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幻獣処刑人  作者: 寄笠仁葉
7/23

7

「はい。じゃあー、次ぃ、望月、読んで」


 急に自分の名前を呼ばれた。現文のハセガワ教諭の間延びした声だった。俺は教科書の朗読をしなければならないということに気付き、席から立ち上がったが、どこを読めばいいのかまったくわからなかった。前に当てられた奴がちょっと長めに読んでいたことは認識していたのだが、その内容が全然頭に入って来ていない。俺が黙ったままでいると、ハセガワ教諭は少し苛立って言った。


「あんだよ、聞いてなかったのか?」

「……すいません。どこから……」

「『全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く(おそ)れた。』の次」


 すぐにその一文を見つけることができない。必死に開いたページの端から目を通す。見つからない。時間が間延びしたように感じられる。俺は恐るべき可能性に気付いて、()()()()()()()。ほどなくして目的の一文は見つけられた。そんな俺の様子を踏まえて、ハセガワ教諭は言った。


「……本当に全然、聞いてなかったんだな。おめー、平常点減点。でもとにかく読んで」


 誰かが笑ったりするわけではない。五時間目特有の弛緩(しかん)した空気が漂っていることを考えると、クラスの半数が俺に注意を向けているかどうかもあやしかった。だが失態は失態だ。俺はばつの悪い思いをしながら、続きを読み始めた。


「『しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きものの()()()だ。自分は直ぐに死を想うた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の()()は忽ち姿を消した。再び自分の中の()()が目を覚ました時、自分の口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばっていた。これが虎としての最初の経験であった。』」


 中島敦の『山月記』――幾度も目を通していたはずなのに、急に読めと言われて、ヒントを与えられてもなかなかスムーズに次の文章が出てこない。散漫な注意力と緊張、焦燥が脳の働きを鈍らせている。


「はい、次、アサノ」


 ホッとして席に座る。アサノが俺の代わりに立ち上がって、続きを読む。


「『それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還って来る。そういう時には、(かつ)ての日と同じく、人語も操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書の章句を(そら)んずることも出来る。その人間の心で、虎としての己の残虐な行のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、(いきどお)ろしい。』」


 ()()番号に電話をかけるかどうか、そればかりを考えている。まだ、そうしていなかった。あれがどういう意図で俺の部屋に置いていかれたのか、わからなかったからだ。貴重な情報には違いないが、何故か、ということがわからないのに、それをホイホイと使うことはできない。素直に受け取れば、電話して欲しいから置いていったということになるのだろうが、しかし、普通そんなことをするだろうか? 俺だったら――が通用しないのが、一層問題をややこしくしている。何を考えてあんなことをしたのだろう。何故、繋がるような痕跡を残していったのか。朝、自分の部屋ではなく見知らぬ男の部屋で目が覚めたら、警察に通報したっていいくらいだ――そうだ、冷静になって考えてみると、俺はそのくらいのことをやってしまっている。それで何のお咎めもない。

 変なことばかりが続いている。これからも続いていくのだろうか?


「『しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐しいことだ。今少し経てば、己の中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋れて消えて(しま)うだろう。ちょうど、古い宮殿の(いしずえ)が次第に土砂に埋没するように。』」


 彼女が何を考えているかは、この際無視してしまっていいと思う。そもそも、彼女についてハッキリわかっているのは、ヨーコという名前と、混血児であるということだけだ。それだけの材料で答えなど出るはずがない。俺を本当に悩ませているのは、まさにここ最近の奇妙な一連の流れそのもので、あの時すぐに電話をかけなかったのは、そうしてしまったら、もうその流れから一生抜け出すことができないような気がしたからだ。ここに至って初めて、目の前に、やるかやらないか、という選択肢を突き付けられてしまった。いや、今までも、俺は人生において殆どの事柄をきちんと自分で選択してきたはずなのだが、今回に限って、目に見えるように、手で触れられるように、選択という()がそこにあるかのように感じている。あの少女の首を絞めた時も、αさん達にその存在を黙っていたことも、全ては選択だったはずなのだが、彼女の電話番号をプッシュすることは、何かが違うように思える。何が違うのか? ……わからない。

 だが、結局のところ、電話をかけてしまいたい、というのが本音ではある。

 とにかく少しでも謎を減らしたかった。謎は容易に恐怖へと繋がるからだ。そう、俺は心を落ち着けたいのだ。電話をかけて彼女と話して、それで少しでも相手に対する理解が深めることができないだろうか?

