第五十二話 焼肉
こちらで第四章終了です
ゴゴゴゴゴゴ――。
圧倒的な質量を持つ巨大な石扉が、微かな振動とともに左右へ開いていく。
その隙間から、凍てつくような冷気が一気に吹き出し、俺たちの頬を鋭く撫でた。
二十九階層まで漂っていた生ぬるい空気とは、明らかに違う。
「……広いっすね」
ルカが息を漏らす。
三十階層。
目の前に広がっていたのは、巨大な円形闘技場だった。
真っ白な石材で組み上げられた床には巨大な紋章が刻まれ、その溝を淡い青色の光が脈打つように流れている。
高い天井からは、無数の巨大な氷柱。
そして――闘技場の中央。
身の丈ほどもある巨大な大剣が、深々と床へ突き刺さっていた。
その前に、片膝をつく一体の騎士。
身の丈は三メートル近い。
全身を白銀の鎧で覆い、素顔すら兜の奥に隠されている。
さらに背後には四枚。
人の体ほどもある巨大な盾が、重力を無視するように宙へ浮かんでいた。
俺たち全員が警戒しながら部屋へ入る。
最後尾のレオが境界を越えた瞬間――。
ドンッ!
背後の扉が激しく閉ざされた。
同時に。
ギギギギギ……。
冷えた金属同士が擦れ合う不快な音。
白銀の騎士が、ゆっくりと立ち上がる。
右手を伸ばし、床に刺さっていた巨大な剣を――
片手で引き抜いた。
ズズズズ……。
剣先が床を撫でただけで、白い石材に深い亀裂が走る。
俺の視界に青い文字が浮かんだ。
【階層守護者】
【ホワイト・センチネル】
【最終階層――30F】
「……ここが最後か」
神代が眼鏡の奥から表示を見つめる。
「そのようですね」
ルカが二本の短剣を握り直した。
「じゃあ、こいつ倒せばホワイトゲート攻略っすね?」
「多分な」
隣で透が剣を肩へ担ぐ。
「なんか久しぶりだな」
「何が?」
「ああいうの」
透がセンチネルを顎で示す。
「余計なこと考えなくていいボス戦」
少しだけ笑った。
確かにそうだ。
防衛機構。
復元個体。
闇に浮かぶ巨大な赤眼。
意味不明なシステムログ。
そんなものじゃない。
目の前に敵がいて。
弱点を探して。
仲間と一緒に倒す。
ただそれだけ。
「よし」
短剣を引き抜く。
「攻略しよう」
◇◇◇
最初に飛び出したのは迅だった。
「俺が受ける!」
《身体強化》。
青白い魔力が全身を包む。
同時にセンチネルが踏み込んだ。
速い。
三メートル近い巨体からは想像できない加速。
巨大な刃が頭上から振り下ろされる。
「迅!」
ガァァァァン!!
大剣と大剣が真っ向から衝突した。
衝撃波が闘技場を駆け抜け、床を覆う薄い氷雪が舞い上がる。
「ぐっ……!」
迅の足が一メートル、二メートル、三メートルと後方へ滑った。
それでも――止めた。
「重てぇな……!」
「しえる!」
「はい!」
《ストーンウォール》。
ゴゴゴゴゴッ!!
センチネルの背後から巨大な石壁がせり上がり、退路を塞ぐ。
「ルカ、レン!」
「はいっす!」
「任せたまえ!」
二人が左右へ走る。
右からルカ。
《クイック・シフト》。
左からレン。
《プリンス・ステップ》。
二人が同時に死角へ潜り込んだ、その瞬間。
ギュンッ!
浮いていた盾が動いた。
一枚がルカの前へ。
ガキィン!
短剣が弾かれる。
「ならばこちらから――」
レンの前にも二枚目。
ガァン!
