いでしょ」


 とヨーコが言う。キョウコが訊いてくる。


「でも、こんなに年上のお兄さんがいるなんて知らなかった。大学生ですか?」

「いや、俺はまだ高校生だよ」

「えーっ、そうなんですかあ? お兄さんすごく大人っぽいなあ。ね、ヨーコ」


 何だかわざとらしいような反応をする。本当に誤魔化せているのか、少し不安になる。


「まあ、ね。それよりさ、ほら、早く行かないとさ」

「ん、そうだな……」


 それには賛成だった。一刻も早くここを離れたい。ボロが出る前に。


「行くって、どこにだよ」


 カイト君が苛立ったようにそう言うので、ヨーコの代わりに俺が答えた。


「実は、俺とヨーコで映画を観に行く約束をしていたんだよ」

「映画?」

「変だ変だと思ったら、こういうことだったの、ヨーコ」

「そうなの。だからカイト、今日はいいから」

「けど……」

「あー、もしかして、君はヨーコと遊びに行くつもりで待ってたのか? でも残念だけど、今日は俺の方が先約だったから、まあ、また今度にしてくれよ」


 カイト君はまだ何か言いたそうにしていたが、


「そういうことだから」


 とヨーコに言われたせいか、ただ俺達を見ているだけになった。


「ヨーコ、ほら」


 俺はタンデムシートのネットからヘルメットを外し、ヨーコに渡した。もちろん新品のフルフェイスだ。ネットは小さく畳んで丸めてサイドバッグに入れた。


「使い方わかるか?」

「わかんない」

「両側のヒモ引っ張って広げろ、それで入る」

「わかった」


 本当はサイズを測ってから買いたかったが、機会がなかったのでしょうがない。ヨーコが被り終わってから一応点検したが、とりあえずは問題ないようで助かった。


「よし」


 自分もヘルメットを被る。


「さあ、乗れ!」

「わかった。乗るよ?」

「どうぞ」


 ヨーコはおそるおそる、ガードレールを利用してタンデムシートに座った。重量を感じるが、それは思っていたよりも軽かった。薄いと言ってもいい。俺やタカハシやアサノよりも、肉体を構成している物質の量が少ないのだ。


「これ、脚はどうした方がいいの?」

「そのへんにステップがあるからそれを踏んで……そう、それで、膝で俺を挟む」

「え、……おしりを?」

「……腰をな。うんそれでいい。それで、横ん所にタンデムバーがあるだろ? 好きな方の手でそれを握れ」

「バー? これ? この取っ手?」

「それだ。んで、もう片方の手は俺のベルトを握れ。……そっちじゃない、腹にグリップがついたやつ巻いてるだろ」

「あ、これかあ!」

「よーし。あとは走ってる間、俺につかず離れずしてくれ」

「あたしも前屈みになったりした方がいいの?」

「俺がそうなったらその方がいいけど、あんまり意識しなくていい。自然に、荷物になってくれれば大丈夫だ」

「やってみる」

「……どう? お兄さん、出発できそう?」


 とキョウコが言った。


「問題なさそうだ」

「そう。じゃー、ヨーコ、また来週ね」

「うん、また来週!」


 キョウコは手を振り、ヨーコは振り返した。カイトくんは何も言わなかったが、俺をずっと睨みつけていた。その態度を隠す気もないようだった。


「それじゃ」


 俺はエンジンをかけ、そしてアクセルを開いた。




 幸い、事故もなく目的地に着いた。ヨーコの順応性は高く、アサノを初めて乗せた時よりも、俺は楽に運転することができた。そこまで長い走行距離ではなかったが、一応、休憩が必要かどうか訊ねた。何度訊いてもヨーコの答えは、いらない、だった。劇場へ向かっている今も軽やかなステップで歩いている。元気なものだ。


