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その偶然は必然に似ている 二

 水奈は優秀な剣士だ。

 彼女に戦技を使う素質がそなわっていると判明したのは七歳の頃。この国では妖鬼と戦う人材を一人でも多く求めているから、半ば強制的に水奈もその道へと進むことになった。由緒正しい剣技の名門に弟子入りし、およそ十年間、技の研鑚に身をささげてきた。

 同じ境遇の子ども達はたくさんいて、彼らとはともに切磋琢磨してきた。その中で彼女は頭一つ飛び出るほどの実力であった。

 必然的に、水奈は自らの才に頼むところが多くなっていった。

 妖鬼と相対している今も、彼女の瞳には不安の色はない。自信と、戦いの高揚に輝いていた。

「さて、どう切り刻んでやろうかしら」

 神通力ミストを全身にまとう姿は、薄っすらと金色の光を放っていて神々しくさえある。その美貌も相まって、彼女は戦の女神のような佇まいであった。

 妖鬼が現れ、公園内にいた人たちはすぐに非難していたため、彼女たちの周りは全くの無人だ。妖鬼がいつ出現するかわからない世界で、戦う力を持たない人たちは戦闘の邪魔にならないよう、ただ逃げることが義務となっていた。

 唯一の獲物に、妖鬼は嬉々として襲いかかる。

 水奈めがけて腕を振り下ろす。潰し損ねた幼い子供の頭の代わりに、今度は柔らかな肉を引き裂かんと、爪を走らせた。

 すかさず水奈は横に跳ぶ。動技によって強化された跳躍は、鬼の爪を完璧に躱しきる。

 またも空を切った鬼の腕は、勢いをそのままに公園の地面をえぐった。遊歩道になっていたレンガ造りの道は陥没し、粉々に砕けた石の破片が散弾のように飛来する。水奈はなおも神通力ミストを使った高速移動で砂礫をよけた。


「こいつ……パワータイプね!」


 鬼の一撃で破壊された範囲を見るに、今回の妖鬼は腕力に特化したタイプだと推測できた。男の子を襲おうとしたときもそうだったが、さっき繰り出された攻撃はさほど速くはなかった。もちろん一般人には手に負えないだろうが、鬼討師の見習いである水奈にとっては脅威になるほどではない。

 水奈は跳躍の方向を転換する。

 幸いにして、今は土ぼこりが舞っていて視界が悪い。妖鬼の鬼気を感じ取れれば、敵の位置を特定するのは難しくない。むしろ敵の視界が妨げられている分だけ、今の状況は水奈に有利といえた。

 池を囲むように設置されている柵を足場にして、水奈は一段と高く跳んだ。

 鬼から見れば、捕らえたはずの獲物は手の中に無く、水奈を完全に見失っていた。手を開いたり閉じたりして、不思議そうに首をひねっていたぐらいである。

 ――チャンス!

 鬼の懐へと飛び込んだ少女は、神通力ミストを通わせた刃を鬼へと向けて滑らせる。鋭さを増した刀が鬼の左腕を切り裂いた。

 斬りつけたのは肩から肘の辺りまで。ぱっくりと割れた肉からは、青紫色の血液が噴き出した。


「浅かった!?」


 思っていたよりも浅い傷口に、水奈は驚きの表情で鬼を見上げた。予想以上に強靭であった筋肉に阻まれ、刃は腕の表面を斬るにとどまったのだろう。

 彼女は悔しげに刀を構え直す。

 肉の厚いところがダメだというなら、薄いところを狙えばいい。高速移動とジャンプ力を生かし、水奈は鬼の身体をかけ上った。

 ――狙うのは首よ。

 己の身体の上を好き勝手に走り回る害虫を、鬼はもがいて振り落とそうとする。しかし、水奈の動技を妨げるには至っていなかった。

 鬼の身体を縦横無尽に駆けめぐり、いたるところを斬りつけては離脱した。またたく間に鬼は全身血だらけになって弱っていく。


「キイイいアアああアア!!」


 奇声を上げ、痛みにもだえ苦しむ鬼が、とうとう地面に両手をついて倒れ込んだ。無防備にさらけ出された首に、水奈は意気揚々と刀を突きたてた。

 神通力ミストを通わせたことで、神性を帯びた刀は一時的に聖剣と同等の力を有している。小鴉丸と名付けられた刀は、悪鬼の急所に突きたてられていた。

 邪気の塊である妖鬼は、首を落としても死にはしない。止めを刺すには、弱らせてから体内に神通力ミストを送り込むしかなかった。こうすることで、妖鬼は再生力を失い、体組織が内部から崩壊していくのだ。

 小鴉丸を通して注ぎ込まれる聖の気に、妖鬼は断末魔の悲鳴をあげた。

 決着はついた。

 水奈は確信している。もしここに彼女以外の誰かがいたとして、彼女と同じ思いを抱いたことだろう。

 誰の目から見ても、これ以上鬼に抵抗する力は残っていなかった。

 ――――しかし、

 水奈は鬼の背中につうっと筋が現れるのを見た。その筋は背中を横切ってしまうくらいの長さで、筋に沿って肉が盛り上がっていく。


「……なに?」


 水奈の背筋に悪寒が走った。

 とっさに刀を引き抜いて飛ぼうとした。

 が、ほんの瞬きの間だけ、間に合わなかった。

 突然、妖鬼の背に走っている筋が開く。

 ――ぎょろり。

 と、中から眼球が現れた。

 白目には血管がくっきりと浮かび、白濁した瞳がぐるぐると回っている。焦点の合わないさまは、余計に不気味さをかもし出していた。

 ふいに巨眼が水奈を捉えた。

 マズイと思うひまもなく、水奈は空中へと放り出されていた。彼女は自分の身に何が起きたのか、理解できていなかった。妖鬼の首筋に突き立てられたままの相棒が、彼女の運命を暗示しているかのようだ。

