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雨やどり  作者: マン太
12/16

12.雨あがり

「あ…、雨やんだね」


「ん…」


 文人の声に、謙士の太いがっしりとした腕が、布団に寝転がったままの文人の腰に絡まる。


「ちょっとさ。動けないんだけど?」


「ん―…。もうちょっと、ゆっくり…」


「まったく…」


 同じく布団に横になったままの謙士の頭をぽすりと軽く叩いた。それでも起きる気配はない。

 が、まだ朝は明けたところ。起きるのには確かに早い時刻だ。もう少しゆっくりしたところで罰は当たらない。

 こっそり、眠る謙士に抱きついてみた。

 人の体温があたたかいと感じたのは久しぶりだった。雨が降るとまだ肌寒いこの季節に、丁度いい温もり。

 あの告白のあと。

 流れのまま謙士に身を任せ今に至る。

 あれほど気にした謙士の抵抗だったが、まったく何も感じさせなかった。気にしない、と口にしたのは伊達ではなかったらしい。

 異性とは造作が違うが、好きになったのはそこではないから気にならないとのことだった。多少、勝手が違ったくらいだとか。

 抱きしめると額に顎髭が当たる。筋肉の塊のような身体は、細い文人とはまったく違った。

 ジムにも通っているらしいが、それにしてもどうやればこれほど筋肉がつくのか。なにか格闘技でもしているのではないかと睨んでいる。にしても。


 気持ちいいな。こうして抱きしめるの。


 と、不意に腰に絡んでいた腕に力がはいった。


「謙士? 起きた?」


「──起きますよ。それは…」


 顔を上げれば、謙士が僅かに顔を赤くしてこちらを見下ろしている。


「それ、誘ってるんですか? 俺はかまわないですけど…」


 言う間に横に並んでいたはずの身体が、謙士の下になる。


「え? 誘ってなんて…」


「いいや。誘ってます。てか、本当は俺がしたいってだけですけど──」


 抵抗する間もなく、謙士のキスが唇に落ちてくる。

 いったいどれだけの女性と付き合ってきたのか。キスも慣れたものだ。こっちはそんなに経験はないというのに。

 ただし、かなり情熱的なのは相手が自分だから、そう思うことにしている。


「──謙士、っちょっと、まてって」


「嫌です。…もう無理です」


 まるで子どもだ。


「うー、もうっ。仕方ない…」


 言って文人も謙士の頭を抱きしめた。その間もキスの雨がふりつづく。


 やまない、雨は…ない…か。


 そんな言葉を聞いた事がある。

 けれどこの『雨』は当分、ふり続けるのだろう。文人が嫌だと言うまで。

 クスリと笑んで、謙士のほどけた長い黒髪を梳いてキスをする。


「──文人さん?」


 何だろうと、半ば夢見心地の謙士が顔を上げた。

 小さな店の二階で、こうして再び大切な人と抱き合えることの喜び。

 ささやかだけれど、それがどれほど幸せな事なのか、文人は知っている。


「なんでもない…」


 言って、文人は幸せを抱きしめた。



「きっと、友だちになりたいって思った時から──好きだったんだと、思う…」


 朝ごはんを小さなテーブルについて取りながら、謙士はぼそっと口にした。いつから好きになったのか、そんな話題になっての答えだった。

 あれから、休日前には店の洗い場に立ち、泊まって次の日帰って行くのが謙士のルーティンになっている。

 ちなみに、付き合いだしたのだからと、敬語は無しにしてもらった。いつまでも、デスマスではやはり距離を感じる。

 謙士は言ったあと、照れくさくなったのか、急いでご飯をかきこんだ。

 半ば昼ご飯と化している朝食メニューは、だし巻き玉子に漬け物、昨晩の余りの魚を焼いた焼き魚に冷ややっこに、サラダ、味噌汁となる。

 自分だけの時は、納豆ご飯をかき込むことも多々あったが、さすがに栄養のバランスを考えると、謙士にそれだけでは申し訳なかった。


「ふーん。顔、真っ赤。耳まで赤いよ? 子どもみたいでかわいいね」


「からかわないでよ。…じゃ、文人さんは? 前に、初めて会った時からっていったけど」


「そうだよ。初めて会った時、大きいなって、思ったのと同時、ああ、他人じゃないなって思ったんだ…」


「それ、なに?」


「そのまんま。ただ、そう感じただけ。多分、他人で終わる気がしなかったんだ。それまで出会ってきた人たちは──大抵、そんな気がしてた。長くは続かないって」


「…崇さんは、違った?」


 遠慮がちに尋ねてくるのに笑うと。


「気にしなくていい。聞いちゃいけない事じゃないし。──崇もそう思った気もするけど、彼はいつの間にかそこにいたって感じでさ。自然に入り込んでいたから──てか、謙士はそう言うの、聞くのいやじゃないの? 過去の話なんて…」


「俺は、聞きたい! だって、文人さんのことは全部知っておきたい…」


 文人は笑うと。


「子どもみたいでかわいいね」


「あ! また、子ども扱い…。これでも立派な大人なんだけど…」


「わかってるよ。謙士はカッコ良くて素敵な大人だよ。ほんと、もったいないくらい…」


「そんなこと、ない。だいたい、俺の方が文人さんにつりあうのか…。でも、だからって俺は引いたりしないけど」


「引かなくてけっこう」


 そう言って、謙士のテーブルについていた手に自分の手を重ねた。


「謙士の手、好きなんだ──。大きくてごつごつしてて。大人の男の手だ。とても、安心できる…」


「文人さん…」


 呼ばれて伏せていた視線をあげれば、


「キスしたい…。してもいい?」


「ふふ、ごはんつぶ、つくよ──」


 言い終わらないうちに、テーブル越しにキスされる。唇に軽いキスだ。


「…今日、予定変更しても?」


 額をこすり合わせて、熱のこもった眼差しの謙士が尋ねてくる。


 ああほんとうに。


「どうぞ。予定って言っても、二人でのんびりするのが目的だったから…。なにもかわらないね?」


 そう言って微笑めば、謙士がまた、顔を赤くした。


「…文人さん。かわいすぎ」


「それは謙士だって。さ、さめないうちに食べちゃおうか? 明日も休みだし。ゆっくりしよう」


「…はい!」


 雨があがって。

 晴れ渡った空には、まだ雨雲の残りがある。道も濡れたまま。


 でも、雨は嫌いじゃない。すべて洗い流してくれるから──。


 その後の、晴れ上がった空はもっと好きだった。



ー了ー


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