発狂
「尻の件は水に流して、仲良くしようぜ。一杯やりながら」俺は軽蔑のしかめ面をしているバニーガールたちへ投げキッスをし、ノックもしないでドアを開けた。「おぉぉぉい、神様ぁ。ついでによく冷えたビールを一本めぐん」
中華鍋を火にかけたガス・コンロの近く、下半身を丸出しにして皿の上へ屈んでいたオヤジと目が合った。
「なぬ。ビールとな」口を開いた拍子に肛門から下痢便がぶりばりしゃぁぁぁぁぁぁっと大噴出した。皿の縁からぽたぽた溢れ落ちる。
オヤジは立ち上がって自分の陰茎をわし掴んだ。
「それなら楽勝、楽勝。いくらでも出る」水切り棚の銀のボウルを取るやいなやそこへ小便をじょばぁぁぁぁぁぁっと大量放出し、得意顔で俺に手渡す。「何杯でもおかわりしてよいぞ」
俺はボウルを壁にぶん投げた。
「ぶぎゃぁぁぁっ」奇声を発しながら収納庫を蹴飛ばし、カウンター・トップのマナ板を横払い、ラックの皿は全部まとめて床で叩き割った。
俺はウンコを食わされていたのである。そして今度は小便を飲まされかけた。発狂寸前だ。
「ふごばがごげっ」と、咆哮さながらの声を上げてオヤジに体当たりする。
「ぶぼっ」オヤジは鼻腔をおっぴろげてロッカーに激突した。
「くそくそくそくそ。糞を食わせやがって。くそくそくそ」俺は半狂乱で手当たりしだいに茶碗だの割り箸だの調味料だの何だのを投げつける。
「ま、まて。落ち着け。ワシがいつ大便をおぬしに食わせたというのじゃ。言い掛かりじゃ」片腕で防御しつつ、オヤジも空き手を使い床の品々を投げ返して応酬する。
「このごに及んでも、言い逃れをするのか」はぁはぁと肩で息をしながらオヤジを睨んだ。
今ごろになってうえっと、嘔吐感が込み上げてきた。
「言い逃れなどではない」憤然としてオヤジは割れた皿に広がる排泄物を指差した。「おぬしに食わせたやつも、ここにあるやつもれっきとしたカレーライスじゃ」
「お前の肛門から出てくるところを目撃したんだ」
「その認識自体が、間違っているんじゃ」
「なんだってえ」俺は素頓狂な声で眉をひそめる。
「いいか、よく聞け。肛門から出てくるのが大便なのは、おぬしらの世界でのこと」オヤジは人差し指を立てて横に振った。「しかしここでは、つまり神の作る料理とはこういう物なのじゃ。立派な料理なのじゃ」
「ではさっき、俺がまた料理を作るよう命令したら調子が悪いとか良いとか言っていたのは何だったんだ」
「だからあれは」オヤジは面倒くさ気に耳朶をぼりぼり掻いた。「なかなか便意を催さないという意味であって」
「やっぱりウンコじゃねえか、この野郎」俺はオヤジの頬をつねって、力まかせに引っ張った。「てめぇてめぇてめぇ」
「ひがぁぁぁう」オヤジは俺を突き離す。「便意を催しても便などたれん。料理じゃ。ワシの体の中で料理が出来上がるのじゃ」
「それを料理と呼べるもんか」もう誤魔化されはしない。このオヤジのこじつけをいちいち認めていったら、俺はオモチャにされるだけだ。二、三歩後ろによろめいて、すぐに反論する。「便意を催して肛門から出るのは大便だ。ウンコだ。それ以外の何ものでもない」
「食ってそう感じたのか。感じなかったろう。カレーの味しかしなかったはずじゃ」
「カレー味のウンコじゃないと、なぜ言い切れる」
水掛け論の様相を呈してきた。
俺とオヤジは額を密着させて睨み合う。ふぅぅぅ、ふぅぅぅと互いの鼻息は荒い。
「なら、食うな」オヤジは駄々っ子のようにむくれて、ぷいっとそっぽを向いた。
「せがまれたって食うもんか。ウンコのカレーを食う奴がどこの世界にいるというのだ」俺は唾を飛ばしながらわめいた。「他の物を作れ」
「他の物、じゃと」
「飯を腹いっぱい食わせて貰えるはずがウンコだったんだ。納得できるわけがない。ちゃんとした物を作れ」
「ならば、ハヤシライスなんてどうじゃ」
「液体以外の物を、つ、く、れ」俺は語句をひとつひとつ強調して言ってやった。
「液体以外の物か。うぅぅぅん」オヤジはうつ向き加減に考え込んだ。「ならば、あれにしよう」
ガスコンロの中華鍋をシンクへどかし、下の引き出しから土鍋を取り出すと火にかける。
どのような料理を作るつもりなのだろう。なんにしろ飯を腹いっぱい食わせて貰った後はウンコカレーの復讐をしなければならない。ぶっ殺してやる。
そう固い決意のもと俺が見ているそばからオヤジは肛門を床へ近づけて、めりめり黒い物体をひり出した。
「ハンバーグじゃ」手づかみで排泄物を俺の口元へ持ってきた。