勝負2
と同時に、左側のバニーガールがスティックで俺の頭頂部を思い切りぶん殴った。
俺のほうが先にボールを叩いていたのに、何もすることが出来やしない。その場にぶっ倒れた。
足音が前に遠ざかって行って、やがて俺の横を通り過ぎる。
ふたたび「ぴぃぃぃぃぃぃっ」と、笛の音。バニーガールたちがゴールを決めたらしい。
今度はゆっくりと足音が近づいてきた。
「ほれ、何をしておる。起きんか」
頭を擦りながら顔を上げると、オヤジとバニーガールたちの三人が俺を見おろしていた。彼らの周りにちかちかと星の幻像が瞬いている。
俺はがなり立てた。
「これはどういうことだ。いきなりスティックで殴られた。正々堂々と勝負するんじゃなかったのか。卑怯じゃないか。ルール違反じゃないか」
「ワシはスティックで相手を殴ってはいかん、などとひとことも言っとらん」
「ぐぎっ」俺は歯ぎしりした。抗議の言葉を飲み込む。
なるほど、確かにひとことも言っていない。俺が甘かった。オヤジの非常識さを完璧には理解しきれていなかった。
スポーツの概念を捨てるべきなのだ。いや、格闘技もスポーツか。ならばこれは格闘技の要素を含んだスポーツだ。
「よし分かった」俺は立ち上がる。
先に狙うはボールではなく、バニーガールたち。バニーガールの二人を足腰立たなくなるほど叩きのめしてやる。
笛が鳴る。
「うらぁぁぁぁぁぁっ。死ねぇぇぇ」俺はバニーガールたちの側頭部めがけスティックを右から左に横払いした。
が、警戒されていたのだろう。バニーガールたちは笛の音とともに後ろへぴょんと飛び退いた。攻撃をあっさりかわされた。
怒りまかせにスティックを振った勢いで俺はぐるぐるぐるぐる空回り。
その隙にバニーガールのひとりが白線上のボールを叩く。
「うぎゃぁぁぁ」よろめきつつも走り出し、十数メートルほどのとこでようやく平行感覚が戻ってきた。
ボールに追いつく。ゴールはされていない。ゴールとボールとの間はほんの二、三十センチ。あぶなかった。
「やはり女ごときに脚力で負けるわけがない。目が回っていても、俺は」敵のゴールを振り返る。
バニーガールが二人がかりでその自分らの赤いゴールを持ち上げ、地面に叩きつけているところだった。
ばらばらになった木製のゴールに瓶の液体をかけ、ライターで火をつける。めらめらと燃え上がった。
「何をしてるんだぁぁぁっ」俺はボールを放ったらかしてスティックを高くかざし、バニーガールたちめがけ駆け出した。
逃げ出すバニーガールたち。
笛が鳴った。「ぴぴぃぃぃ」
オヤジが俺に武者振りついてくる。
「白線のところへ戻らんか」
オヤジが指差すほうを見ると、俺の青いゴールにボールが転がっている。駆け出した時の風圧か、あるいは我知らずボールを蹴飛ばしてしまったのか。
まぁ、そんなことよりもバニーガールたちの赤いゴールである。俺はオヤジに食ってかかった。
「これから先、どうやって俺はゴールを決めればいいんだ。永遠に無理じゃないか。これじゃあ、競技じたいが成り立たない」
オヤジはやれやれといった感じで頭を振る。
「ゴールを燃やしてならんと、誰が言った。バニーたちは賢い。これなら点を取られる心配がない」
「うわぁぁぁ」俺は髪の毛をかきむしりながら、その場にうずくまった。「ゴールを出せ。また魔法で出せ」
スティックで地面をばしばし叩いた。L字型の部分がぽきりと折れてしまった。
オヤジが腰を屈めてそれを拾う。
「出来ん。ゴールは一度きりしか出せん」白線のところへ戻って行く。「さあ、試合再開じゃ」
バニーガールたちがやってくると、オヤジは笛をくわえた。
俺も白線のところへ戻って行く。
「このまま勝負を続けて、俺に勝ち目はあるのか」うらめしげな眼差しをオヤジに向けた。
「ない」オヤジはあっけらかんと答えた。
「だったら何の意味があるんだ。試合を続けることに。もう決着はついているだろ」
「ルールじゃからの。最初に説明したはずじゃ。このスポーツの試合は二時間。残り一時間三十二分ある」
「どうやっても勝つことの出来ないスポーツを俺はあと一時間三十二分もやらなきゃならないのか」とうとう我慢出来なくなって俺はオヤジの首から下げた笛の紐を捻り上げてしまった。
「よさんか」オヤジは俺を突き離す。「おぬしが大人になろうと提案したばかりじゃろ。それに何もルールに反しておらん。言いがかりの八つ当たり。勝手にルールを誤解しおってからに。そうじゃろ。責めるべきは自分自身じゃ。勝てないスポーツでもやらなきゃならん。さあ、これを持て」
折れたスティックの先を俺に差し出した。
俺はそれを受け取る。あとは白線の前に膝を抱えてバニーガールたちがゴールを決めるのを黙然と見続けた。
試合開始から二時間が経ったのだろう。オヤジは時計の確認もなしに笛を吹き、高らかに告げる。
「三十九対0。バニーたちの勝ち」