 何故、あの時、廃教会で泣いていたのか。

 何故、あの時、眠りながら涙を流したのか。

 俺はそれについて訊きたかった。




 アサノに、最近気を抜きすぎているんじゃないかと怒られてしまった。いつもなら曖昧に笑ってやり過ごすところだったのだが、俺もいい加減空腹続きで生きる機能が低下していて、それにばかり意識が割かれていたから、わかりやすく言うと短気になってしまっていた。面白くないことがあった直後で、それが自業自得なのも腹立たしいというのに、そこに加えて俺の事情を全て知ったような顔で説教されるのは不愉快だと、そういうことばかりが頭の中に膨れ上がっていって、お前なんかに俺の何がわかる、説教なんて迷惑だ――そういう意味合いのことを、そこそこ口汚く発言したところ、アサノは、考えてみれば当たり前のことなのだが、激昂などせずにひどく狼狽して、それは言った俺が見ていて気の毒になるほどで、当然タカハシはアサノの味方をし、前言を撤回して謝り倒すかどうか決める前にアサノの目に涙が溢れて、事態は決定的なものとなり、俺は一人で帰るしかなくなった。

 部屋の中で一人、携帯電話を握りしめている。

 こういう時、どこにも、誰にも感情をぶつけることができない。

 五回、番号を押して、五回、発信せずにやめた。

 何の保証もないのだ。

 相手が知らない番号からのコールに応じてくれるという保証はないのだ。

 相手が会話してくれる保証はないのだ。

 相手が俺の存在を思い出す保証はないのだ。

 何一つ、保証はない。

 俺は彼女に電話をかけた。

 プルルル、と呼び出し音が鳴る。

 今のを入れて十回。それで出なければ、二度とかけないと決めた。

 そして予想通りに十回の時間が過ぎ、俺は電源を、


『もしもし』


 出た。

 本当に出た。なんだこれは。これは本当のことなのか? だってそうだろう、出るはずがないだろう。どうして出たんだ。何故出たんだ。


「……もしもし」


 なんとか、それだけ言った。沈黙。


『……どちらさまですか?』


 まずどう話すか、それすら決めていなかったことに気付く。


『あのー、もしもーし』


 言葉が出てこない。


『切れた? ――あ、違う』


 このままではただのイタズラ電話になるということはわかっている。わかっているのだが、まとめようとするそばから、頭の中の意味の羅列がぐしゃぐしゃになっていく。だから何も言うことができない。ここまできてそれはないだろう、と自分に失望する。それが余計に脳の働きを鈍くしていく。


