七夕の放火魔
灰田泰介は、年に一度、放火魔になる。
始めは小学生の頃だった。
時期は6月下旬。
街は七夕ムード一色で、あちこちに、
願いが書かれた短冊が吊るされた、笹飾りが飾られていた。
短冊は赤黄緑と鮮やかで、見ているだけで美しかった。
その時、短冊の傍でタバコを吸っていた男がいた。
するとその男の持ってるタバコの火が、笹飾りに燃え移り、
笹飾りはあっという間に火に包まれた。
「ボヤだ!」
「火を消せ」
大人たちは大慌て、子供たちは怖がっていた。
しかし、泰介だけは違った。
泰介は、燃える笹飾りを見てきれいだなと思った。
「きれいなものにめぐりあえますように。」
奇しくも泰介が短冊に書いた願いは、短冊が燃え尽きることで叶ったのだった。
願い事を書いて短冊を吊るした笹飾りを燃やすと願いが叶う。
そんな伝承が発生した瞬間だった。
それから泰介は、七夕の季節になると、
マッチやライターを盗んだりして、笹飾りに火を点けた。
やはり笹飾りが燃える姿は美しかった。
その上、短冊を燃やせば願いが叶うのだから、一石二鳥。
だが大人たちは笹飾りが燃えることにたいそう慌てていた。
「どうして笹飾りに火が点いたんだ?」
「どうして大人たちは笹飾りが燃えるのを止めるんだ?」
泰介には大人たちの考えていることが理解できなかった。
大人たちは笹飾りが燃えるのは放火ではないかと疑い始めていた。
「火の気もない。誰も見ていない。放火しかありえないだろう。」
泰介は街の商店街の監視カメラの場所を知っていたので、
顔を見られずに笹飾りに放火をすることができた。
時には火のついた長い木の枝を使ったりして、監視カメラの目を欺いた。
そのため、大人たちは、これが放火なのかもう一つ確証が持てなかった。
燃えるのは笹飾りだけ。しかも七夕の時期だけ。
そんな制限があったものだから、大人たちも放火と決めつけたり、
犯人を積極的に探し出そうとはしなかった。
そうして泰介が引き起こす笹飾りの放火は、半ば放置された。
泰介が中学生へ上がる頃。
七夕の笹飾りへの放火はまだ続いていた。
ある時、ある笹飾りに火を点けたところ、笹が作り物だったようで、
思ったよりも大きく燃え上がった。
「また火事だ!」
「バケツ持って来い!」
大人たちは大騒ぎで火を消そうとしていた。
その時、近くにいた幼い女の子が、両親に抱きしめられた。
「恐ろしい。咲、危ないから、近寄っちゃだめだよ。」
すると女の子は、怖がるどころか、にっこり微笑んで言った。
「咲、全然怖くないよ。
だってパパとママがいるもん。
咲、七夕の短冊に、
もっとパパとママが仲良くしてくれますように。
って書いたの。
短冊は燃えちゃったけど、願い事は叶ったね。」
泰介は人に見られぬよう、顔を隠した。満身の笑顔だった。
だって、自分が笹飾りを燃やしたことで、子供が喜んでくれたから。
もっと続けよう。今度はもっと上手くやろう。人のしあわせのために。
泰介は固く誓った。
泰介が高校生になっても、七夕の笹飾りへの放火はまだ続いていた。
一時は放火のコツがよくわからず、
危うく近くの家に火が燃え移ってしまうところだった。
日本では第一発見者は第一容疑者。
泰介は表立って危機を人に知らせるわけにもいかず、
「火事だ!」
と、顔を出さずに大声で叫んで人を呼ぶことくらいしか出来なかった。
泰介がやっていることは放火だが、泰介に悪意はないのだ。
泰介はただ、七夕の短冊が燃え上がる美しい姿が見たかった。
燃える短冊に書かれた願い事を叶えてあげたかった。
泰介の放火は、悪意どころかむしろ善意だった。
しかし、泰介は自分の善意が他人に歓迎されないことは理解していたので、
姿を隠すことを怠りはしなかった。
そうして七夕の放火は犯人が捕まることもなく、細々と続けられていた。
泰介は今や立派な放火魔となり、放火のコツも掴んでいた。
