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雨やどり  作者: マン太
9/16

9.謙士の視点 1

 文人を見たとき。


 綺麗だな。


 店の外に置かれた立ち飲み用のテーブルで、グラスを傾けながらそう思った。

 その姿を目で追う。

 一瞬、綺麗だと思っても、よくよく見るとそうでもなかった──なんてことがままあるからだ。

 でも文人は第一印象から変わらなかった。笑うとぽっと華が咲いた様。容姿はもとより、まとう空気が澄んで見えたのだ。


 あんな人と友だちになれたらいいのに。


 休日は何をしているのだろう。一緒に出かけたら、どんな顔を見せるのだろう。

 何に喜んで何に怒るのか。何に悲しみ何を楽しむのか。


 気になる。友だちになってみたい。


 俺があまりに凝視していたのに気がついた職場の大先輩菅原が、お前もか、そう呟いたあと。


「謙士、あのひとはだめだよ…」


「…は?」


 だめとはなんだろう?


「興味津々ってとこだろうが、ここだけの話し、あのひとの恋愛対象は同性だ。言ってる意味、わかるか?」


「はい…」


「なら、異性に対するのと一緒だと思え。友達になりたくとも、本気じゃないなら適度な距離を保つこと。そんな顔をしても、男同士の友情は望めないからな? 気楽に二人きりで遊びに行こうなんて考えるんじゃないぞ? 男女間と一緒だ。一部じゃ友情はあり得るとか言うらしいが、そんなの無理だ。たいていどっちかが好意を持っておじゃんになる。文人さんに余計な負担はかけられん。あきらめろ」


 一気にそうまくし立てられた。そこまで言わなくとも、と思うのだが。


 『文人』と言うのか。気になるのにな…。


 けれど、確かに普通の男同士の友情関係は築くことは難しそうだ。


「…でも、ちょっと話くらいの関係なら──」


「いいか。よーくあのカウンターを見ろ。あそこに陣取ってる先輩方は全て文人さんの門番だ」


「門番?」


 謙士は首をかしげる。


「あそこに陣取って、文人さんに近づく輩を選別してるのさ」


「選別…」


「ああして優しくて綺麗だと、同性と分かっていてもちょっかいを出そうとするふらちな輩がいる。それをあそこで選別して、だめだと判断されると一気に排除される。お前みたいに甘い考えで近付こうものなら、あっという間に排除されるな」


「…そんなもんなんですか?」


「そんなもんだ。先輩方の見た目の年齢に騙されるなよ? あそこに陣取ってる先輩方は伊達じゃない。が、それでも去年だったか、真面目そうなサラリーマンがそれをくぐり抜けて近づいたんだが──結局、上手くいかなかったらしい。それ以降、もっと厳しくなった」


「だめにって、どうして?」


「どうやら相手が怖気づいたらしい。詳しいことは本人から聞いたわけじゃない。分からんがな…。とにかく、そういうことだ」


 怖気づく。


 なんだ、それは。

 分かっていたことじゃないのか。初めから同性だと。結局それは、文人を見ていなかったと言うことではないのか。怒りが湧いた。


 俺だったら、ちゃんと本人を見るのに──。


 って。俺…?


