セオの日常
「そうして我が国、アルカンジェール王国が隣国ディフラムとの100年を超える長い戦争に勝利してから10年の月日が経った。この国は芸術・科学の両側面で発展を続けてきた。こうして今に至るという訳だな。」
教壇に立つ歴史の専門教授は得意げに鼻を鳴らすとパタンと教科書を閉じる。
「さて、3か月に渡って行われた歴史の授業もここまで。来週は試験だから遅れないように。セオ、聞いているか?」
「は、はい。」
「アルカンジェールで最も高い地位を誇るラペン大学の一生徒としての意識を改めることだな。遅刻などバカのすることだ。」
「すみません。気を付けます。」
周りの学生がクスクス笑っている。そう、おれは今日遅刻した。
でも仕方ないだろ、一晩中追いかけられてたんだから。それに、シャーロットさんとの話も頭にずっと残ってて一睡もできなかった。シャーロットさんは何者なんだ?昨日の彼女のの動きは普通ではなかった。それにあの言葉。
「そして最後はあなたの手で私を殺して?」
今でも鮮明に覚えているその言葉が、俺の頭の中で何度もリピートされる。
俺はそそくさと教室を離れ、食堂へと向かうことにした。そういえば朝から何も食べてなかったな。
「セオ!お前が遅刻なんて珍しいな!初めてじゃないか?がはははは!」
「大声を出さないでくれよ、頭に響く・・・」
俺の後ろから肩に手をまわし、大声で笑うこいつは友達のライツだ。巨体と運動神経の良さでスポーツ万能の豪快な男だ。遅刻をいじられることは分かっていたから一番会いたくないと思っていたのに。
「大丈夫??保健室に行った方がいいんじゃないかい?」
そして、隣にいるスラっとしたハンサム男はマリット。なんでもできるハイスペック人間なのに優しい。俺からすれば欠点のない完璧な男だ。
俺、ライツ、マリットの三人は芸術学科の演劇専攻で出会った大事な仲間だ。
「いや、大丈夫。今日はこの後講義もないし食堂でなんか食べて帰るよ。一緒にたべる?」
その後俺らは食堂で席についた。昨日のこと話そうかな。多分信じてくれないだろうけど。
「そういえばセオとライツは、あの課題どうするつもりだい?」
「あの課題??」
「ほら昨日言ってただろ?」
「・・・」
・・・思い出した。俺ら演劇専攻は課題としてもうすぐ来る夏休み期間に一つ演劇のシナリオを作らなければならないんだった。昨日はいろいろありすぎて全部忘れてた。
「がはは!おいおいお前ほんとにどうしたんだよ?課題は誰よりも計画的にこなす真面目ちゃんなくせによ!」
「本当に頭でも打ったのかい?」
「・・・マリットまで俺のことバカにしてないよな?」
普段の俺なら課題が出された次の日にはもう計画は立て終わっているから、マリットは翌日にこの質問を投げかけたのだろう。
「すっかり忘れてた。でもどうしようかな。俺らの担当先生の課題なら、インパクトがある作品よりかは王道ものって感じかな。」
「そうなのか?!課題なんて適当でいいだろ!がはは!」
「そうもいかないだろ、前期の集大成だし。成績に大きく関わる。」
「僕もそう思うよ。ただ、やっぱり自分の書きたいものを書くべきだよ。」
演劇専攻を高い成績で卒業した者には、この国随一の劇団「劇団ロワテール」への推薦がもらえる。俺はそれをものにするために努力をしている。与えられた課題は担当の先生の好みに合わせて仕上げている。
今の俺にとって大事なのは成績だ。
じゃあ、今の俺が心の底から書きたいと感じるものは何なのだろうか。
学校を後にした俺は、彼女にもう一度会いに行くことにした。