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恋愛小話集

恋したがり少年少女の攻防戦

作者: 雪田


 恋とはどんなものかしら。


 机の上に落ちた乙女のつぶやきを拾い上げた近くの耳たちが、同じ言葉を口からつむぎだした。


「あんたには王子様がいるんだからいいじゃない」

「あれは王子とは言わない、ちょっといい仮面をかぶった、単なるストーカーだ」

「顔さえよければ、それは犯罪とは呼ばれないのだよワトソンくん」


 知らなかったの?

 法律のように正論という顔をされても困る。 


「だいたい、あんなのにひっつかれてたら恋だってできないじゃないか!」

「いいじゃないかあんなのでもひっついてくれるなら」


 居なくなったらさみしいもんだよ。

 炭酸の抜けたコーラみたいになるかもよ。


「私は恋がしたい!」


 切々と訴える。

 恋とはどんなものだろう。

 いちごのように甘いのか、ぴり辛いのか、しょっぱい涙の味なのか。




 とは言え、友人たちの格言は一部、わからないでもないのだ。

 人間とはさみしがりやの生き物なのである。

 金八先生が言っていた、「人」という字は支えあってできているのだ、と。

 誰かとひっついていないと重力に逆らえない、一人で立っていられないような危うい存在。


 ……小難しい思考に流されてしまうのは明らかに影響されている証拠のような気がして、気に入らない。

 よろしくない。おもしろくない。

 眉間に寄ったシワを伸ばしていると、その元凶が廊下の向こう側から歩いてきた。

 いつも、大病院のえらい先生が巡回するときのように、後ろに取り巻きを引き連れている。

 当たり前のように廊下を独占しながら、まるで俺の後ろに道はできるのだ、と主張せんばかりに。

 先駆者のように、雄雄しい足取りで闊歩する。

 足運びがゆるやかになったのは、見つけたからだ。標的を。

 再び寄ってしまった眉間のシワ。合図にしたように、軽く手が挙がる。

 やあ、こんなところで会えるなんて奇遇だね。

 ストーカーはにっこりと最上級の笑顔を添えて、王子の爽やかボイスで言った。


「うん、よし」


 決死の覚悟を決め、こちらから歩み寄っていくと、お、という顔つきをした。

 いつもシワ一本まで演技しているようなナルシストぶりだから、珍しい反応ではあった。


「なに、どうしたの?」


 心なしかはしゃいだ、嬉しそうな声。 

 さらに一歩近づいた。

 懐に踏みこんで、ボディブローを一発お見舞いしてやろうかしら。

 一瞬物騒な行動を脳内がシュミレートしたが、握りしめていたグーを開いて、パーにした。

 ここは平和的な解法を選ぶ。

 がら空きの脇腹、側面から腕を回し、真ん中に向けてぎゅうっと締めた。

 


「…………」


 

 ほら、心臓は鋼鉄だ。ぴくりとも脈動しない。

 念のためにそのまま鼓動の音を十個、数えてみたけれど、増幅どころかわずかな乱れももない。

 息が止まるほどの、って気持ちの表現法があるけれど、おいしい空気が鼻を通り、体中に行き渡る。どこにも不具合はない。

 かすかに匂う異臭に、目前に迫る体が自分とは違うものだ、ということを意識させた。

 でもそれは特別なものではなくて、確率は二分の一、性別が男であるならば誰だって持ち合わせるものだ。

 王子だって、ストーカーだって同じだ。


「……はあ」


 実に、残念な結果だった。

 たとえば、これ以上ないまでにひっついてみたら、何かしらの答えを得られるような、そんな期待をしていたから。

 「人」という文字を体言してみたところで、何が変わるわけでもなし。考察終了。

 回していた手から、ゆっくりと力をゆるめていく。

 それにしても細い腰だ。男のクセに生意気だ。いまいましく睨んでから、回れ右をし、元来た道を戻る。


 恋っていったいどういうものなんだろう。

 ピンク色だろうか、燃える夕焼けの色だろうか、それとも綿菓子のような真っ白なんだろうか。


 少女は首をかしげる。

 その小さな背中にすべての視線を独占しながら。 





 立ち尽くしていた少年は、唐突に膝を折ると、しゃがみこんだ。

 昼休み、教室間を忙しなく往来する複数の足音が静止していた時間が、それを機に動き出した。

 廊下の真ん中をそっと避けるように、円を描きながら。

 少年は両膝に顔をうずめた。その耳の端が赤く染まっている。体中の血液がそこに集まってしまったかのように。


 ―― 身体から溢れ出さんばかりの気持ち、そのかけらがいつか少女まで届きますように。


 居合わせてしまった視線たちは極力見ないフリに努めながら、丸まった背中に小さく祈りを捧げるのだった。






 おしまい


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