細剣の刺突が阻まれた。
三枚目が迅。
四枚目は後方のしえる。
四枚の盾が、それぞれ独立して動いている。
「自動防御……?」
神代が眉をひそめる。
「いや」
俺は盾の動きを凝視した。
ルカが右へ動くより先に、盾が右へ。
レンが回り込むより先に、その進路を塞ぐ。
追いかけているんじゃない。
先にいる。
「予測してる」
神代が振り返った。
「あの盾が?」
「多分」
視線や踏み込みから、次の攻撃位置を先読みしている。
特にレンとは相性が悪い。
《プリンス・ステップ》は速い。
だけど軌道があまりにも綺麗だ。
綺麗すぎるからこそ、読まれる。
ルカも同じ。
これまでの《クイック・シフト》なら、急激な方向転換は一度。
そこさえ見切られれば着地点を読まれる。
だけど。
今のルカには、もう一つある。
「ルカ!」
「はいっす!」
「新しいやつ、使えるか?」
ルカの瞳が輝いた。
「使っていいんすか!?」
「一回だけです」
即座に神代が釘を刺した。
「やった!」
「喜ばない」
「はいっす!」
返事の元気良さだけは一流だ。
「レンも手伝ってくれ」
「もちろんだ。僕の美しい加速がようやく――」
「囮だ」
「……何?」
「外周を走り回って、盾を最低一枚引きつけてくれ」
沈黙。
「この僕が……囮?」
「一番目立つからな」
「……やろう!」
透が吹き出した。
「お前、あいつの扱い方分かってきたな」
「あいつは単純で分かりやすいんだよ」
「そこの二人、バッチリ聞こえているぞ!」
聞こえるように言ってやったんだ。
◇◇◇
「迅! あと十秒、持ちこたえてください!」
「十秒どころか百秒でもまとめて来いやぁ!」
ガァァン!!
センチネルの大剣を受け止め、迅の足元が砕ける。
「ぐっ……!」
おそらく百秒は無理だろう。
「レン!」
「任せたまえ!」
《プリンス・ステップ》。
レンが華麗に外周を駆ける。
一枚の盾がその進路を塞ぐようについていく。
反対方向から――。
「ルカ!」
「はいっす!」
赤い残像。
二人が逆方向から猛スピードで接近する。
十メートル。
五メートル。
三メートル。
「今だ!」
二人がすれ違う、その瞬間。
ルカが踏み込む。
《ダブル・シフト》。
一回目。
身体が鋭角に内側へ折れる。
盾が即座に反応し、進路を塞いだ。
二メートル。
一メートル。
「まだだ!」
極限まで引きつける。
そして。
「――ここっす!」
二回目。
シュンッ!
ルカの身体が逆側へ跳ね飛んだ。
先読みした盾だけが、誰もいない空間を通り過ぎていく。
センチネルの側面。
完全にガラ空き。
「うおっ!」
透が声を上げる。
ルカ自身も死線の中でニッと笑った。
「もらったっす!」
交差する二本の短剣。
狙うのは鎧の脇下にある細い隙間。
ザシュッ!!
青白い光の粒子が噴き出した。
センチネルの巨体が揺れる。
直後。
巨大な剣がルカの首へ振るわれた。
「ルカ!」
加速の反動で間に合わない。
だが。
一人だけ。
間に合わせる奴がいた。
「借りを返そう!」
レン。
《プリンス・ステップ》。
ガキィィン!!
細剣がセンチネルの手首を正確に叩く。
軌道が数センチずれた。
ブォン!!
巨大な刃がルカの赤い髪をかすめる。
「レンさん!」
「ふっ、礼には及ばない!」
「まだ借りてなんてないっす!」
「相変わらず細かいな君は!」
二人が左右へ離れる。
だけど。
俺は今の連携を見逃さなかった。
ルカはレンが来ることを確認していない。
レンも声を掛けていない。
それでも完璧に噛み合った。
戦いの中で。
二人が互いの速度を理解し始めている。
「もう一回いける」
神代が頷く。
「ええ」
今度は誰も指示を出さなかった。
レンが疾風となって走る。
ルカも真逆の方向へ。
二人が交差する直前。
レンが一瞬だけ速度を落とす。
ルカが弾丸のように前へ。
二枚の盾がルカへ集中した。
「今っす!」
レンが再加速。
《プリンス・ステップ》。
防御の薄くなった反対側へ潜り込む。
「見えた!」
狙うのは右膝裏。
ガキィン!
装甲に亀裂。
センチネルがレンへ向き直ろうとする。
しかし背後には。
すでにルカ。
「遅いっす!」
ザンッ!
まったく同じ傷口。
バキッ!
白銀の装甲が砕けた。
「迅!」
「待ってたぜぇ!」
センチネルの右膝が落ちる。
迅が大剣を両手で握り直した。
青白い魔力が爆発的に膨れ上がる。
だが、四枚の盾が一斉に戻ってくる。
「透!」
「何だ!」
「邪魔だ!」
「指示が雑すぎるだろ!」
文句を言いながらも、透はもう走っていた。
《バリアブルアタック》。
片手剣が一瞬で巨大な大剣へ変わる。
「どけぇぇぇ!!」
ドガァァァン!!
