空腹
ふたたびキッチンの中へと入ってドアを閉める。
まったくもってして、とんでもないところを見られたものだ。神と名乗るオヤジに。
俺は慚愧の念とともに元の場所へと戻って行った。
かなりの間隔を置いて隣りに腰をおろしたバニーガールたちに対してもひじょうに気まずい。
後先考えずあんな行為に及ぶべきではなかったのだ。俺は。
本当に俺は俺は、俺は。「うぉぉぉっ」
頭を抱え込んで絶叫すると、バニーガールの二人が体をびくりとさせた。
座ったまま俺から遠ざかって行く。また、尻の確認を迫られると思ったに違いない。
「もうあんなことはしないから、しないから」俺は掌を立てて横に振った。
バニーガールの二人はじっとこちらを伺っている。すぐにでも逃げられる体勢を取っているのだろう。背を丸めていた。
「なんだ、信用してないのか」俺は今しがたの自分の行為を棚に上げ、少しばかりいらっとした。「いいから、もっとこっちへ座れ」
地面をぽんぽんと叩く。
とたんに、バニーガールの二人は半転して斜めにぴょんと跳躍した。金髪をなびかせ、三メートルほど先に着地する。
そして警戒心むき出しのあの体勢。
俺も同じく跳び上がった。「逃げんな、ごらぁ」
無言で目を見開き駆け出すバニーガールたち。
俺は四肢を地面へついてから勢いよく立ち上がり、そのまま足をもつれさせてぶっ倒れた。「うおっ」
もう、起き上がる気力もない。
遠くバニーガールの二人が肩を寄せ合って俺を注視している。
コントそのものだ。きゅうに、アホらしくなってきた。
俺は側臥してキッチンを眺める。
――オヤジがあの中へ入ってからどのくらい経つのだろう、そう思った。一度外へ出てきはしたものの、かなりの時間をあそこで過ごしている。
俺はただ待っていただけではない。それ以外にもバニーガールたちといろいろ悶着を起こしたりもした。
腹がへっていると料理が出来るまでの時間がやたらと長く感じるあの錯覚などではない。断じて、ない。
オヤジはいったい何を作っているのだ。
「その前に」と、俺は声に出した。「なぜあのオヤジはキッチンなんかを出現させたんだ。初めから料理を魔法で出せばいいことではないか」
謎である。答はオヤジにしか分からない。
「ちょくせつきいてみるか。料理がどのくらいまで進んでいるのか、気にもなるし」うぅぅっと歯をくいしばってゆっくり起き上がった。
同時に、キッチンのドアが開いてオヤジが湯気の昇る皿を片手に小走りでやってくる。
「すまんすまん、待たせたな」皿を前に差し出した。
「なんだ、これは」しかし出来上がった料理を目の前に、俺は憮然とした。
「カレーライスに決っておろうが」
「量のことをいってるんだ。量のことを」 その中型サイズの皿には真ん中にちょこんとライスが盛られており、もうしわけ程度にカレーが掛かっている。固形の具は何ひとつ入っていない。福神漬けすらない。これでどうやって腹を満たせばいいのだろう。無理だ。
「いっしょうけんめい作ったんだがなぁ」オヤジはフンドシの端をめくり上げ、流れる顔の汗を拭った。「やはりこれだけでは、不満か」
「当たり前だ」俺は喚いた。「いったい今まで何をやっていたんだ。たったそれっぽっちを作るのに、こんな長い時間が必要なのか。嫌がらせか」
「違う。嫌がらせなどではない。ワシはおぬしのためにと料理を」
オヤジが必死に弁明しているそばから皿をぶん取って、俺はスプーン五口でカレーライスを完食した。
「言い訳はいらない。また、作ってこい」オヤジに皿を押しつける。「飯を腹いっぱい食わせてくれるんだろ。そういうことだったよな。まさか神様が嘘をついたりはしないよな」
「うぅぅぅむ」オヤジは低くうめいた。「調子が悪いのだが。いや、調子が良いというべきなのか、とにかくもう一度トライしてみる。神の威信にかけて。待っておれ」
オヤジはわけの分らないことを言い残し、キッチンへと引き返して行った。
「まぁ、さっきよりはマシになったな。少しは腹に入れて元気が出た」俺はうぅぅぅんと伸びをしながらバニーガールたちへ顔を向けてみた。
俺の視線に気がついたらしい。バニーガールの二人も俺に顔を向ける。
「なあ、頼むからそんな遠くに行かないでくれよ。疎外感を覚えちゃうなぁ。さみしいなぁ」俺は舌なめずりしてバニーガールたちへと接近して行く。「お前たちはバニーガールなんだろ。そうなんだろ。俺は客みたいなもんじゃないか。優しくというか、サービスというか、お酌のひとつも」
そうだ、と俺は膝を叩いた。「あのオヤジにねだってビールの一本でもつけてもらおう。さんざんな目に合わされたんだ。そのくらいはOKしてくれるはず」
進行方向をキッチンへと変える。