『えーと……切るよ?』


 だがこの一言が、瞬時に必要な分だけを拾い集めて構成させた。


「あんまり混乱していたから、とりあえず部屋に入れたんだ」


 言った。やっとだ。


「けど、そこから先、どうしていいかわからなかった。仕方ないからそのまま寝て、朝になったらいなくなってた。代わりにメモ書きがあって、だからその番号にかけた」


 そこまで言って相手の反応を待つ。電波の向こうで思考の気配がした。やがて、


『やっと誰かわかった』


 と彼女は言った。


『あんた、望月十郎でしょ』


 いきなりフルネームで呼ばれて少し驚いたが、すぐに部屋番号と表札に思い当たった。そこはちゃんと確認して帰ったらしい。


「そうだ」


 俺は彼女の名前を知らないということになっている。そしてそれは半分本当だ。


『はー……そっか、ホントーにかけてくるんだ』


 と彼女はなんだか感動したように言った。


『そっかそっか、へえ、ふーん……』


 また静かになった。俺は自分の番が回ってきたことに気付き、言った。


「それで、お前は誰なんだ」


 結局のところ、一番知りたいのはこれだった。


『あたし? あたしは、ヨーコ』


 やけにあっさりとした返答。情報は何も増えていない。


「そうか。ヨーコっていうのか」

『うん』

「そうか……」


 沈黙。

 彼女は欠伸をして、言った。


『ご要件は以上ですか?』

「いや、もっとある!」


 たくさん話さなければならないことがあるはずだった。訊かなければならないことが、山ほどあるはずだった。


「もっとあるんだ。あるんだよ、けど」

『けど?』

「……忘れた」


 ここまでの会話だけで既に半ば満足しかけている。そんな自分に愕然とする。


『なにそれ? ハハ、なにそれ! アハハハ!』


 彼女は笑い転げている。実際に耳にノイズが入ってくる。横になりながら話しているのだろうか。


「最近疲れてる。多分そのせいだ」

『おつかれさんだ』

「そうだな。ああ、そうだ、それで」

『それで?』

「それで……」


 それでどうするんだ、俺は――。

 じわりと、昼間の惨めな気持ちが甦ってくる。また言葉が継げなくなる。

 自分はこれほど参っていたのか、と今更ながらに実感する。

 もうずっと、長い間ずっと、何をどうしていいのか、わからないままなのだ。

 俺が何も言わないでいると、彼女の方が先に口を開いた。


『なんかあったんだ?』


 本当に少しだけ迷ってから、俺は正直に答えた。


「――アサノと喧嘩をした」


 話を聞いてもらおう、そう思った。




 今から出て来られる? とヨーコは言った。電話越しに長々と説明を聞くのが嫌だからそう言ったのだろうが、子供が黙って外を出歩いていい時間はとうに過ぎていた。俺は奇妙に思いながらそのことを伝えたのだが、しかし彼女は、別に大丈夫でしょ、と返答した。そんなわけないだろう親から何か言われないのか、と俺が反論する前に、ヨーコは待ち合わせ場所だけさっさと宣言して電話を切ってしまった。

 予想外の展開だったが、もう行くしかなかった。

 指定されたのは、少し遠くの駅の中にあるモニュメントだった。これまでの出来事から、生活圏がある程度被っていることはお互いにわかっている。それでも離れた場所にしたのは、向こうも多少は警戒しているということだろうか。しかし本当に警戒しているのなら、そもそも会おうとするかどうかという問題がある。腹が減っているとも言っていたし、行きたい店がそこにあるとか、そういうことだろうか?

 とにかく俺はバイクでその場所へ向かうことに決め、多少めかしこんだ方がいいのかどうか迷い、そんな準備も用意もないことに気付き、諦めてそのままの服で外へ出た。

 部屋の外の夜は、妙に新鮮な感じがした。いつもと違う、予定になかった行動だからそう思えるだけなのだろうが、今の俺にとってはそれだけでも重要な意味を持っている。

 エンジンがかかり始めたのだ。




 待ち始めてから十分ほどでヨーコは現われた。改札を出て、そのまますたすたと歩いてきた。ほんの少しキョロキョロした後俺を見つけても、その速度は変わることがなかった。ヨーコは俺の目の前まで来ると、確かめるかのようにじろじろと頭のてっぺんから靴の爪先までを眺め、それから口を開いた。


「はじめまして」


 全然そうではないのだが、しかし考えてみればまともに会うのは初めてだった。

 ヨーコの服装は、それほど気合は入っていない。マニッシュな上下をラフに着こなして鳥打帽(キャスケット)をかぶってきただけ、という感じだった。


「……はじめまして」


 改めて口に出すと、いかにもそういう気分になってきた。それは緊張という種類の精神状態だった。俺は自分が人見知りであることを思い出した。


「じゃあ、いこっか」


 ヨーコはそう言ってさっさと歩き始めてしまう。俺はその後を追いかけながら訊く。


「どこに?」

「ピザ」

「どこの?」

「アメリカ」


 他に何も訊くことができず、五分ほど歩いたところにあったチェーン店は、地下のフロアへと続く階段まで人が待っているような状況だった。ヨーコは二十分待ちだと応対した店員に告げられると、さっさと目的地を変更してまた俺を先導するように歩き出した。そうすることに慣れているような感じだった。いつも混雑しているから、B案を持っておくべき店――。

