再会
それからも一定の間隔を置いて次々と扉は現れた。
黒い扉や白い扉、青い扉や緑の扉、茶色い扉もあればピンクの扉もあった。およそ考えつく限りの色の扉だ。
自分からその数々の色の扉を開けたことは、ただの一度もない。扉は俺が近づくとかならず中から勝手に開いた。
そこにはオヤジとバニーガールたちがいた。
「おい、はやく中に入ってこんか」第一声はこれである。
拒否し続けた。今までの経験で中へ入ればまたヒドイ目に合うのは、明らかだったから。
しかし、忍耐にも限度というものがある。体力もなくなってきた。
神を名乗るオヤジは飽きてきたのだろう、扉の中で変顔をするようになった。
べろりと舌を出して耳朶を引っ張ったり、頬を膨らませて黒目と黒目を寄せ合ったり、瞼を押して裏側で赤い小さなコブを作ったり。
負けのみえた根比べ。けっきょく俺には脱出方法が分からない。
この世界を律しているのがあのオヤジなのは、間違いないのだろう。ここにいるのはオヤジとバニーガールたちと俺だけだ。
ここ、つまりあの世をぐるっと一周したのか何なのか久方ぶりに黄金色の扉が現れた時、俺は中へ入る覚悟を決めた。
「おい、はやく」のオヤジの言葉に従った。
「元の世界に戻せ。俺を」オヤジの目の前まで行って単刀直入に切り出す。よけいな話をする気は、毛頭ない。
胡座を掻いたオヤジは両の手の指先を頭頂につけ、腕で輪っかを作っている。白目を剥いていた。まだ変顔でウケを取れると信じているのか。
俺はオヤジの額を軽くこずく。
ダルマの如くごろんと後ろにひっくり返えるオヤジ。それでも変顔と腕の輪っかは崩さない。粘り続ける。
バニーガールたちのほうが痺れを切らして、右と左からオヤジを抱き起こす。
ごほんとひとつ咳いてオヤジは頬を赤く染めた。ギャグがすべったことを照れているのだろう。
「あん、何だってぇ」おかしなアクセントのソプラノ調できいてきた。
ウケ狙いを諦めていないらしい。耳まで真っ赤かだ。
俺も上目づかいで鼻にシワを寄せ、歯を剥き出した変顔で対抗する。これはウケ狙いではない。相手を愚弄した表情のつもり。
不快感でオヤジがくだらないギャグを止めると思ったのだ。人のふりみて、我がふり直せ。
が、意に相違してオヤジは爆笑した。
「うわははははははっ」
俺はオヤジに殴りかかって行った。
「元の世界に戻せ、戻せ、戻せ」
これでいったい何度目の戦いになるのだろう。覚えていない。俺とオヤジは地面の上をくんずほぐれつ揉みくちゃになって暴れまくった。
バニーガールたちも参戦してくる。もはや乱闘だ。俺が誰を殴ったのか、誰に殴られたのか判然としない。
疲れが怒りを上回って俺たちの戦いは終了した。
四人が車座になって喘ぐ。バニーガールの二人は鼻で「ふぅぅぅん、ふぅぅぅん」いっている。
殴り合いをしている時には脳内で分泌されるアドレナリンの影響で感じなかったのだが、今は体中のあちこちが痛い。
「はぁはぁはぁ」俺はオヤジを睨みつけた。
「はぁはぁはぁ」と、オヤジはうつ向いたまま。俺の視線にも気がついていない。
次に俺はバニーガールたちを睨みつける。「はぁはぁはぁ」
目の周りに青痣を作ったバニーガールの二人は俺の視線に気づいて、びくっとした。瞳に怯えの色が浮かんで、胸と股を手で覆う。
俺のはぁはぁはぁを性的興奮と受け取ったのだろう。
俺はがくっとうなだれた。
「なぁ、本当に頼むよ」オヤジの側までいざり寄って、土下座した。
「はぁはぁはぁ」と、荒い息づかいが聞こえてくる。
顔を上げると遅ればせながらオヤジが俺を睨み返していた。「はぁはぁはぁ」
鳥肌が立つ。まるで俺に発情しているみたいだ。これは二度目か。四つん這いで俺に迫ってきた時と合わせて。
バニーガールたちの気持ちがよく分かった。
「はぁはぁはぁ」オヤジは舌舐めずりする。
横座りで妙なしなを作って、俺にウインクしてきた。唇を尖らせる。
俺は殴りかかって行った。
「ギャグなのか本気なのか、何なんだぁ。お前はぁぁぁ」
すかさずバニーガールたちがこれに加わった。またしても乱闘だ。
彼らは半笑いである。楽しんでいるらしい。
俺ひとりが馬鹿をみているようだ。
乱闘直後の乱闘。体力が続かない。俺たちはすぐ大の字になって寝そべった。
「真面目に話し合おう。大人になろう。もう暴力も悪ふざけも止めにして」俺は苦しい息の下から言った。
「ワシはいつだって真面目じゃ」バニーガールたちに怪我の具合をチェックさせながらオヤジは答えた。
側頭部の髪の毛をぐしゃぐしゃに乱した青タンだらけの顔で、鼻血まで流している。それでいながら厳とした表情なのだ。
ギャップがあって、これがいちばん面白い。ほんらいなら腹を抱えて笑っていたはずである。
が、今はそれどころじゃない。そんな余裕はない。ここから脱出しなければ。
「なら、現世へ戻るにはどうしたらいいんだ。教えてくれ。戻れるんだったら、何でもする。ウンコ膿カレーを百杯食ったっていい」
「何でもするじゃとう」オヤジの目がきらりと光った。
嫌な予感がした。
「何でも、ってのは言い過ぎた。たいがいのことはする」俺は急いで訂正した。
このオヤジのことである。何を言い出すか分からない。物理的にも精神的にも不可能な交換条件を持ち出しかねない。非常識な奴なのだ。
オヤジは言う。
「バニーたちとの勝負に勝てば、元の世界へ戻してやってもいい」
「勝負、だってぇ」