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赤い世界は今日も穏やか  作者: 浜井
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あの世のお仕事

「気持ち悪いですね、それどうなってるんですか」


 バルドさんの手から放出された光輝く光線を初めて見た時の感想である。岩を容易に砕くその光線を目の当たりして本音がこぼれ、死人のはずなのに危うく死ぬかと思ったのは今では懐かしい記憶だ。岩を貫く光線を躊躇なく一般人に向けて放つのだから、A区域の住人というのも伊達じゃないなとその時思い知らされた。

 魂を器とし体を媒体として放出するエネルギーだとか説明をしてくれたが、死人なのに体を媒体なんて無理なはずだと質問すると知らんと一蹴されたのでイマイチ理解できていない。ただし力仕事をしたら汗は出るし傷を負ったら血も一定の量は出るので、死んだら霊魂だけという概念が通用しないのは何となくだけど感じ取っている。大量出血や骨折をしても時間が経てば治るこの体は、どういう仕組みなのかは知らないけれど確かに「肉体」で、だからこそあんな殺人光線も使えているのだろう。






 *  *  *  *  *  *  *  *


 

 カウンター越しに渡されたものを受け取って、あら?と首をかしげた。


「本」

「今回は4冊でいいんですか?」

「仕事」

「また番人さんを?」

「6匹」

「ほどほどにしないと区域変更されますよ?」

「本望」


 笑みを浮かべた人物の名前はメフィストさん。口以外顔のパーツのない黒い塊みたいな姿が特徴的なドレアム星人だ。背は縦に引き伸ばしたかのように高く、腕はあるが下半身はマーメイドドレスを着た様なシルエットで足はない。外見にさほど差はないが男女というものは存在し、性別は男性だという。B区域――1つの星で人口に大きな影響が出るほどの殺戮を行った者の住居がある区域の人である。頻繁に番人さんに怪我を負わせているので、そろそろA区域に移されるかもしれない。この人もアルワードさんのように光線を出せるらしく、それを使って自分の星の者を大量に殺めたらしい。それを番人さんに聞かされた後に対面した時は恐怖で呼吸が止まりかけたが、差し出された本が全て童話という凄まじいギャップのお陰で脱力し今ではこの通りだ。それにもうすでに死人であって、怪我をしても死ぬことはないという悟りにも近い境地に至りこんな状況にも慣れた。機嫌さえ損ねなければ、ある程度の受け答えは可能なのだと。

 機械の上に本の束を乗せると自動でチェックが入り、モニターに確認画面が表示される。それを指で操作して承認すれば手続きは終わり。ほとんど地球と同じような方法だから大いに助かっている。


「返却は次回の来館日にお願いします」

「承知」

「では1月後にお待ちしております」

「次回、此処」

「そうですねー、最上ちゃんを置いておきましょうか?」

「是非」


 悪い笑みを作って受付奥を向くメフィストさんに思わず苦笑いがこぼれる。振り向いてそちらを確認すると、少しだけ覗かせた青い顔を勢い良く横に振る少女の姿が見えた。彼女の名前は本石最上ちゃん。簡単に言えばメフィストさんのお気に入りだ。まだこの世界に来て日が浅く頻繁にパニックになっている地球人の女子高生なのだが、どうやらその怯える姿をいたく気に入られたようで外でも時々ちょっかいを出されているらしい。ちなみにドレアム星人は腕を自由に伸び縮みさせることが出来る上に影を移動することが可能なので、一般人では逃げることができないのだ。南無。

 メフィストさんが悠々と影に沈み姿を消したことを確認して最上ちゃんを手招きすると、彼女はゆっくりと引け腰のままこちらに近づいてきた。その表情は困惑と憤怒が入り混じって今にも泣き出しそうだ。私怒ってます!オーラが全身から出ているのにつっつくたくなる可愛さを放っているから、こういうところが好きなんだろうなあと姿を消した黒い宇宙人の心中を何となく理解する。