二枚の重盾をまとめて弾き飛ばした。
「今だ!」
ズドォォォォン!!
迅の大剣が胸甲へ叩き込まれる。
装甲が大きく凹んだ。
それでも倒れない。
「硬ぇ……!」
「もう一発だ!」
俺も走った。
胸甲の亀裂へ短剣を差し込む。
ガキッ。
浅い。
でも、隙間はできた。
「透!」
「今度は何だ!」
「細く!」
「はいはい分かったよ!」
《バリアブルアタック》。
巨大な剣が一気に収縮。
細く。
長く。
巨大な槍へ。
俺がこじ開けた隙間へ、その切っ先が滑り込む。
「硬い!」
「押せ!」
「さっきから語彙力が少ねぇんだよ!」
「通じてるだろ!」
「通じてるのが腹立つ!」
俺も柄へ手を添える。
二人同時。
限界の《身体強化》。
「おおおおおっ!!」
バキィィン!!
胸甲が完全に割れた。
内部から現れたのは、青白く光る核。
「ルカ! レン!」
もう神代が叫ぶ必要すらなかった。
右から赤い疾風。
左から金色の閃光。
センチネルが残った盾を動かす。
一枚がルカ。
一枚がレン。
だが。
もう遅い。
ルカが直前で進路を折り、自分を狙う盾の焦点をずらす。
その死角をレンが突き抜ける。
レンを追った盾が今度はルカ側へ寄る。
その隙にルカが逆側へ滑り込んだ。
一人が道を作り。
もう一人が使う。
そして最後。
二人同時に飛び上がる。
「行くっすよ!」
「言われなくても!」
短剣と細剣。
二つの刃が、剥き出しの核へ突き刺さった。
パキィィィィン――!!
青い核が砕け散る。
センチネルの動きが止まった。
巨大な剣が床へ落ちる。
ガランッ……。
続いて三メートルの巨体が、ゆっくりと後方へ倒れた。
ズズゥゥゥン……。
数秒後。
視界いっぱいに文字が浮かぶ。
【30F階層守護者を討伐しました】
【ホワイトゲート最深部を攻略しました】
【攻略完了】
「…………」
誰もすぐには声を出さなかった。
「……終わったの?」
しえるが小さく訊ねる。
「終わったみたいっす」
ルカがもう一度表示を確認する。
「ホワイトゲート……」
両腕を突き上げた。
「攻略したっすーーー!!」
「うるせぇよ!」
迅が頭を押さえながらも笑っている。
レンは乱れた髪を整えた。
「まあ、僕がいれば当然の結果だな」
「レンさんめっちゃ息切れてるっすよ」
「これは……戦いの崇高な余韻だ!」
「ぜぇぜぇ言ってるっす」
「余韻と言ったら余韻なんだ!」
神代まで珍しく笑っていた。
俺も、その光景を見渡す。
ルカ。
レン。
迅。
しえる。
神代。
レオ。
そして。
隣には透がいる。
当たり前のように剣を持ち。
肩で息をしながら笑っている。
「浩介」
「ん?」
透が拳を差し出した。
「攻略したな」
俺も拳を出す。
コツン。
「したな」
その瞬間。
闘技場の中央から白い光の柱が立ち上がった。
【攻略者転送ゲート】
【地上へ帰還できます】
透が眺める。
「便利だな」
「普通のダンジョンって素晴らしいな」
「心からそう思うよ」
今日はもう。
それだけで十分だった。
◇◇◇
地上へ戻った瞬間。
「腹減ったっす!!」
最初に聞こえたのは、ルカの絶叫だった。
夕暮れ時。
何時間も白と青の世界にいたせいか、橙色の空も、街の明かりも、車の音さえ妙に鮮やかだった。
「私もう限界っす。お肉食べたいっす」
「俺も肉だ」
迅が即答。
レンが髪を整える。
「僕は品格のある洗練された店を希望する」
「ラーメン」
透。
「ラーメン」
俺。
「やっぱり肉っす!」
ルカ。
「わ、私は皆さんが良いなら何でも……」
しえる。
「多数決にしましょうか」
神代。
「俺は帰る」
レオ。
全員が振り返った。
「「「「駄目」」」」
レオの足が止まる。
「何でだ」
透が肩を組もうとする。
レオは素早く回避した。
「せっかく攻略したんだから、飯くらい一緒に行こうぜ」
「必要ない」
「大ありだ」
「何故だ」
透が腕を組む。
「ノリ」
「意味が分からない」
「大丈夫だ。そのうち分かるようになる」
「多分分からなくても生きていけるっすけどね」
「ルカ、それ言ったら終わりだ」
結局。
数十分後。
俺たちは駅前の焼肉屋にいた。
◇◇◇
焼肉は**「攻略祝い+透が戻ってきた祝い」**を強くして、最後は謎をかなり絞って**「今夜は透との時間を選ぶ」**方向にしました。
◇◇◇
ジュウウウウウッ!!
