40年前のカレー。思い出すのには辛すぎたのか、母は少し震えていた。
しいなここみ様主催『華麗なる短編料理企画』参加の一品です
お気楽筆者が初の推理ジャンル挑戦。難しかったです。カレーなので少し辛い風味に味付けしました。企画主のしいな ここみ様に捧げます。ギャグ作家がシリアスを頑張りました~( ;∀;)/
久しぶりに実家を尋ねる。
私は結婚するときに実家を出た。一人娘であり母子家庭でもあったので、今は80歳近い母が一人暮らしをしている。
私のふたりの息子も今は大学生と高校生。
ようやく手が離れた。
息子達を育てるときに、母にずいぶんサポートしてもらった。
母は看護師をしていたためか、しっかり者だ。しかし、年齢も年齢。
これからは、もう少し頻繁に寄るようにしよう。
暑い日差しに汗を流しながら、駅から歩く。
インターホンを鳴らしたが、母は留守だった。
事前に今日行くことは伝えてあったので、鍵を使い中に入る。
居間の食卓の上には、メモがおいてあった。
『買い物をしてきます。3時ぐらいには戻ります』
壁の時計を見ると、2時を少し過ぎていた。
勝手知ったる実家。クーラーのスイッチを押し冷蔵庫から麦茶の入った容器を取り出す。
コップにつぎ一息で飲み干す。落ち着いたところで、もう一杯つぎ、コップを手に食卓に座った。カバンから本を取り出す。
先日、古本屋さんで懐かしさから購入したものだ。
かつて母の本棚にあったが、いつの間にかなくなっていた本。
『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる 石井好子 著』
母へプレゼントしようと購入。
時間があるので、読んでみることにした。
あらすじに『1950年代のパリでシャンソン歌手として暮らした著者による、半世紀以上にわたって読み継がれる料理エッセイの名著』とある。
最初のメニューはオムレツ。
巧みな描写に、文章を読むだけでおなかがすいてくる。
過去に思いをはせる。
私が子どものころは、バターどころか卵さえ贅沢だった。
夕食のメニューの定番はカレーライス。肉が具のことはめったになく、玉ねぎにチクワが入ればごちそうだった。
原因は父だった。
遊び人の父は、めったに家に帰らず自分の給料を飲み屋やギャンブルで使い果たしてしまう。
それだけで足りなくなると、看護師をしていた母に小遣いをせびりに家に戻る。
母が断ると、恫喝が始まる。
延々と続くそれに、翌日の仕事に影響が出るからと仕方なく母はお金を渡し、父が再び遊びに行くのを見送る。
それの繰り返しだった。
私は酒に酔った父が母を怒鳴る声を布団をかぶり、震えながら時が過ぎるのを待った。
いまなら、そんな父の所業は立派な離婚理由になるだろうが40年前は難しかった。
『せめて暴力をふるってくれれば、別れられるのに』
と、電話で叔母に相談していたのを聞いてしまったときは胸が痛かった。
本棚にあったこの本は、ずいぶん読み込まれていた。母も現実を忘れたかったのかもしれない。
そんな父も、病気をきっかけに離婚に応じた。
入院中に母がかいがいしく世話をしたので、さすがの父も改心したのだと親戚中で安堵した。
思い出に浸りながらページをパラパラとめくる。
気になる単語が飛び込んできた。
~水仙の球根~
単行本の中頃、筆者の料理の失敗を集めた章だった。
来客にお茶漬けを振舞おうとして、茶葉がないことに気が付き作った紅茶茶漬け。
煮すぎて液体にしてしまった、カレイの煮つけ。
そんなメニューに交じり、水仙の球根入りのオムレツがあった。
筆者が昼食に作ったオムレツ。具材を玉ねぎと間違え、台所の片隅にあった水仙の球根を使用。父親と弟を酷い食中毒にしてしまった。水仙の球根は毒性が高く、あやうく殺人になりかけたという洒落にならないエピソードが綴られていた。
それで思い出した。
父の入院の原因も、水仙の球根であったことを。
私が中学校のキャンプで、留守の日だった。
父が冷蔵庫にあった水仙の球根を玉ねぎと間違え、残り物のカレーに入れてしまい酷い食中毒を起こした。
深夜だったため、母はタクシーで勤務する病院に連れて行った。
その後、なぜか父はすぐに離婚に応じた。
水仙を冷蔵庫に入れてたのは母だった。
知人からもらったが、まだ植える時期じゃないからと冷蔵庫に保管していたと言っていた。
しかし看護師でもあり、なおかつしっかり者の母が毒性のある水仙の球根を冷蔵庫に入れるだろうか?
私は冷蔵庫に水仙の球根が入っていたことを、母から全く聞いてなかった。せめて入れる前に、注意を促すぐらいはしそうなものだが。
もしかして……
父は料理どころか、家事を一切しない人だった。
自分のためとはいえ、玉ねぎを刻むだろうか……
母を無理やり起こし、夕食を作らせたのでは……
そして母はその機会をずっと待っていた。
父に毒のある球根を食べさせる機会を。
オムレツに比べ味が濃く匂いも強いカレーを選んだのは、玉ねぎと違うことに気づかせないため。
救急車を呼ばずにタクシーにしたのは、自分が勤務していた病院に連れていくため。
そして、入院して身動きができない父にいつでもお前を傷つけることができると脅し離婚届に判を押させたのでは……
背筋がぞっとしたのは、部屋の空調の効きすぎだからだと思い込もうとした。
しかし、それが自分に対する言い訳だということは己が一番わかっていた。
ガチャっ
玄関が開く音がした。
「ごめんね~、遅くなって。久しぶりに来てくれるっていうから、買い物張り切っちゃった。ケーキもあるわよ。紅茶を入れるわね」
高齢にもかかわらず、両手いっぱいに買い物袋を下げキッチンに向かう母。
手伝うという私の言葉を遮り、楽しそうに冷蔵庫に買ったものをしまう。
食器棚からティーカップを取りだそうする、キッチンの母に声をかける。
「お母さん、古本屋さんで『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』って本を見つけたんだけど知っている? 」
母はこちらを振り向きもせず、知らないと返事をした。
……しかし……少し声がふるえていたような気がした……
人死にが出ない、甘口の一皿で大変申し訳ございません。これがギャグ作家の精いっぱいです。
タイトルの辛いの読み方が、(からい)でないことにお気づきでしょうか? ( *´艸`)
キーワードが『カレー』の企画への参加する品なので、カレーを生かそうと試行錯誤しました。
最後に素敵な企画を主催してくださった、しいな ここみ様へ御礼申し上げます。
書いてて、大変楽しかったです。!(^^)!
すてきなバナーは幻邏さまの一品です。