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雨やどり  作者: マン太
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その後4 思い出

「文人は綺麗だよ」


 休日、散歩がてら海沿いの公園のベンチで涼んでいたとき。崇がそう口にした。

 この時はまだ、友人関係だった。

 視界の先の波打ち際では、入るにはまだ早く、足をつけるだけにとどめている、男女のグループがはしゃいでいる。


「…うそだ」


「嘘じゃないって。ほんとだよ? ──初めて見たとき、そう思った。周りの空気がこう、澄んでいて光って見えて──」


「そんなはず、ないよ…」


 文人は気恥ずかしくなって俯いた。足元の砂地は意外に白く、履いていたスニーカーにその粒がついている。崇は微笑むと、


「自分の姿は外から見られないからね。信じられないかもしれないけど。ああでも──」


「でも、なに?」


「文人の事を好きだから、そう見えるのかも」


「──好き?」

 

 思わず聞き返した。どう言う意味だろう。

 崇は既に文人が好意の対象が同性だと知っている。


 友人の好きなのか、それとも──。


 崇は声をあげて笑い出す。


「いやだな。決まってる。付き合いたいの、好きだよ。ライクじゃなくてラブ。恋人になりたいってこと」


「…でも」


「僕はどっちかって言われると──そうなんだ。両方とも付き合えるけど、今は文人が好きだから」


「──っ」


「お願いします。付き合って下さい」


 どこかかしこまって口にする。文人は苦笑と照れと。顔を真っ赤にして、


「…うん」


 ベンチに腰掛け、俯いたまま頷いた。崇が嬉しそうに笑う。

 過ぎ去った日の思い出だ。



「──さん」


 呼ばれて、目を覚ました。


「文人さん、部屋で寝よう」


「う…ん」


 テーブルの上にうつ伏せていた顔を起こせば、心配気な表情をして、こちらを見下ろす顔があった。

 目鼻立ちのくっきりした、顎ひげのある顔。日に良く焼けている。


「──謙士…」


「風邪ひくって。先にベッドに行ってて良かったのに…」


 仕事の為、帰宅が遅くなり。軽い夕飯を食べた謙士はシャワーを浴びに浴室に向かい。そんな謙士をリビングで待つうち、眠ってしまったらしい。

 文人は眠い目をこすりながら、


「…うん、でも向こうに行ったら、寝ちゃうから…」


「それでいいんだって。ほら、歩いて」


「う、ん…」


 謙士がイスから半ば抱える様にして立たせるが、広い胸板に寄りかかってしまう。


「歩かないなら、運ぶけど…」


「…謙士、連れてって…」


「仕方ないなぁ」


 言いながら、謙士は笑っている。

 そのまま、太くガッシリした腕が文人を軽々と抱え上げ、寝室へと運んでくれた。

 ここは謙士のマンションだ。月のうち、何日かはお邪魔する。

 たいてい、文人が休みの日だ。謙士が同じ日に休みを取れない時そうなる。文人が合鍵を使って謙士のマンションを訪れ、夕飯を作り帰りを待つ。

 せっかくの休み、そこまでしなくていいと言われるけれど、やりたいのだから仕方ない。

 疲れて帰ってくる謙士を癒したいし、一緒にいられる時間を少しでも多くしたいのもある。寝てしまえば、その時間が短くなってしまうからだ。

 

「はい、到着」


 声と同時にベッドへと降ろされる。


「うん…」


「布団かけて。ほら、身体こっち」


「ん…」


「文人さん、まるで子どもみたいで──かわいい…」

 

 ベッドがきしんだ音を立て、ひそめた声が耳元に響く。くすぐったい。


「可愛くなんて、ないよ…」


「いいや。かわいくて、綺麗だ」


「綺麗なんかじゃ…ないよ」


 謙士がくすりと笑った。


「何度否定しても、言い続けるんで。──大好きだよ。…かわいくて綺麗な文人さん」


 大きな手が頭を優しく撫でて行く。その心地よさに安心して眠りに落ちた。


『大好きだよ。文人』


 思い出の中の、懐かしい人の声とそれが、重なって聞こえた気がした。


 

 いつまでも。どうか、幸せに──。



ー了ー

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