「それにしても、バイクってはやいねえ」

「エンジン積んでるからな。そりゃあ速いさ」

「そういうことじゃなくてさ、なんていうか……もう着いちゃった、ってカンジがした。なんでだろ?」

「実際、早く着いたからだろ」

「でもさー、多分だけどさ、電車より時間かかってない?」

 言われて腕時計を見ると、確かにそうかもしれないくらい針は動いていた。それでもまだ上映時間までは余裕がある。ただ、ヨーコの遅刻のことも含めて考えると、計画の段階で少し時間を取り過ぎた気がしなくもない。


「……なんでだろうな?」

「なんでだろう?」

「うーん、そうだな――電車は待ったり、駅の中を歩かなきゃならないから、バイクと比べて遠回りしているように思えたのかもしれない」

「ああー、そっか。楽しくない時は長く感じるもんね、全校朝会の時とか」

「じゃあ、バイクは楽しかったってことか?」

「ただ座ったり立ったりしてるよりは退屈しないね。電車とは違う景色も見られたしね」

「そうか。乗せた甲斐あったな。ところで、今日は給食出てないんだろ? まだ時間はあるし、どこかに寄りたいな」


 俺達は一番近くにあったハンバーガーショップに入ることにした。ヨーコがそう言ったからだ。さすがにこういうのも食うのかと少し安心する。店内は若干混んでいたが、二人が座る分には問題なかった。俺はオーソドックスで安めの定番メニューを注文し、ヨーコは魚のやつを頼んだ。


「でもほんとごめん。遅れちゃってさ。掃除当番だったの、すっかり忘れてた」

「まあ、そんなこったろうと思ってたよ。俺もそういうことあるしな。それより、あの二人はクラスの友達か?」

「キョウコはそうだよ」

「もう一人の方は違うのか」

「カイトは、あいつは今年からは別のクラスだもん。あんまり話さないよ」

「ふうん、そうか。……まあ、そんなもんだよな」


 彼が微妙な立場に置かれているのが、これでなんとなくわかった。幼馴染で腐れ縁と本人達が言う割には、あの(へだ)たり具合である。当然のことだが、俺が知らない人間関係の中でヨーコは普段の時間を過ごしている。そこではやはり俺の知らない力が働いていて、ヨーコにあんな顔をさせるのだ。

 もう少し(つつ)いてみたくもあったが、まあ、アウトラインが見えてきただけで十分な収穫とするべきだろう。せっかくの機会に機嫌を悪くさせては本末転倒だ。俺は話を逸らすことにした。


「ああ、そういや、どうして半ドンって言うかなんだけど」

「え?」

「いや、だから調べて来たんだよ。何個か説があるんだが、一番有力なのは半分ドンタクの略で、」

「……なにそれ」

「まあ聞けよ。社会の授業で、江戸時代の鎖国ってやったか?」

「まだやってない」

「そうか。じゃあ予習だな。今は違うが、江戸時代では他の国と交流するのを殆どやめていてだな、」

「なんで?」

「……理由は色々あった。けど大きな原因は宗教だ。江戸幕府を成立させたのは、名前は聞いたことあるかもしれないな、徳川家康という人なんだが、彼はキリスト教が日本で広まって欲しくなかった。そもそもキリスト教の中でも色々と――あのさ」

「なに?」

「これ詳しくやったらものすごく長くなるから、飛ばして半ドンに必要なとこだけ話そうと思う」

「え、なんでさ? 続きやってよ」

「いや、本当に長くなる。混乱しても知らないぞ」

「ちゃんと聞くからさあ」


 変なところに食いつかれてしまった。


「ねえ、教えてよ」

「……しょうがないな……」


 そして俺は幕藩体制とカトリック・プロテスタント信仰国の貿易と布教方針の違いについて、予定より何倍も時間をかけて講釈を垂れた。鎖国と長崎出島の話をするだけでえらい遠回りになってしまったが、ちゃんと聞くと言われたら切り離せない部分であり、仕方のないことだった。


「で、そのオランダから休日って意味のゾンタークという言葉が入ってきて、それが鈍ってドンタクになった。ほら、博多どんたくって祭り、あるだろう。あれと同じだよ。それで、明治くらいになってドンタクが定着して、土曜は半分の仕事や学業で帰ることができるから半分ドンタク、半ドンってわけだ」


