正体を隠す魔女の仕事
ナザール大陸の南に位置する街――ハリー。
冒険者が集うその街の宿に、一人の魔術師、ティア・マーブランドが宿泊していた。
「おいティア。起きろ。もう朝だぞ」
いつまでもベッドから起きようとしないティアを起こそうとしているのは、黒猫のクロだ。
肉球でぺちぺちと顔を叩く。
「うん? なんだクロか。あともう少し……」
ティアは十六という若さながら高い魔力を持ち、高度な魔術も自在に操る。
その実力は、もはや並の魔術師の域を超えていた。
魔術を極めた者は、男性なら魔導士、女性なら魔女と呼ばれる。
その域に達する者は、ほんの一握りだ。
若くして魔女となった彼女は、まさに天才だった。
「おい。あともう少しじゃないだろ。起きろって!」
叩いたり飛び跳ねたりしながら必死に起こしているクロは、ティアの使い魔だ。
魔女になるためには、使い魔との契約が絶対条件となる。
契約を結べば、使い魔と会話もできる。
クロの言葉が分かるのも、そのためだった。
「こうなったら――」
クロがそう言うと、全身が白く光り出し、徐々に体が人の形へと変わっていく。
使い魔の中でも一部だけが扱える、人化と呼ばれる能力だ。
「おりゃ!」
ティアがくるまっていた布団を、クロは勢いよくはぎ取った。
「きゃっ!」
突然のことで、ティアは思わず変な声を上げる。
「おはよう、ティア。目、覚めたかい?」
はぎ取った布団を抱えながら、清々しい笑顔で挨拶するクロ。
その表情を見たティアはようやく状況を理解したのか、むっと頬を膨らませた。
「ちょっと! 起こすときは普通に起こしてよ!」
「普通に起こしたのに、起きなかったのはティアだろ」
クロは布団をベッドの上に戻した。
使い魔とはいえ、まだ幼さの残るティアの身の回りをきっちり支えているのは、いつも彼の方だった。
「またそんなだらしない格好で寝て……」
下着姿のまま布団に入り込んでいたティアを見て、クロは呆れたようにため息をつく。
「もういい年なんだから、少しは身の回りに気を使いなよ」
そう言うと、壁にかかっていた服を取り、ティアめがけて放り投げた。
「別に、ここにいるのはクロだけだし問題ないでしょ?」
「そういう問題じゃなくてだな――。もういいや、とりあえずそのボサボサの頭を何とかしておいで」
愚痴をこぼしながら服を着るティアに、クロは思わず頭を抱える。
まるで使い魔と主の関係には見えない光景だった。
ティアは洗面へ向かうと、乱れた金髪を整えはじめる。
「よし。これでいいかな」
鏡で最終確認をすると、クロのもとへ戻った。
「それじゃ、依頼を受けに商人ギルドへ行くよ」
魔術だけでなく、錬金術すら扱える異質な魔女――それがティアだ。
その才能を喉から手が出るほど欲しがる者も、きっと現れるだろう。
だからこそ、師であるマーガレットからは何度も念を押されている。
――この力は、決して他人に知られてはならない、と。
そのため、表向きは魔女でも錬金術師でもなく、ただの魔術師ティアとして名乗っている。
そしてクロもまた、使い魔であることを隠し、人の姿で錬金術師を装っていた。
宿を出ると、そのまま朝食を取りに食堂へ向かった。
錬金術師を名乗るクロは、人の姿のままだ。
「仕事の前にはまず、ちゃんと食事をとらないとね」
嬉しそうに店へ入ると――。
「いらっしゃいませ。二名様ですね」
若い女性の店員が応対し、二人はテーブル席へ案内された。
クロは使い魔で食事を必要としないため、注文するのはティアだけだ。
ほどなくして料理が運ばれてくる。
ティアが頼んだのは軽めのサンドイッチだった。
「しかし、幸せそうに食べるなあ」
「うん。幸せだよ」
美味しそうに頬張る姿を、クロは眺めていた。
「美味しかった」
小柄な体でサンドイッチをぺろりと平らげ、満足そうに息をつく。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
会計を済ませて店を出ると、二人は商人ギルドへ向かった。
商人ギルドは、この街の流通を担う組織だ。
不足している物資や必要とされる品を買い取り、各所へ回している。
かつては個人同士で直接売買していたらしいが、トラブルが絶えず、仲介役としてギルドが設立されたという。
石造りの巨大な建物の扉を押し開け、中へ足を踏み入れる。
奥にはカウンターと受付嬢の姿が見える。