 自分の中で、何かが変わり始めた瞬間だった。



 それから俺は、なるべく目立たない店外で時折、飲みに行くようになった。先輩や後輩を盾にしてこっそりと。

 外だと門番の視界に入らない。勿論、文人の目にもつきにくいのだが。そのおかげでじっくり観察することが出来た。

 文人の様子を。その人となりを。

 いつも表情が柔らかく、すぐ笑う。けれど声をあげるのではなく、穏やかに微笑む。

 上手く先輩方の冗談をかわしつつ、たしなめつつ、手のひらの上で転がし、料理を振る舞う。

 はじめの印象通り、そこへ華が咲いたよう。皆が常連になるのがわかる気がした。


 けど。本当に綺麗な人だな。


 外に設置されたテーブルに肘をつき眺める。今は頭に手ぬぐいを巻き、カウンター内に立つが、カフェの時は何も巻かない。

 なぜ知っているかと言えば、その時間に行って、外に出た所をちらりと見たことがあるからだ。

 断っておくが、別に張っていたわけではない。偶然だ。

 色素の薄い茶色に近い黒髪。襟足まである髪がゆるくウェーブを描くのはくせ毛のせいか。

 目元は切れ長。鼻筋は細くスッと通っている。唇は小ぶりで薄い。なにか塗っているわけでもないだろうに、薄っすらとピンクに色付いていた。


 不思議だな。


 同じ男なのにこんなにも違うものなのか。

 謙士はとにかく、何もかもが大きく大雑把な造りだ。

 目元は誰に似たのかぱっちりと二重で彫りが深い。何故かまつ毛もバサバサだ。鼻も唇もガッシリとしていて大ぶり。体格は言わずもがな。

 たいてい、熊かバッファローのようだと言われる。

 ジムにも行くが、空手を大学までやっていた。そのおかげか体つきは見せる筋肉より、実用的なつき方をしている。

 最近はボクシングも始めてみた。なにかの際の防御になればとも思ったが、結局は楽しくなって今に至る。だいたい、いざとなったら逃げるが勝ちだ。

 何にしても、文人とは大違い。

 とにかく、見た目や雰囲気はわかった。友人関係は無理だとしても、ちょっとした知り合いくらいにならなれるだろう。

 俺は話すきっかけを考えた。カフェで注文した時に話しかけてみるか。それとも、今注文を取りにきた時に話しかけてみるか。


 しかし、話題はどうする? 


 突然、綺麗ですね、とは言えない。

 コーヒー美味しいですね、だろうか。それとも、料理美味しいですね、だろうか。

 いやいや、どこかわざとらしい。

 そんな回りくどい事をせずとも、夜にここへ通い詰めればいいのだが、如何せん、常連の先輩方が陣取っていて、店内へはまったくの一見では入りにくいことこの上ない。

 しかも目的は文人と話すこと、だ。その目的が知られればすぐに排除されるだろう。


 どうしたものか。


 大いに悩んだ。



 その日、出先の帰り、偶然、文人の店近くを通りかかった。

 小雨が降り出し、その軒先は雨宿りにちょうどいい。それを言い訳に、店へと向かった。

 住宅兼店舗のそこは、和と洋が混じった味わいある外観だ。見た目は昭和の喫茶店と言ったところか。緑色のタイル張りの壁面が珍しい。

 道に面した出窓には幾何学模様のステンドグラスがはめられている。淡い色合いが文人の雰囲気によく合っていた。

 きっと文人よりは先に、ここにあったのだろうけれど。

 頭上ギリギリの軒先に何とか入り込み、止むのをまった。

 店の中には人の気配がする。もう少ししたら開店時間だ。既に準備を始めているのだろう。


 開いたら入ってコーヒーの一杯くらい飲んでいこうか。


 客が自分ひとりなら、話す機会は十分ある。

 

 何を話そうか。


 無難な所で天気の話題でもふるか。いや、わざとらしいか。

 そう考えているうちに、やや緊張してくる。

 暫くそうしていると、ガタゴトと音がしたあと、扉が唐突に開いた。文人が傘立てを抱え出てきたのだ。

 背で扉を押すようにでてきたから、まだこちらに気づいていない。

 少しまるまった、ほっそりとした背中に目が行く。淡いクリーム色のカットソーには背骨が浮いて見えた。


 細いんだな…。


 筋肉質の自分とは随分違う。守りたくなる背中だ。文人はそのまま中へ戻るのかと思ったが、


「あ…」


 こちらに気付いて小さな声を漏らした。驚いたのか、目が真ん丸に見開かれている。

 それはそうだろう。ひさしに頭がつくくらい、巨大な男がのっそり立っているのだから。

 けれど、それからすぐ笑顔になって。


「あの──中に、入りますか?」


 店へと誘ってくれた。

 並ぶほど店が開くのを待っていたと思われるのは気恥ずかしい。

 つい、雨宿りだけのふうを装ったが、実際は文人にどうやって声をかけようか迷っていたのだ。

 それからは、トントン拍子に話しは進み。

 コーヒーの試飲を皮切りに、コーヒー談義となり、なんとコーヒーの淹れ方を教わる事になったのだ。


 嬉しい。


 素直にそう思った。


 これがきっかけになる。


 俺は先輩の忠告を胸の奥の奥にしまいつつ、絶対に友だちになろうと心に決めた。





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