発狂3
「米はどこにある」キッチンの中をぐるりと見回した。
炊飯器や米櫃の類が、どこにもない。
「カレーとハンバーグと、それとあと」指折り数えてメニューを並べ立てるオヤジ。
俺は頬のぴくぴく痙攣する作り笑いをオヤジに向けた。
「オカズはいらない。米だけで、じゅうぶんだ」
「なんとな。おぬしがごちそうを望んだのではないか」オヤジは責めるように言ってきた。
「俺にとっては白いおまんまが何よりのごちそうなんだ。オニギリにする。塩ふって食う」
「ならば、最初からそう注文すればよかったのだ。ムダに疲れさせおってからに」オヤジはふくれ面をして屈んだまま半回転し、尻を高くもたげてそこに点在する赤いぶつぶつを指でつまんだ。「ほれ、好きなだけ食え」
ぶちゅぶちゅぶちゅと次々に白い膿が押し出されてくる。大きさは米粒と同じくらいで、形もそっくりで。
「ひゃあ」俺は悲鳴を上げて嘔吐した。「うげぇぇぇぇぇぇっ」
米はオヤジの膿だったのである。膿にウンコを掛けたカレーライス。想像を絶するゲテモノ料理。
これは胃の内容物をぜんぶ吐いても吐き気は収まらない。俺は隅のゴミ箱に顔を突っ込んでげぇげぇ言い続けた。
ビニール袋の底に溜まった胃液の臭いがつんと鼻をついてくる。気分が悪い。しかし、何も食わなきゃ俺は死んでしまうのだ。餓死の連続で永遠に苦しみ続けることになるのだ。
後ろで心配そうに立っていたオヤジとバニーガールの二人をかき分けて、俺はガス・コンロの近くまで行った。
床にはオヤジに投げつけた皿だの調味料だの何だのが広がっている。マヨネーズと醤油とサラダ油が混ざり合っているところは、幸いウンコ膿カレーに侵蝕されていない。
俺はそれを両掌ですくってべろべろ舐めた。「うえっ」
またしても嘔吐感が込み上げてきた。が、そんなことしてなるものか。両掌の調味料をぜんぶ口の中へ入れて水道水で胃に流し込んだ。
ものも言わずに俺を目で追っているオヤジとバニーガール二人の横を通り過ぎ、キッチンの外へ出る。
「おい、どこへ行くつもりじゃ」
キッチンとあの黄金色の扉のちょうど中ほど辺りで、背中にオヤジの声が飛んできた。
俺は後ろ手を振った。
「おい、答えんか」オヤジはしつこい。延々ときいてくる。「答えんか。答えんか。答えんか」
「帰るんだよ」俺は立ち止まって振り返った。
「どこへじゃ」
「元いた世界へだ。最初に目覚めた場所、あそこへ行けば帰れるかも知れん。何かしらヒントが得られるはず。もう、こんなところにはいたくない。お前らといっしょにいるのは懲りゴリだ」
ふたたび歩き出した。
「おい、待て。待たんか」またオヤジの声が飛んでくる。狼狽えた調子だ。「お前ら、あいつを捕まえろ。捕まえてこい」
ぺたぺたと、足音が近付いてくる。明らかにバニーガールたちのものだ。
俺はクルリと半分回って大股開きに静止した。
爪を立てて両の腕を振りかざし「がおおおっ」と、歯を剥いてみる。
びくっとしてバニーガールの二人は固まった。効果てきめんである。これまでの経緯で俺に対しての恐怖心が植えつけられているのだ。
二人は青白い顔を見合わせる。
「何をしておるのだ。追いかけろ。捕まえろ」
バニーガールたちはオヤジと俺を交互に見やる。まごまごしているばかりで、いっこうに追いかけてくる様子がない。
「へっ」と、俺は嘲笑した。
扉は目前だ。いつの間に閉まったのだろう。足を速めた。