依頼がないか確かめるため、ティアは一直線に受付へ向かった。
「こんにちはジェーンさん」
「あら、ティアちゃんじゃない」
対応してくれたのは、受付嬢のジェーンだ。
ティアがこの街に来た頃から担当してくれている人物で、今ではすっかり顔なじみである。
「今って何か依頼はありますか?」
「そうね……」
ジェーンは視線を落とし、依頼書を確認する。
「いつも通り、ポーションとマジックポーションの依頼が大量に来ているわね」
冒険者が集う街だけあって、消耗品の需要は高い。
「あとは……鉄やインゴットの依頼もあるわ。でもまた護衛として冒険者を雇わないといけないし、少し手間よね」
鉄やインゴットは武器や防具の材料になる。
新人冒険者が増えれば、それだけ武具の需要も伸びる。
原料となるハネール鉱やロダン鉱が採れる鉱山には、ゴブリンやオークが住み着くことも珍しくない。
そのため通常は冒険者を雇って採掘するのだが、ティアにとってはそこまで大きな問題ではなかった。
以前も、冒険者を雇ったことにして、二人で鉱山へ向かったことがある。
力仕事は主にクロの担当だ。
危険は伴うが、その分買い取り価格は高い。
悪くない仕事だった。
「買い取り価格は安くなっちゃうけれど、今ある依頼以外でも買い取りはしているから、無理はしないでね」
「はい。ありがとうございます」
依頼内容を確認すると、二人は商人ギルドを後にした。
「どの依頼を受けようか」
外へ出ると、ティアはクロに相談する。
依頼といっても、申請をするわけではなく品物を納品するだけだ。
ただし、必要数が集まれば依頼は締め切られ、買い取り価格も下がる。
持ち込むなら早いほうがいい。
「そりゃ、やっぱり鉄かインゴットだろ」
クロは当然といった顔で答える。
「やっぱりそうだよね。それじゃ早速、鉱山に行こう」
「おう!」
街を出ると、二人は鉱山へ向かった。
ジェーンは無理をするなと言ってくれたが、価格が下がるのはやはり惜しい。
しかも今は鉄とインゴットの依頼が出ている。
稼ぐには絶好のタイミングだった。
街を出てしばらく歩くと、鉱山の入り口にたどり着いた。
二人は入り口から中の様子をうかがう。
「ねえ、鉱石はもうできていると思う?」
「そんなの俺が知るわけないだろ。入ってみれば分かる」
「そうだね――ライトボール」
ティアが光の球体を生み出すと、二人は鉱山へ足を踏み入れた。
ハネール鉱やロダン鉱は、鉱山内に溜まった魔素を岩や石が吸収して生まれる。
昨日はただの岩だったものが、翌日には鉱石へと変わっていることもある。
だが魔素は、魔物にとっても魅力的な存在だ。
濃い魔素の漂う場所には、自然と魔物も集まりやすい。
「これも違う。これもただの岩だ」
転がる岩を手に取り、魔力の反応を探りながら少しずつ奥へ進む。
魔素を含んだ石は、わずかに魔力の気配を帯びる。
一つ一つ確かめる地道な作業だ。
「やっぱり、なかなか見つからないね」
「すぐ見つかるなら、高い依頼料なんて出ないだろ」
以前も、見つけ出すまでに随分と時間がかかった。
あのときも、ティアは同じようなことをぼやいていた。
さらに奥へ進み、右へ折れる一本道に差しかかった、そのとき――。
「止まれ」
低い声とともに、クロがティアの前へ腕を伸ばす。
「どうしたの?」
「いいから、光を弱めろ」
言われるまま、ティアはライトボールの光を最小限まで落とした。
闇が濃くなる。
「この先に何かいる」
クロの声は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
通路の陰からこっそり覗くと、不気味な声とともにいくつかの影が揺れている。
「あれ、なんだろう」
光を弱めたせいで、ティアにははっきりと見えない。
「あれはゴブリンだな」
黒猫の使い魔であるクロは、わずかな光でも周囲を見通せる。
「何匹ぐらいいる?」
「四匹だな。ティアの相手じゃない」
「分かった」
ティアは一気に飛び出し、球体の光を強めた。
通路の先には、四匹のゴブリン。
「グギャ!?」
気付いたときには遅い。
ティアの周囲に、槍の形をした雷が四本、音もなく生まれていた。
「サンダースピア」
次の瞬間、雷槍が閃く。
四匹のゴブリンは一瞬で貫かれ、その場に崩れ落ちた。
「グ……ギャ……」
やがて体は黒い霧――魔素となり、空気へ溶けていく。
