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雨やどり  作者: マン太
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その後2 ぬいぐるみ

 謙士と付き合うようになって、件のぬいぐるみの定位置が変わった。どこになったかというと。


「あれ? これ、ここでいいんですか?」


 気付いた謙士が小首を傾げつつ訪ねてきた。そう、ぬいぐるみは前に座っていた椅子の上のはない。あらたな定位置は──。


「いいんだ。そこで。常連さんらの満場一致の意見でね」


 ぬいぐるみは、カウンター全てが見渡せる、飾り窓へと移っていた。

 文人と謙士が付き合いだしたのは、常連客にすぐに知れ渡った。どうやら、皆薄々勘づいていたらしい。

 というか、謙士がここへ初めて訪れた時から、こうなると分かっていたと豪語する常連もいた。

 本当かどうか怪しい所だが、皆、早い段階でなんとなく気付いていたのは事実らしい。どうやら、文人の態度が今までと違ったと言うのだ。

 流石年の甲と、言っていいものか。とにかく、常に見てきた人々にとっては分かりやすかったのだと言う。


 やだな。バレバレだったなんて。


 文人は筑前煮の味を確認しつつ火を止めた。これで冷ませば丁度いい。

 謙士は仕事が早く切り上げられたからと、開店前から訪れていた。文人の手伝いをしつつ、ぬいぐるみの位置に気づいたのだった。

 飾り窓には、前は季節の花がいけられていた。それが幾分小さくなり、クマのぬいぐるみとともに飾られている。

 つぶらな瞳のそれは、謙士と文人を、窓枠に座り見つめている様だった。


「けっこう、リアルなクマですね…」


「うん。それなりに値の張るぬいぐるみらしいよ? 常連さんが旅行のお土産に買ってきてくれたんだ」


「へぇ」


「ま、それはついでで、僕に気を使ってくれたんだと思うけどね」


 崇を亡くして暫くしてのことだった。

 海外旅行から帰ってきた常連の一人が、孫に買ってきたがいらないと言われた、と言って良かったらおいてくれないかと、言ってきたのだ。

 人のいい顔つきのクマ。どこか崇を連想させた。

 ほんとうは、文人のために買ってきたのだろう。だが、似ているから買ってきたなど、口にはしない。文人は気づかいに感謝しつつ、それをカウンターにおいたのだ。

 しかし、常連がそれじゃ邪魔だろうと、崇の指定席、奥の席に置いた。それが始まりだった。

 しかし、今、文人には謙士という恋人ができた。いつまでもそこへクマを座らせるわけにはいかないと、話し合いがもたれたらしい。それで、移動する旨にいたったのだ。


「…いいのかな?」


「え?」


「だって、俺が居場所を奪ったみたいで…」


「はは、気にしない。だって、そこはやっぱり人が座らないとね? 楽しく食べて飲んで、そう言う店だから。クーちゃんもそこで安心してるよ」


「クーちゃん…?」


「ああ。クマだからクーちゃん。誰だったかな? そう呼び出して…」


 安易だな、と謙士は呟きつつ、カウンター奥の席に座った。店を開くまで休憩だ。

 文人はコーヒーを淹れて謙士の前へと置くと、自分も傍らに座った。


「謙士もクマっぽいから、変わりないかも」


「あ! それ。よく言われる…。そんなにクマかな? てか、バッファローって言われる時もあって…」


「あー、バッファロー。わかる! 海外から日焼けして帰ってきた時は、確かにそんな感じだったもん」


「ひどいなぁ。もうちょっとこう、ライオンとか、狼とか。かっこいいのがいいんだけどなぁ」


「クマもバッファローもかっこいいよ。大きくて力がある感じ。謙士らしいもん」


「…そうかな?」


「そうそう。僕は、クジラっぽいって思うけど…」


「クジラ?」


「そう。ザトウクジラよりも大きい、シロナガスクジラ? とか。どーんて大きくておおらかな感じ。似てる」


「ふーん…。俺、そんな感じなんだ」


「うん。そんな感じ」


 謙士はこちらを黙ってしばらく見ていたが、


「なら、文人さんは──ハシナガイルカ、かな…」


「ハシ…? なに?」


「口先の長いイルカ。小柄でジャンプが得意で、元気にぴょんぴょん跳ねる奴」


「…僕、落ち着きない?」


「違うって。元気でいつも笑顔な所がそんな感じで。でもジュゴンも入ってるな…。んん。どうなんだろう?」


 ひとりで悩みだす謙士を笑顔で見つめると、


「なら、コバンザメでいいよ。そらならずっと引っ付いていられるもん。頭をぺたっと謙士の身体にくっつけてさ。想像すると可笑しくないか?」


 けらけら笑うと、文人はそれじゃない! と、力説された。


「もっと、こう。しなやかで穏やかで、見守るような──いないかなぁ。そんな哺乳類…」


「もういいって。僕は『謙士が大好きなひとりの人間』ってだけで。さて、そろそろ店を開けないと。謙士はお客なんだから、そこに座ってて」


 言いながら、店の軒下にある看板の明かりをつけ、オープンの札をさげた。

 見た目は喫茶店の為、ここがお酒も出しているとは、通りかかったくらいでは気付かないだろう。

 そのままカウンター内に戻ろうとすれば、


「──文人さん」


 謙士が呼び止めてきた。


「何?」


 肩を軽くつかまれ、振り返った所でキスされた。それなりに、濃厚な奴だ。頬が熱くなる。


「…謙士」


 間近で睨みつけたが、逆に優しい眼差しが降り注ぐ。


「そのくくり、俺だけでお願いします…」


 へへっと照れて笑って見せた謙士は、とても嬉しそうで。

 文人は照れ隠しに、その額を軽く指ではじくと。


「バカなこと言ってない。──後でな?」


「はーい」


 それでも謙士は嬉しそうにしていた。

 そんなやりとりをクマのぬいぐるみは黙って見つめている。

 どこか笑んで見えたのは──気のせいじゃないのかも知れない。



ー了ー

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