七夕で人が大勢いる中でも、
人に見つからずに笹飾りに放火することもできるようになっていた。
この頃になると、泰介が笹飾りに放火をするのは、
一種の恒例行事のようになっていた。
短冊が燃えると願いが叶う、そんな民話までできようとしていた。
そうなった理由としてはやはり、放火が七夕の笹飾りだけだった事が大きい。
本来なら放火は小さくとも大きくなる危険があるので、
原因を調べなければならない。
しかし泰介の放火は、七夕のせいぜい2週間も過ぎれば収まってしまう。
しかも火を点けられるのは七夕の笹飾りだけ。
笹飾りは大勢が触るし、七夕が終われば撤去されてしまう。
そうすると手がかりも失せて、捜査が難しくなる。
他に被害が及んだこともない。
だから大人たちは、泰介の放火をあまり重要視せず、
せいぜい、突然起こる花火か人魂程度にしか考えていなかった。
だから、大人たちは知らなかった。
泰介も忘れていた。
七夕の笹飾りの放火には、もう一つの重大な影響があることを。
その日、泰介はいつものように、笹飾りを物色して周っていた。
時刻は夕方。もうすぐ夜の闇が近付いていた。
しかし七夕のようなお祭りは、子供たちに夜の自由を与えてくれる。
子供たちは楽しそうに短冊に願い事を書いては、笹飾りに吊るしていた。
「おい!あっちの笹飾りから火が出たぞ!」
「消火バケツがあるから大丈夫だろう。代わりの笹飾りも用意済みだ。」
もう泰介の放火は恒例行事から当たり前のものになっていて、
子供たちも火に驚くこともなく、大人たちは粛々と消火と後始末をしていた。
消しても消しても次の笹飾りが燃える。
誰もがもう放火を気にすること無く、七夕を楽しんでいた。
そんな時に、異変は唐突にやってきた。
今まさに燃えている笹飾りの火を消そうとしていた人たちが、
突然、苦しみだして倒れた。
すると周囲にいた大人も子供も、みんな倒れだした。
中には白目を剥いて泡を吹いている者もいる。
ただ事ではない。有毒ガスか?
遠巻きに大人たちがそんな事を言っている。
倒れている人の中には、笹飾りに火を点けた泰介も含まれていた。
泰介は突然胸が苦しくなって倒れ込んだ。
体がうまく動かない。それは周囲の人たちも同じようだ。
何故だ?この笹飾りは作り物ではないし、短冊も折り紙。
火を点けても有毒ガスが出るようなものではない。
それどころか、笹飾りが生乾きだったようで、
放火した火は途中で消えようとしている。
その時、泰介の目に、燃えかけの短冊が見えた。
その短冊はところどころ焦げて、文字が消えてしまっている。
短冊の残った文字を組み合わせると、こう読める。
「みんなし に ますように。」
みんなしにますように。
みんな死にますように。
「この短冊の願いが原因か!」
泰介は苦しみに胸を掻きむしりながら、短冊を睨みつけた。
おそらく、あの短冊は元々、こう書かれていたのだろう。
「みんなしあわせになりますように。」
これが火が点いて焦げたり穴が空いたりしたことで、
「みんなし に ますように。」
となってしまい、火が途中で消えて願いが叶い始めたのだろう。
泰介は脂汗を流しながら周囲を見た。
近くでは何人もの人が倒れている。
遠くでは大人たちがいるが、原因が有毒ガスかもしれず、近付けずにいる。
このままでは、七夕の短冊の願い通り、人がたくさん死んでしまう。
自分だけならまだしも、他の人は巻き込みたくはない。
瀕死の身体で泰介は懸命に考えた。
焼け焦げた七夕の短冊により、間違った願いが叶えられようとしている。
泰介は対策を必死に考えた。
遠くに待機している大人たちが来るのは、まだ時間がかかるだろう。
それに今倒れている人たちは、七夕の短冊の願いで倒れたのだ。
どんな病気でもないのかもしれない。治療は絶望的だ。
ではどうすれば、七夕の短冊の願いを無かったことにできるだろう?