残ったのは、小さな魔石だけだ。
魔物を討伐すると、心臓部にあたるコア――魔石が残る。
魔道具の素材として利用され、商人ギルドでも買い取ってもらえる。
もっとも、ゴブリンの魔石は小指ほどの大きさしかないが。
「ゴブリンぐらいだと、これぐらいの大きさか」
クロは拾い上げた魔石を、腰に着けたマジックポーチへしまった。
見た目以上に収納できる便利な品だが、無限に入るわけではない。
重量もそのままなので、詰め込みすぎれば当然重くなる。
「ねえクロ、この辺の岩から魔力を感じるよ」
「どれどれ」
ゴブリンがいた辺りの岩に手を触れたティアがそう告げると、クロも近くの岩に手を当てて確認する。
「お、本当だ。この辺にあるのはハネール鉱だな」
「それじゃ、採掘よろしくねクロ」
「結局、力仕事は俺の役目かよ」
クロはマジックポーチからつるはしを取り出した。
「こんなか弱い少女に力仕事をさせる気?」
満面の笑みでティアが言う。
「超級魔術を使いこなす魔女が何を言っているんだか」
クロがぼそりとつぶやく。
「何か言った?」
その独り言は、しっかりとティアの耳に届いていた。
「なんでも。喜んでやらせていただきます」
そう言って、クロは周囲の岩を採掘し始めた。
「なるべく大きいものを選んでね」
「分かってるよ」
掘り出された岩は次々とティアの足元に集められていく。
大きさも形もさまざまだ。
しばらくして、大量のハネール鉱が揃った。
「これだけ集まれば十分かな」
「そうだね。それじゃここで錬金しちゃうから、周囲の警戒お願いね」
「分かってるって」
ティアはハネール鉱を囲むように、白く光る魔方陣を地面へ展開した。
陣の中のハネール鉱は淡く光り、やがて少しずつ鉄へと変わっていく。
すべてが鉄へ変わると、魔方陣は静かにその光を失った。
魔物は倒したばかりだ。すぐには寄ってこないだろう。
だが、ここで警戒すべきは別にある。
――冒険者だ。
魔術師が錬金術を使えることは、決して知られてはならないからだ。
「これでいいかな」
「お疲れさん。しかし、鉱石が鉄になるんだから錬金術ってやっぱすごいよな」
クロは生成された鉄をマジックポーチへ詰め込んでいく。
「そんなことないよ。それより、あんな形の鉄を武器や防具に仕上げちゃう鍛冶師さんのほうがすごいよ」
「まあ、どっちも大したもんだな」
しばらくすると、マジックポーチの中は鉄でいっぱいになった。
「これだけあれば十分だろ」
パンパンになったポーチを、クロが軽く叩く。
「うん。それじゃ依頼が取り消される前に商人ギルドに行こう」
二人は来た道を戻って、鉱山を後にした。
街へ戻ると、そのまま商人ギルドへ向かう。
昼時らしく、多くの冒険者が街へ戻ってきていた。
「ジェーンさん。鉄の依頼ってまだ出ていますか?」
受付に着くなり、ティアは尋ねる。
「まだ出ているわよ」
「良かった。鉄を生成してきたので、買い取りをお願いします」
「分かりました。それでは、このマジックバッグの中に入れてくださいね」
マジックバッグはマジックポーチよりも容量の大きい鞄だ。
ここ商人ギルドで使われているものは特注品らしく、“底なしの鞄”とも呼ばれている。
クロからポーチを受け取り、鉄と魔石をバッグへ移す。
「それじゃ、少し待っていてね」
ジェーンはバッグを持って奥へ消えた。
やがて布袋を手に戻ってくる。
「お待たせしました。こちらが今回の報酬です」
袋の中を覗いたティアは、思わず目を見開いた。
ポーションでは到底届かない額の金貨が詰まっている。
「こんなにいいんですか?」
「はい。今回は鉄とインゴットの需要が高いので特別価格です。それに魔石の分も含まれていますから」
ティアはほっと胸をなで下ろした。
「ありがとうございます、ジェーンさん」
「こちらこそ。また何かあったら声をかけてね」
「はい」
布袋をマジックポーチへしまい、それをいつも通りクロに預ける。
「今日は贅沢できそうだね。久しぶりにスイーツも食べちゃおうかな」
ティアは嬉しそうに歩き出す。
「食べ過ぎには注意しろよ」
「分かってるよ」
二人は並んで商人ギルドを後にした。
今日もまた、ティアの錬金が生み出したものは、誰かのもとへと巡っていくのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