 最初からこの部分だけ話せばよかった。


「はー……」

「一応、昼に空砲をドンって撃つ地域があったからだとか、単純に半分休みの土曜って意味の半土、が伸びて半ドンになったからだとかいう説もあるけどな。まあ最初のやつが一番説得力あるだろ。話していてもそう思ったよ」

「なるほどねえ」


 と彼女は言ったが、果たしてきちんと理解してもらえたのだろうか? 彼女の親のどちらかはおそらくキリスト教圏の人間だろうから、全くわけがわからなかったということはないと思いたいが、そういうことに触れずに育ってきている可能性もかなりある。いや、まあ、目的はあくまで半ドンの語源なわけだから、幕府も宗派もどうでもいいといえばいいのだが。

 しかし、俺が初めて彼女と出会ったのは(彼女はその事実を把握していないが)教会だったのだ。それが何かを意味してはいないかと思い、話している間もその後もずっと反応を窺っていたのだが、知識欲を満たされて若干嬉しそうにしている以外は、何もわからなかった。




 映画はそこそこ面白かった。が、満足したかというとそうではなかった。目が肥えてきたせいかもしれないが、アクションや映像ばかりがすごくてもあまり感動しなくなっている。その他の部分がぞんざいに扱われていると、何だか損したように思えてならない。それでも確かに面白いことは面白いのだが、人を誘って二回観に行ったり、地上波で再放送してたら久しぶりに見たくなったり、時間が経ってその作品を知っている人に出会った時ついつい話し込んでしまったりはしないだろう。アサノとは約束があるから、今回はもう一度観に行くことになるだろうが、それで評価が覆るほど難解だったとも思えなかった。もちろんそれは好みの問題で、公開から少し経っているというのに予想していたよりも多くの人が入っていたことは事実で、注目されており人気があることの指標としてはそれはこの上なくわかりやすかったが、俺は選んだことを少し後悔していた。

 何よりも俺をそう思わせたのは、ヨーコの反応が薄いことだった。明らかに興奮したり熱狂したりという風ではなかった。下手をするとつまらなかったとさえ思っているかもしれない。率直にどう思ったかを聞くのは怖かったが、劇場を出る途中から、俺はそうせざるをえなかった。


「……どうだった?」


 言ってから、質問が抽象的過ぎる気がしたので、俺は付け加えた。


「俺は、まあ、こういう作品の細かい部分に突っ込むのは野暮だってことはわかってるんだが、それでもちょっと……いい加減なところが、気になった。夜中に飛ぶシーンとかは、本当によくできてると思ったけどな。他の色々がな」


 そう言うと、ヨーコは少し困ったような顔をして、


「いや、うん、あたしも大体そんなカンジ……すごいなーとは思ったけど、なんかねえ。研究者の女の人が何考えてんのかよくわかんなかったし。別にあれ頭がおかしくなっちゃったってわけじゃないんだよね?」

「そうだと思う」

「じゃあ変だよ」

「そうだよなあ」

「変なカンジ。誘っておいてもらってなんだけどさ……。そりゃ、全く面白くなかったわけじゃないんだけど」

「なんか、もったいないよな」

「ねえ」


 それ以上の感想は、お互いに出なかった。

 ひとまずこれで、貸し借りなしということになる。しかし俺としてはこれだけでヨーコと切れてしまうわけにはいかなかった。結局、電話で打ち合わせした時も、映画の後のプランについてのヨーコの意見は、その時の気分で決めるというものだった。そう言われてしまうと、繋がりを保つためにはこちらから次の行動か、もしくは次回何をするかの提案をしていくしかないわけだが、映画がアレだったので、このまま帰るというのは避けたいところだった。あまりにも味気ない。


「なあ、この後は、」

「うん、それなんだけど」

「ん?」

「あんた、クレーンゲーム得意?」

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