 結局、俺達が入ったのはイタリアンピザの店だった。そんなところに俺は入ったことがなかった。メニューに並んだ値段は格段に高いグレードを示している。さっきの店で二十分待った方が懐にも精神にも優しかったと思ったが、そんなことは言えるはずもない。動揺と、目の前の少女は本当に何者なのだろうという勘繰りを悟られないように、俺はなんとか普通だと思われる内容の注文をした。

 メニューが回収されてから、電話越しにしたのと同じ(うなが)し方でヨーコは言った。


「それで?」


 みっともないし余計なことばかり考えてしまうだろうからやらずにおこうと思っていたが、俺は我慢できずに周囲を確認してしまった。円熟した夫婦や上品そうなビジネスマン、何か大事な話をしている男女ばかりが俺の目に映った。子供二人で来ているのは俺達だけだ。この客層の中では明らかに浮いている。彼女はいつもここに一人で来ているのだろうか? 他の誰かと一緒というのも想像してみたが、やはり変だ。俺達のような年齢の奴がいるだけで変なのだ。そういう雰囲気の店だった。


「なあ、こんなとこ入ってよかったのか」

「え、なんかヤバかった?」


 問題は、ないのだろう。おそらくこの空間の中で俺だけが気にしてしまっている。いや、後ろの話好きそうな女二人連れや、給仕の何人かは俺達に注意を払っているかもしれないが、俺はそれを読み取ることができない。行儀よくして金を払えば、何も文句は言われないはずだ。何より彼女が気にしていないのだから、俺から言えることなど――。


「なんというか……いや、何もないなら別にいい」

「そお? へんなの。まあいいや、それで?」

「本題の前に、ちょっといいか」

「……いいけど」


 お前、あの時何であんなとこにいたんだ?

 この質問は、あまりに全てを追求してしまうからできないだろう。同じような理由で家族に関する質問も不可だ。それに繋がってしまう質問も駄目だ。彼女が訊かれたくないことを訊くことはできない。即座にこの場が閉じてしまう可能性すらある。俺は彼女にとって都合のいい人間でなければならない。彼女に嫌われてはならない。

 彼女は貴重な、とても貴重な情報源なのだ。

 バイクを飛ばしている間に、俺はそう結論付けていた。

 長らく俺達は無知だった。どんな小さなことも知らなかった。例えば、どういう人間が処刑人をやっているのか? 考えてみればこれはかなり重要だ。朝起きてから夜寝るまでに何をしているのか? 人間状態の間、どういう行動を取っているのか? そして、そうでない時は? もちろんすぐにそれらを知ることはできないが、彼女達に近しい人間となって得られる情報は、計り知れないメリットをもたらすに違いなかった。断片的にでも情報を持つことができれば、彼女達を避けながら活動することは容易になり、上手くいけば隙を突いて喰らうことさえできるかもしれない。今、俺はそのアドバンテージを得るチャンスを目の前にしている。こんな偶然は、おそらくもう二度とない。