近付く地面。このままでは死ぬと、水奈はなけなしの神通力ミストで、動技を発動させる。やけに動きの鈍い右腕も駆使して、四点着地で衝撃を和らげた。

 ごろごろと地を転がる身体。

 水奈はようやく自分の身体がどうなっているのかを知った。全身の皮膚が裂け、血が噴き出したせいで制服はぐしょぐしょに濡れている。特に右腕の損傷はひどく、おかしな方向に曲がっていた。どうやら着地時に折れたのではなく、あの妖鬼に砕かれたらしい。

 ――あいつ、一体何をした?

 何とか動かせる左手を支えに、地面から身を持ち上げた。水奈は妖鬼を睨むように見上げる。麻痺していた感覚を取り戻していくにつれ、気を失いそうな痛みが彼女を襲う。彼女はただ歯を食いしばって耐えた。

 妖鬼の体には背中にできていたような筋がそこかしこに現れ、新たな眼球が生まれていく。大小さまざまな眼たちは、その大きさにかかわらず、一様に血走った白目と白濁した瞳をそなえていた。


「ど、百目鬼……?」


 統一性のない妖鬼の中でも、特に珍しいタイプだ。感覚器に特化したタイプは、あまり戦闘には強くないからか滅多に現れない。

 そして、鬼討師と戦っている最中に妖鬼が形態変化したなどという話は、聞いたことがなかった。凶暴化したり、肥大化したりという話は、学校の授業や同門の先輩に聞かされていた。

 ――全く別のタイプの妖鬼に変化するなんて……

 余りにも異常だ。

 事態は水奈の理解の範疇を越えていた。経験豊富な先輩たちでさえ、目の前の光景を見れば動揺を隠せないだろう。水奈はそんな逃避的な心理状態に陥っていた。

 さきほど彼女が受けた攻撃の正体も分からない。

 見られただけでダメージを受けた。それも全身の皮膚が裂けるような。

 その時、水奈の中にひらめくものがあった。


「……みるだけ?」


 目を合わせたものを石に変えてしまう魔眼。蛇型の妖鬼の中には、魔眼という特殊能力をもったモノが存在した。水奈も学校の授業で習った覚えがある。

 この妖鬼も、そいつらと同系統の能力を持っているということだろうか。

 いつもは考えるよりも先に動く水だけれども、さすがにこのときばかりは慎重にならざるをえない。神通力ミストで傷口の出血を止められるが、痛みまではどうしようもなかった。水奈の相棒はいまだ敵に刺さったままだ。戦うにしろ逃げるにしろ、武器が無くては動技しか使えない。


「小鴉丸をあのままには、しておけない」


 隙を見て取り戻そうと決めた。敵が攻撃をしかけてくる前に、刀を抜き去り離脱する。それが最善策だろうと思う。

 ギョロギョロと八方を見つめる無数の眼たちと視線を合わせないよう、彼女は水面に映る妖鬼の姿を頼りに背中側へと回り込んだ。

 敵は形態変化を完全に終えていないらしい。まだ目の開かない筋が手足の先に確認できた。それらが開ききってしまえば、百目鬼となった奴は万全の状態で破壊行動に出るだろう。公園の外に出してしまえば、この街はとてつもない被害を受けることになってしまう。


「この怪我じゃ、倒しきるのは無理かもしれない。なら、せめて外に出さないようにしないと」


 水奈が妖鬼の真後ろに回り込んだ、そのとき。

 水面を見ていた。

 池の水は透明度が高く、妖鬼の姿を綺麗に映し出している。

 水面を見ているのは、妖鬼だ。

 目が合った、と思った。背中に腕、ひざ裏に後頭部まで、びっちりとひしめく眼たちが一斉にこちらを見たのだ。水奈は全身が総毛立つのを感じた。

 ――死ぬ。

 本能に従い、とっさの判断で彼女は池に飛び込んだ。

 池の水が吹き上がり、噴水のような水柱が立つ。不可視の攻撃は水中には届かなかったようだ。それを機にあちこちで爆発音が轟いた。

 本格的に妖鬼が暴れ出したのだなと、水奈は水面を見上げながら思った。手足が鉛のように重い。浮き上がろうともがけばもがくほど、彼女の身体は沈んでいった。

 せっかく助かったというのに、息が苦しくてたまらない。口を押えて酸素を体内に留めようとしたが、ついには息をすべて吐き出してしまった。

 意識が薄れていく。

 上も下も分からなくなって、水奈は自分が上だと思う方へ手を伸ばした。公園には誰もいなかった。彼女を助けてくれる人はいないと分かっているはずなのに、水奈は手を伸ばさずにはいられなかった。

 ――たすけて。

 彼女の叫びに応えるように、

 ざぶん、と。

 何かが飛び込んでくる音がした。


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