「美麗さん!?私当番したくないです!」

「いいじゃない。メフィストさんも直接危害は加えてこないでしょ?」

「そっ、それはそうですけど!でも突然にゅーっと現れたりいつの間にか真後ろに居たりするんですよあの人!私が怖がるのをいいことに!きっと腹の中まで真っ黒なんです!」

「でも口の中は赤いよね、歯も白いし」

「それがまた怖いんですよう……」


 全身真っ黒で口だけ色付きだから食べられそうで怖いんですよ、とその場にうずくまる少女の旋毛を眺めつつ自分も来たばかりの頃はこんな風だったなと懐かしむ。SF映画の住人が目の前を当たり前のように闊歩する光景はそう簡単に慣れるものではない。私たちが住んでいるG区域は分類が分類なだけに大人しかったり非力だったりする生物ばかり集められているし、角が生えてるだけだったり耳がとがってるだけといった地球人によく似た姿の者が大半なのだ。そんな場所でさえ衝撃の連発なのに、突然奥の区域の異形の者が現れてちょっかいを出されたらそりゃ心も折れるかもしれない。でも魂の浄化はそう簡単には済まないから逃げ場はないし、慣れてもらわなくては。


「でもさ、にゅーって現れて何をされてるの?」

「……本を渡されます」

「本?え、ここの?」

「はい」

「……読んであげてたり?」

「音読って言われたんですもん……。ふと1冊もって来られて、読み終わったら消えるんですよ!怖くないですか!?」

「ええ……」


 真っ黒なでかい宇宙人(殺戮者)がひ弱な地球人の女子高生が朗読する童話を黙って聞く、そんな光景を想像してシュールだと思う私の感覚がおかしいのだろうか。私が気に入らないからそんなことをするんだろうか、とぶつぶつ一人で言いながら陰を背負う少女にひっそりとため息をつく。ただそのため息が聞こえたらしく、最上ちゃんはびくりと肩を揺らし、おどおどした様子で私の方を伺ってきた。大分慣れてきたみたいなんだけどな、と黙って彼女の頭を撫でる。

 本石最上ちゃんは私と同じG区域の子で親不孝という分類ではあるけど、死に方が私とは違っていた。私は交通事故という不本意な死だったけれど、彼女は訳あって自殺した自ら命を絶った結果の死なのだ。学校での虐めが原因だったらしく、今でも陰口や他人からの感情に過剰に反応する節がある。遺書を書いて校舎から身を投げたという話を聞いた時に「遺書に虐めっ子の名前ちゃんと書いた?」と質問した私を見て困った顔で首を横に振っていたから、きっと無垢でいい子なのだろうと思う。さっきの饒舌な様子が素なのだろうけど、少しでもスイッチが入るとおどおどした様子になり他人の意見に黙って付き従う様になってしまうから困りものだ。


「気に入られてるんだから怖がらなくてもいいだろうにーっていうため息」

「だ、だって、B区域の人ですよ?怒らせたら何をされるか……!」

「あー……でもほら、死にはしないし」

「痛みはあるんでしょう……?」

「まあね」


 出会った初めの頃にバルドさんを怒らせて光線で腕を吹き飛ばされた時はそれはもう痛かった。即死級の暴力だと気絶して意識が戻った時には体が回復しているからいいけど、腕や足といった部分をピンポイントに狙われたら暫くは激痛に襲われる。腕をやられた時は悶絶しながら途切れ途切れに謝罪をするという姿があまりに情けなかったからか、痛みと興奮で気を失えずにいた私を「素直に寝ておけ」とバルドさんが気絶させてくれた。その後全快していた体を確認して、改めて番人さん付きで土下座しに行ったことはA地区でちょっとした伝説らしい。


「2ヵ月後はS区域とA区域の人たちの来館日があるし、映画のエイリアンっぽい人が来ると思うよ」

「そんな!このカウンター閉鎖しちゃ」

「SとAの人が来る時は物珍しさからか来館者が多いんだよねー。どのカウンターも大忙しになるから、閉鎖はできないよ」

「普通の人は、極悪人が来る日分かってたら避けますよ……」

「G区域の人は少ないんだけどねえ……。なんせ、地獄だし」


 基本犯罪者で構成されてる世界だから変わり者が多いのは仕方ないと告げると今度こそ最上ちゃんはその場に手をついて崩れ落ちてしまった。ある種の拷問じゃないですか、なんてショックを隠しきれないといった姿には苦笑いするしかなく。

 履歴書にはいつだって好奇心旺盛と書いていた私はやっぱり考えがずれているのかも知れない、そう改めて思ったある日の午後だった。

閲覧ありがとうございました。

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