 魔術師の暗示だ。事態は動き出している。

 ヨーコが何か複雑な事情を抱えていることは想像に難くない。そしてそういう精神には必ず隙間がある。俺のようにだ。そこへ入り込むことが、必ずできるはずなのだ。


「ピザ好きなのか」

「まあね」

「それじゃあ、この辺はよく来る?」

「ときどき。買い物とかで」

「ふうん」

「……何?」

「いや、さっきの店もピザ屋だったから、そんなに食いたかったのかと思って」

「――べ、べっつに! いつも食べて帰るわけじゃないし……」


 あまりにもわかりやすかったので、笑いを堪えることができなかった。


「なに笑ってんの」

「いや、わかるよ。俺も結構ピザ好きだし」

「うそじゃないってば、他の店も行くってば! ……パスタとか」

「パスタは俺は、あんまりって感じだな。今日がピザでよかった」

「でしょ! ほら、そんなことよりさっきの続き話してよ」

「ん……」


 俺は説明を始めた。全てを話すことはできなかったが、それ以外のことはできる限り伝えられるようにした。体調が長い間崩れ続けていて、それが日々の生活に支障を来し、精神状態もおかしくなっている。とうとう学校の授業さえまともに聞けなくなって、叱られた。それをアサノに注意されたが、それすら鬱陶しく感じて突き放すような物言いをし、結果泣かせてしまい、どうにも参ってしまった。それらを少し引き延ばし気味に話した。後ろめたさがそうさせたのだと思う。途中でピザが運ばれてきて、食べながら話し続けた。怪物的空腹のせいか、あまり味がわからなかった。半分ほど食べたところで俺の話は終わり、ヨーコはこう言った。


「それは、あんたが悪いでしょ」

「……だよな」

「ちゃんと謝んなよ」

「わかってる。わかってるけどな……」

「ダメだって。言えるうちに言わないとダメだって。それ今日の話なんでしょ? だったら明日の朝一番に謝らなきゃダメだって。それ逃したらどんどん言いづらくなるだけだって。みんなそうやって仲悪くなっていくんじゃん。あんた、自分で自分のこと悪いって思ってんでしょ?」


 俺は首肯した。


「だったら、そのことちゃんと言ってあげな。わかった?」

「……わかった」

「まったく、何の話かと思ったら……あんた、あたしに説教されに来たの?」

「もしかしたら、そうかもしれない」

「ややこしい話されるかと思ったけど、心配して損した」

「悪かったよ」

「ま、いいけどね」


 そこで一旦会話は途切れ、俺達は黙々と残りのピザを片付けた。食べ終わり、次の会話の糸口はどこにあるか考えていると、先にヨーコがそれを見つけた。


「ところでさあ、あんたの部屋、なんにもなかったけど、なんで?」


 なんで、と言われても。


「不必要なものは持たない主義なんだよ」

「えー?」


 ヨーコは首をかしげた。納得いっていない様子だ。あんまり突っ込まれるのはこちらとしても望むところではないので、少し方向を変えることにする。


「……というのは嘘で、あんまり小遣いがないんだな」

「あー、なるほどね。一人暮らしだから?」

「そんなとこだ」

「珍しいよね?」

「そうだと思う。知り合いに似たようなのはいない」


 タカハシの部屋は物が溢れていて、いつ行っても汚い。アサノの部屋はよく整頓されてはいるが、かさばるような蒐集物がスペースをとっていたりする。俺の部屋は、自分で言うのもなんだが、質素――というよりは、極端に物がない。


「いいなー一人暮らし。あたしもしてみたい」

「さすがにまだできないだろ」

「そんなことないよ。やろうと思えばできる」

「言い方が悪かった。周りの人が認めてくれないとできないことだから、まだできないってわけで……みんな小学生のことは心配するから、もうちょっと歳を取ったらだな」

「あたし、やっぱ小学生に見える?」

「少し大人っぽい気はする。でも、小学生に見える」

「……誰も心配なんてしないよ」

「どうだかな。お前の思っている以上に、みんなそういうことには関心があると思うけどな。最近そういうのうるさいだろ、ニュースでも何でも」

「でもなー……。じゃあ何歳になったら大丈夫かな? ……あんた、今、何歳?」

「俺? 十七になったばかりだな」

「じゃあ、あたしもう十一だから、あと六年!」


 小学五年生――。


「うーん、でも、お前が十七になったからって、自動的に認めてもらえるとは限らない。その頃までに、こいつには一人暮らしさせても大丈夫だって思わせないと」

「そうか……そうかも。あんたはどうやったの?」

「俺は、一人暮らしになっちまった、って感じだから、どうやったってのは、ないな」

「じゃあどうしたらいいかわからないじゃん!」

「だから、そいつは自分で考えないといけない」

「うーん……」

「ま、どちらにしろ今すぐなんてのは無理ってよりムチャだな。それより……」

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