熱々の網の上で、分厚い肉が音を立てて焼けていく。
漂う香ばしい煙。
食欲をそそる匂い。
「かんぱーいっす!」
ルカが烏龍茶のグラスを高く掲げた。
「ホワイトゲート攻略と!」
一度言葉を切り。
「透さん復活を祝って!」
「待て」
透が即座に止めた。
「なんで俺の復活祝いが焼肉なんだよ」
「めでたいからっす!」
「しかも俺、さっき聞いたんだけど」
透が伝票を指差した。
「なんで俺のおごりになってんの?」
「復活祝いっす」
「祝われる側が払うの!?」
迅がカルビを網へ放り込みながら笑う。
「生還記念だ。景気よくいけ」
「お前ら人の財布だからって好き勝手言いやがって!」
レンが髪をかき上げる。
「安心したまえ。僕は高価なものを注文するつもりはない」
透が少しだけ安心した顔をする。
「お前……意外と良い奴だな」
「特上のみで十分だ」
「一番高ぇよ!」
ドッと笑いが起きた。
俺も笑う。
本当に。
透がいる。
当たり前みたいにそこに座って。
文句を言って。
みんなにいじられている。
少し前までは、もう二度と見られないと思っていた光景だった。
「あ! それ私のっす!」
「肉に名前でも書いてあったのか?」
迅がカルビをトングで掠め取る。
「三十秒も丹精込めて育てたっす!」
「肉に育成概念を持ち込むな」
「返してくださいっす!」
「もう口の中だ」
「迅さぁぁぁん!」
その隣。
レンはトングを握ったまま、異様なほど真剣な顔で一枚の肉を見つめていた。
「まだだ……」
「何が?」
俺が聞く。
「この肉には、最も美しく完成する瞬間というものがある」
「焼肉だぞ」
「焼肉だからこそだ」
レンの表情が鋭くなる。
「あと三秒……二秒……」
透が横からひょいと取った。
「いただき」
「――ああああああっ!!」
店内に悲痛な絶叫が響き渡った。
「僕の至高の肉が!!」
「油断した方が悪い」
「返せ!」
「もう腹の中」
「野蛮人しかいないのか、この席は!」
ルカが首を傾げる。
「さっき三メートルの騎士と斬り合ってた人の台詞じゃないっすね」
「戦闘と焼肉は別だ!」
「どっちが大事なんすか?」
「焼肉だ!」
「即答したぞこいつ」
迅が呆れた。
しえるは口元を押さえながら楽しそうに笑っている。
神代だけはいつも通り。
烏龍茶を飲みながら、静かに肉を裏返していた。
「神代さん、焼肉でも冷静っすね」
「肉を焼くだけですから」
「さっきから全部ちょうどいい焼き加減っす」
「時間を計っています」
「焼肉まで指揮官っす……」
そして。
テーブルの端。
レオだけは無言で座っていた。
「レオ」
透が声をかける。
「何だ」
「肉食わないのか?」
「必要ない」
「食えるのか?」
「食える」
「じゃあ食えよ」
透が焼けた肉を一枚、レオの皿へ置いた。
レオが肉を見る。
透を見る。
また肉を見る。
数秒。
「……何だよ」
「いや」
レオは肉を見たまま言う。
「なぜ俺に食わせたがる」
「ノリ」
「またそれか」
「成長したじゃん。覚えてる」
「理解はしていない」
「十分十分」
レオは少しだけ黙ったあと。
肉を口へ運んだ。
ルカが身を乗り出す。
「どうっすか?」
レオは静かに咀嚼する。
そして。
「……肉だな」
「知ってるっす!!」
透が吹き出した。
「感想そこ!?」
「他に何がある」
「柔らかいとか、美味いとか!」
レオがもう一度肉を見る。
「……柔らかい肉だ」
「一個増えたっす!」
また笑いが起きる。
俺も声を上げて笑った。
こんなに穏やかで。
こんなにくだらない時間。
透が死んでから。
もう二度と戻らないと思っていた。
もちろん。
全部が昔と同じになったわけじゃない。
起きたことが消えるわけでもない。
だけど。
透はここにいる。
みんなもいる。
