勝負3
俺は腰を上げた。「次の勝負もお願いしていいかな。現世に戻りたい。ここは嫌だ。ぜったい、ぜったい、ぜったいに嫌だ」
「その前に」と、オヤジは勝ち誇った顔のバニーガールたちと頷き合う。「罰ゲームじゃぁ」
いっせいに三人が踊りかかってきた。
「な、何をするんだぁ」
バニーガールたちが右と左から俺の腕を固めて寝っ転がり、オヤジは両足を掴んで広げる。踵が俺の股関に当てられた。
「電気アンマじゃぁぁぁ」
今どきこんなことをする奴もいるんだなぁと懐かしさを覚えたのも束の間、すぐに激痛が走った。
「うぎゃぁぁぁ」
このオヤジ、本気である。「うひひひひっ」
バニーガールたちも実に愉快そう。
「いい加減にしろぉぉぉ」俺は、声を引き絞った。
オヤジは手を離す。俺の訴えを聞き入れたわけではなく、ただたんに疲れたからだろう。
地面にぺたんと尻をつき、息を切らせる。「はぁはぁはぁ」
バニーガールの二人も地面に伸びて鼻で荒い息をつく。
「ふぅぅぅん。ふぅぅぅん」
「ふぅぅぅん。ふぅぅぅん」
油汗を浮かべて上半身を起こしてみると、オヤジが横座りで妙なしなを作ってウインクしてきた。唇を尖らせる。
「勝負、して貰えるよな。罰ゲームを受けたんだ。そんな話、聞いていなかったのに」押さえた股関はじんじんと熱を持って腫れている。
「いいわ。じゃあ、次の勝負はジャンケンにしましょう」
「ジャンケン、だと」俺はオヤジに訊き返す。
「そうよ、ジャンケンよ。ジャンケンも知らないの」
「グーはチョキに、チョキはパーに、そしてパーはグーに勝つやつなら知っている」いちおうルールの確認をしておく。このオヤジは油断がならない。
「そうよ。それよ」手をぽんと打ち鳴らして、オヤジはまた俺にウインクしてきた。今回のオカマキャラはいつまで続ける気なのだろう。ウザい。「先に三回勝てばいいわ。それで決まりよ。さあ、バニーの中からひとり選んでちょうだい」
「よし、分かった」俺は立ち上がる。「コイツだ」
てきとうに指差した。運勝負なのだから、相手は誰でもいい。
「それじゃあ、バニーちゃんも立ち上がって。正々堂々と勝負するのよ。」オヤジは言う。「最初は、グー」
俺とバニーガールは勢いよく手を出す。俺はグーで、バニーガールはパーだった。
「まずはバニーちゃんの一勝ね」
俺は、ぶちキレた。
「最初はグーだって言っただろうがぁぁぁ」
「ただの掛け声よ。ただの掛け声」もう、とオヤジは俺の肩を軽く叩く。「だってルールはチョキがパーに、パーがグーに、グーはチョキに」
「すまん。そうだったな」片頬をぴくぴくさせながら俺はオヤジの説明を止めた。「第二回戦を頼む」
「いいわ。じゃあ、第二回戦ね」と、ひと呼吸置くオヤジ。「最初は、グー」
俺はバニーガールを目潰しするような感じで鋭くチョキを出した。
それを見届けてから、ゆっくりとグーを出すバニーガール。後出しだ。
「バニーちゃんの二勝目」オヤジは舐めた指で掌に何やら書く仕草をした。
「なんでもアリだな」出したままでチョキの形の手がぶるぶる震える。
「なんでもアリじゃないわよ。ちゃんとルールに則って」
「第三回戦だ。頼む」オヤジの言葉を途中で遮った。「さあ。はやくしろ」
怪訝な表情で顔を見合るオヤジとバニーガール。小首を傾げ、肩をすくめ、息もぴったりにくいっと両掌を突き上げた。
これにはさすがに殺意を覚えた。狂ったように自分の骨盤の辺りを乱打して必死でその衝動を押さえつける。
「はやくしろと、言ってるだろうが。聞こえないのか」
「もう、せっかちねぇ」オヤジは微苦笑した。「じゃあ、いくわよ。最初はグー」
とにかく先に出さなきゃ負けない。このジャンケンの必勝法だ。俺は後ろ手を組む。
が、それはバニーガールも同じこと。後ろ手を組んでいる。いっこうにジャンケンをする様子がない。
「はやく出せ」
バニーガールは首を横に振った。
俺はオヤジに向き直った。
「次の勝負を頼む。ジャンケンはおしまいだ」
「なんじゃ。だらしがないのぅ。勝負を放棄するつもりか」オカマキャラをやめてオヤジが言う。
「あ、ああ」俺は思わず手をほどいてしまった。「これじゃあ、しかたないだろ」
くやしさに握り拳を固めた。
オヤジが、叫んだ。「バニーの三勝目。勝負あり。罰ゲームじゃぁぁぁ」
どうやら俺の握り拳に対してバニーガールがパーを出したらしい。
俺は電気アンマの餌食となった。怒りも殺意も通り越し、情けなさでいっぱいになった。ぼろぼろと涙が溢れ、頬を伝う。
「もう次の勝負はない。これが最後じゃった」はぁはぁ息を喘がせながらオヤジは胡座を掻き、額の汗を拭った。