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雨やどり  作者: マン太
13/16

その後1 招待

 アパートに文人を招待した。

 延びに延びていた、家でコーヒーを淹れてもらう件だ。

 誘った時はまだ恋人関係ではなかったが、今は違う。色々な意味で、緊張もあり期待もあり。


「わぁ。ちゃんと全部そろってるね? かなり前から?」


 キッチンに入った文人は、ずらりと揃ったコーヒーグッズに声を上げた。どれもかなり使い込んでいる。


「えーっと。まあ、形だけですけど…」


 俺は文人が到着してからそわそわしどうしだった。玄関に上がった時からだ。

 先に文人を入れて後からついて行ったのだが、その背中に触れたくて、抱き締めたくて。もう、待てをされている犬同然だった。


「──謙士?」


 やや距離を取って立つ俺に、訝しむ視線を向けてきた。


「いや…。その、あんまり近付くと、手だしちゃいそうで…」


「あ…。ま、だよね?」


 文人は頬を染めて髪をかき上げつつ笑う。

 だよね、と言う事は、文人もそれなりに理解を示している、と言う事だろうか。

 しかし、文人はうーんと唸った後。


「…とにかく。先にコーヒー入れようか? 一緒にやろ。な?」


「…了解です」


 く。ここは我慢だ。


 俺はなんとか気持ちを抑えつつ、文人の隣に立った。


 しばらくして、コーヒーのいい香りが部屋に漂い始めた。

 先に俺が淹れて、後に文人が淹れる。前と違って、少しだが文人の淹れる味に近づいている気がした。

 それは文人も思ったらしく。カウンターで二人立ったままそれを口にしたあと。


「謙士、前と違うね? すごいなぁ。もう上達してる…」


「ま、その、会えない間、特訓してたんで」


 仕事や出張で会えなかった期間。それでもと、文人に言われたことを忘れないよう、次にいれた時にがっかりされないよう、コーヒーだけはなるべく淹れるようにしていたのだ。

 海外に行っている間も、簡易のミルをもって、豆は現地調達し、いそしんだ。

 そうしていると、文人が傍らにいるような気がして。

 我ながら、乙女だったと思う。けれど、それほど文人が恋しかった、と言う事でもあった。

 今はこうして、現実に隣にいてくれるけれど。


「えらい! 謙士はいい子だ」


 そう言って背中をぽんぽんと叩く。本当は頭をぽんぽんしたいらしいのだが、余りに身長差があって、それができず、背中になったのだと前に言われた。

 文人も低い方ではないが、流石に百九十センチにせまる俺と比べると低く見えてしまう。

 俺はそんな文人をちらと見た後。


「──いい子には、ご褒美が必要だと思いません?」


「…謙士」


「コーヒー飲み終えましたよね?」


「あー、うー…」


 文人が来たのは十時過ぎ。昼にはまだ時間がある。俺は隣にある体温を腕に感じながら、気持ちを抑えるのに必死だ。

 文人は決心がつかないのか、首をかしげて困ったようにしている。

 文人とはあれから何回かともに過ごしていた。文人の休みに合わせて、謙士も休む。休み前に手伝いに立つのは当たり前の景色となりつつあった。


「文人さん…」


 俺はそっとカウンターについていた文人の手にふれた。

 色の白い文人の手はしっかりと男のそれだがとても綺麗だ。長くて細い。文人はいったん俯いた顔をあげると。


「わかった…。シャワー使わせて。──あと」


「はい?」


 文人は少し頬を膨らませるようにしてこちらを見上げてくると。


「…明るいところで見て、幻滅しないように!」


「──」


 俺はその言葉にぽかんとなったが。直ぐに我に返って。


「そんなことないって! もう、文人さんは」


「だって、気にするよ。いつも会うのは夜だったし…」


 どこか拗ねた様にそう口にしながら、浴室の場所を尋ねてくる。俺は案内しながら。


「別にシャワー浴びなくてもいいですけど?」


「だめ。色々準備あるし。分かってるだろ?」


 びしっと鼻先に指を突きつけられた。

 こう言う所が、年上なのにかわいいと思えてしまうゆえんだ。俺は叱られた犬のようにしゅんとなり。


「…わかった。大人しくまってます」


「よーしよし。謙士はいい子だね?」


 そういってぽんぽんと背中をまた叩かれた。相変わらず子ども扱いで。

 俺は仕返しとばかりに、ふいに抱きつくと、その首筋に音を立ててキスを落とした。


「ちょ、こら! 謙士──」


「躾がなっていないんで。──気をつけて」


「謙士!」


 顔を赤くした文人が怒ったふりをして、軽く拳を振り上げる。俺はそれをよけながら、もう一度、ぎゅっと抱き締めて。


「俺は文人さんが好きなんです…。なにも心配しないでください」


 そう、耳元でささやいた。



 謙士にはやられっぱなしだ。ほんとうに。


 熱くなった頬を手でこすりながら浴室に入る。

 ふと鏡を見れば、先ほどキスされた所が跡になっていた。襟のあるシャツを着れば隠れるだろうが。


 しつけ、し直しかな?


 シャワーを浴びながら、それでも笑みがこぼれる。

 こんな風にまた誰かと、笑いあう日が来るとは正直思っていなかったからだ。崇で終わりだと思っていた。


 なのに。


 謙士はすっかり文人の中に入り込み、いるのが当たり前の存在になりつつある。

 仕事が忙しく、会えなくなる時もあるが、会った時はこうして好きだとずっとアピールしてくる。

 ここに来た時から、謙士が自分を抑えるのに必死なのに気付いてた。


 こんなに好いてくれている。


 文人自身をだ。貴重でかけがえのない存在。

 身体の大きさ以上に、文人をすっぽりと包み込んでくれる大きな愛情。


 同じものを謙士に返せるだろうか。


 鏡の中の文人はすこし不安げな顔をしてみせるが。


 いや、同じじゃなくてもいい。ただ、僕は謙士が好きだ。この世にいる誰よりも。


 それを忘れなければいい。


「文人さん、ここにタオル、置いておくから──」


 浴室のドアの向こうで声がした。


「ありがとう。謙士」


 きゅっと栓をひねってお湯を止める。軽く身体についた湯を払ってドアを開ければ。

 ぬっと、大きな影がドアの脇に立っていた。


「──謙士?」


 ちょっと驚いた。謙士は腕を組んで目を閉じていたが。


「待ちきれなくて…」


 文人は顔をくしゃりと崩して笑うと。


「わかったよ。──『よし』だ」


「──!」


 そう言うと同時、謙士の大きな体が半ば抱き上げるようにして文人を抱いた。


「…謙士、服ぬれるよ? それにシャワーは?」


「──お願いです…。これ以上まては…」


「わかったって。僕、髪濡れてるけど──」


「気にしてない」


「胸もないし、お尻もぺったんこだけど?」


「──どうでもいい…」


 そう言って顔を上げ、こちらを見降ろすと。


「俺は、文人さんがいいんだ。──何度だって言う」


 その眼差しは真剣そのものだった。嘘はない。文人は笑顔になって、


「うん…」


 背伸びをして、自分から謙士にキスをした。

 僕はそうやって、君に何度も確認するだろう。これからも。

 けれど、きっと君は言い続けてくれるのだろう。


『俺は文人さんがいい』と。



ー了ー

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