それで今は十分だった。
「浩介」
「ん?」
透が俺の網を指差した。
「お前の肉、死んでるぞ」
「え?」
見る。
真っ黒だった。
「うわ!」
ルカが身を乗り出す。
「それもうモンスターのドロップ素材っす!」
「まだ食えるだろ」
迅が言う。
「じゃあ食ってくれ」
「なんで俺が食うんだよ」
「さっきルカの肉盗っただろ」
「それとこれとは別だ」
ルカが真顔で頷く。
「責任取ってくださいっす」
「なんの責任だよ!」
レンが焦げた肉を覗き込む。
「……美しくない」
「お前は黙ってろ!」
透が笑う。
しえるも笑う。
神代まで肩を揺らしている。
レオだけが焦げた肉をじっと見たあと。
「それは肉なのか?」
「お前まで参加してくるな!」
また笑いが起きた。
気づけば。
俺は腹が痛くなるほど笑っていた。
◇◇◇
店を出た頃には。
街はすっかり夜になっていた。
「食った食ったっすー!」
ルカが満足そうに伸びをする。
「もう一歩も動けないっす」
迅が笑う。
「十分後には走ってそうだな」
「それはそれっす」
レンはまだ納得していなかった。
「僕の肉を四枚」
「まだ言ってんのかよ」
透が呆れる。
「四枚だぞ!」
「じゃあ今度返すよ」
「本当か?」
「焼く前のやつを」
「それはただの注文だ!」
騒がしい。
本当に騒がしい。
でも。
悪くない。
神代がパンと手を叩く。
「今日はこれで解散にしましょう。攻略報告は明日、改めて行います」
「了解っす!」
一人、また一人と帰路につく。
透はすぐにルカたちに捕まった。
「透さんって死んでる間、何してたんすか?」
「お前それ本人に聞く!?」
「寝てたんすか?」
「知らねぇよ!」
「夢とか見なかったんすか?」
「だから知らねぇって!」
「お腹空かなかったんすか?」
「質問が急に軽いんだよ!」
遠くから笑い声が聞こえる。
俺もそちらへ向かおうとして。
ふと。
一人で離れていくレオに気づいた。
「レオ」
足が止まる。
「何だ」
俺は少しだけ迷ってから聞いた。
「今日の、あの目」
レオは黙っている。
「また来るのか?」
少しの沈黙。
「来る」
やっぱりか。
「俺を狙って?」
「……今日、お前は向こう側に認識された」
「何として?」
レオがこちらを見る。
「所有者としてだ」
胸の奥がわずかに冷えた。
【所有者照合――佐川浩介】
あの文字が頭をよぎる。
「それって――」
「今は知らなくていい」
「またそれかよ」
レオは一瞬。
透たちの方を見る。
「大久保透が戻ったことで、予定は狂った」
「誰の予定だ?」
レオは答えなかった。
そのまま背を向ける。
「おい!」
「浩介ー!」
同時に。
後ろから透の声が飛んできた。
振り返る。
「何やってんだよ! 置いてくぞ!」
「今行く!」
もう一度レオを見る。
その背中は、夜の暗がりへ消えかけていた。
所有者。
向こう側。
狂った予定。
気になる。
ものすごく気になる。
けど。
「浩介! 早くしろよ!」
また透の声。
「分かったって!」
俺はレオに背を向けた。
どうせ。
あいつは今聞いても教えない。
だったら。
今日はもういい。
ホワイトゲートを攻略した。
みんな無事だった。
そして何より。
透が戻ってきた。
「お前ら何話してたんだ?」
追いつくと、透が聞いてくる。
「別に」
「怪しいな」
「それよりお前」
「何だよ」
「本当に今日のおごり?」
「違うわ!!」
「透さん、ごちそうさまでしたっす!」
「まだ払ってねぇよ!」
「逃げるっすか!?」
「復活したその日に食い逃げ犯にするな!」
みんなが笑う。
俺も笑った。
謎なら。
明日からまた追えばいい。
今夜くらいは。
戻ってきた親友と。
もう少しだけ。
くだらない話をしていたい。