笹飾りは今、倒れている泰介の足先にある。ギリギリ届くところだ。
「くそっ、手の側だったら笹飾りを破り捨てるのに!」
しかし足側、しかも靴を履いた足では、そんな細かな作業はできない。
重い手を動かしてポケットを弄ると、放火に使ったライターが出てきた。
「そうだ。ライターであの笹飾りを燃やしてしまおう。
燃え尽きれば、間違った短冊も正しい内容に戻るはず。」
そうは思うのだが、火元のライターは手元。燃やす笹飾りは足先。
どうやってもライターが届かない。
ライターが届かなければどうする?
泰介は必死に考えた。このままでは多数の人が死ぬ。
ライターを足で点ける?無理だ。届かない。
ライターを手から足に移す方法は?
考え抜いた泰介は、ある解にたどり着いた。
「これしか・・・ないのか?」
泰介がたどり着いた解は、泰介に過酷なものだった。
「でも、これしか、ない!」
泰介は何を思ったのか、自分の着ている衣服にライターで火を点け始めた。
火は衣服に燃え移り、泰介の全身にじっくりと広がっていく。
これでいい。ライターを運べないなら、ライターの火を運べばいい。
泰介はもう意識も絶え絶えで、熱さも痛いとしか感じられない。
自分の目の前が火に染まり、片目がプチュッと焦げて潰れた。
でも泰介は受け入れなければならない。
自分が犯した罪なのだから。
炎に炙られた身体が焦げて異臭を放っている。
しかし火は消えず、上着からズボンへと燃え移った。
「いいぞ。もう少し・・・もう少し・・・」
もう泰介の意識には苦しみしかなかった。
残った片目で炎の行き先を見届ける。
ズボンから靴へ、中々燃え移らない。
くそっ、早く・・・!もう少し・・・!・・・よし!
動けず地面に倒れた泰介の靴に、ライターの火が燃え移った。
その上には燃え残りの笹飾りが、ゆらゆらと揺れている。
か細い炎に炙られて、笹飾りに再び火が灯った。
笹飾りの燃え残った部分に火が燃え移り、その炎は上へ上へ。
笹の葉が燃え、その炎が焼け焦げた短冊に燃え移った。
やがて笹飾りは全体が炎に包まれた。
短冊の燃え残りが焼け落ちては灰になって消えていく。
すると、倒れていた人たちが息を吹き返した。
「ゲホッ!ゴホッ!今のは何だったんだ?」
「私たち、助かったの?」
地面に倒れていた人たちが次々に起き上がる。
しかし、一人だけは起き上がらない。
「わっ!なんだこれ!」
「焼死体じゃない?なんでこんなところに?」
周囲の人たちは、こんなところに焼死体がある理由もわからず、
ただオロオロと慌てるだけだった。
治療をしようとしたところで、もう手遅れなのは明らかだから。
元は泰介のいたずらが引き起こしたこと。
しかし泰介は自分のいたずらで人が不幸になるのを由とせず、
自分の身を持っていたずらの後始末をした。その結果だった。
決して褒められることもない。感謝されることもない。
それがいたずらの代償。
無邪気ないたずらの恐ろしさを、泰介は死ぬ間際の最期に実感していた。
終わり。
もうすぐ七夕。
笹飾りを見ていて、放火されないのかな、と思って、この話を思いつきました。
いたずらは無邪気なものでも重大な結果を引き起こすことがあります。
火遊びなどはその代表例でしょう。
火遊びが公的に認められるのは花火だけ。
どうせ火をつけるなら、笹飾りより花火のほうが綺麗でしょう。
作中で泰介は、自分の起こした放火の結果、
短冊の願い事が間違って叶えられるのを防ぐため、
自分の体を導火線にするという、決死の行動に出ました。
でもその甲斐あって、泰介の命がけの願いは叶いました。
いたずらの代償としては大きすぎる結果でした。
お読み頂きありがとうございました。




