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あの世  作者: こめ
2/16

対応

 気がつくと、俺はいつの間にか地面に寝そべっていた。どのくらいこうしていたのだろう。

 まだ、だいぶぼぅとする頭。視界にあるものは、何だ。あまりにも近すぎる。

 鼻のもげそうな加齢臭に中年男性の荒い息づかい。肌をさすのは無精髭。

 そうだ、これはオヤジの顔面のドアップだ。

 ーーたちまち俺は正気づいた。神と名乗るオヤジに人口呼吸をされていたのである。

「な、なにをしてるんだぁぁぁぁぁぁ」オヤジを下から突き飛ばし、口をぬぐう。「てめぇ、このホモ野郎」

「痛たたたっ」背中を地面に打ちつけたオヤジはバニーガールの二人に腕をひっぱられて、起き上がる。「神の慈悲も分からぬか。おぬしがあぶないと判断したからやったまでのこと。けっして、趣味ではない」

「なら、そこの二人にさせればいいじゃないか」俺はバニーガールに向かって顎をしゃくった。

「こやつらに、そんなスキルはない」オヤジは四つん這いで俺に近寄ってくる。

 酒のせいにしろ頬が赤いのは発情している様であり、しかも、金玉までモロ出しなのだ。四十オヤジのホモにしか見えない。

 俺は、貞操の危機を感じた。

「うわぁぁぁ。く、くるなぁ」横座りの体勢であとじさる。

「なにをそんなに、脅えておる」唇をとがらせるオヤジ。

 すねているつもりなのか、接吻を求めているのか、俺には判別できない。

 恐慌をきたして、声を張り上げた。「いやだいやだいやだあ。男には興味がない。女がいい。可愛娘ちゃんがいい。俺は、ノンケなんだぁ」

「ワシも、ノンケなんじゃあ」オヤジは肥満体にあるまじき跳躍力でぴょんと跳ね上がった。

 俺の眼前に豚の如き巨体。つづいて呼吸が止まりかけるほどの強烈な衝撃。

「ぐほっ」九十キロはあろうかというオヤジに押し潰され、俺は白目を剥いた。

「やっ、しまった。大丈夫か」オヤジは俺の肩を掴んでゆさぶる。「かくなるうえは、責任を取って」

 ふたたび唇をとがらせ顔を近づけてきた。

 切れかけていた意識が、すぐに戻った。このオヤジと唇を重ねるのは死んでもイヤだ。

 俺は力まかせにオヤジの下半身へ蹴りを入れる。

「ぶはっ」よほど的確にヒットしたのだろう。今度はオヤジの方が白目を剥いた。

 俺のかたわらで股間を押さえ、うずくまる。

 オヤジの腰の辺りを叩いてやったり、背中を擦ってやったりするバニーガールたち。

「やっぱり、そういう趣味だったんだな」俺は立ち上がってから罵倒した。「このホモオヤジめ」

「ご、誤解じゃ」ふぅぅぅっと切な気に息を吐いてオヤジは俺をふり仰いだ。「ワシのせいでおぬしが死んだら一大事。夢見も悪い。だから男と接吻なんぞしたくはないのを、我慢して」

「そうだ、二回ともお前のせいだ。そしてかならず自分で責任を取ろうとしやがる。唇で。だいいち、ここがあの世だと言ったのはお前じゃないか。なんで死ぬ道理がある。無茶苦茶だ。そのへんのところをぜんぶ説明しろ」

「わしは口ベタなんじゃ」

「そんな言い逃れが通るわけないだろ」俺はオヤジの首を絞めた。「説明しろ説明しろ説明しろ」

「うおっ。ぐぐぐっ」オヤジは手足をバタつかせる。アルコールが入っているもんだから顔はこれ以上ないというくらいに真っ赤かだ。「は、離さんか。これでは、説明、が」

 いっそのことこのまま絞め殺してやろうかとも思った。が、俺はバニーガールの二人に服を掴まれあえなくオヤジから引き離されてしまった。

 まぁ、これでよかったのだろう。どのような説明をするのか、見ものである。それを聞かないうちは胸のもやもやが収まらない。

 オヤジはごほごほと咳込んだ。

「なにから話せばいい」

「だから何で」

「おお。そうじゃった、そうじゃった」うぇとオヤジはえずいた。「空中浮遊と、おぬしを押し潰した件な。あれはワザとではない。粗相じゃ、粗相。むろん悪いのはワシのほう。すまん」

「そのあとの人口呼吸は、どういうことだ」俺は声を荒げる。「ふざけているのか」

「違う。おぬしがあぶないと判断したからやったまで。それは先ほども」

「他に方法はないのか」俺はオヤジが喋っている途中で地面をどすっと踏み鳴らした。「お前は神様なんだよな。そう自称したよな。だったら魔法みたいなものを使えばいい。なぜ、そうしない」

「あれがそうじゃ」オヤジは平然としたもの。「ワシの人口呼吸は蘇生率百パーセント。あれ以外に、方法はない」

 わお、と叫んで俺は飛び上がった。「じゃあ、ここがあの世だというのは何なんだ。嘘なのか」

「ワシが神様だから」オヤジは俺の理解力に少し呆れたといった感じで嘆息した。「ここはあの世に決まっておろうが」

「蘇生は生き返らせるって意味だろ」俺は髪の毛を掻きむしる。「ここがあの世なら、死ぬことはあるのか」

「ある」オヤジは言下に答えた。「実際おぬしは死にかけたではないか。身をもって、知ったはず」

「ああ、死にかけたさ。たしかに死ぬと思ったよ」オヤジにひとさし指を突きつける。「じゃあ、死んだら俺はどこへ行くんだ」

「あの世じゃ」

「ここがあの世なんだろうが」

「そうじゃ。だから死んだら、またここへやってくるんじゃ」

「へっ」俺は阿呆のように表情を弛緩させた。「死んだらあの世へ行く。だから、またここへやってくるだって」

「うむ」オヤジは目を閉じて大きく頷く。

「それはつまり俺が最初に目が覚めたところへ、ってことかなのか」へなへなとその場に崩折れた。「そうなのか。答えろ」

 オヤジを横目に、俺はかぶりを振った。

「いや。やっぱり答えなくていい。どうせそう答えるに、決まっている」ますます力が抜けていく。「事故ったあと、俺はあそこにいたし。そしてあんたが人口呼吸をした理由は俺を死なせないため、ね。神が不注意で人を殺すわけにもいかないだろうから。うんうん。蘇生率百パーセントの魔法の人口呼吸」

 水平線の彼方をぼんやりと見つめた。

「理屈は、通っている。通っているよ。俺が馬鹿だった。何も分からなかった。あひゃひゃひゃひゃ」反論したくても反論のしようがない。なぜか俺は笑い出した。

 笑いが止まらなかった。笑いながらぼろぼろと涙をこぼした。

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