彼女はただ魅力的なだけだった
ドリーミア王国ロージニア魔法学校。2年前、貴族と才能ある一握りの平民が13歳から通うことの出来るこの魔法学校で、光属性を持つ少女の罪が明らかになった。
少女の名前はイヴリン。
黒髪黒眼の多い平民には珍しく、ピンクのふわふわとした肩までの長さの髪に澄んだ青い瞳を持つ少女は、平民の特待生枠を決める試験で歴代トップの成績をとり、見事に入学を果たした。
ロージニア魔法学校で学べるのは、火、水、風、雷、土の 5属性の魔法である。入学後最初に行われる"魔法属性鑑定"で生徒は自分の主属性を知らされる。属性鑑定はあくまでも自分の主属性を知るための鑑定であり、たとえば火属性と鑑定されたからといって水や風魔法を使えないというわけではない。もちろん主属性との相性はあるが、生徒は自分の主属性に重きを置きつつ5属性全てについて学ぶことができた。
学校で学べる魔法は5属性についてだが、極めてまれにこの5属性以外を主属性として持つ者がいる。それがイヴリンだった。イヴリンは主属性に"光"を持っていたのである。
当時、国内に光属性持ちが現れるのは約200年ぶりということもあり、学校のみならず王宮、国中が彼女に注目していた。
イヴリンは勤勉で、通常行われる授業に加えて、光属性の魔法を扱えるようにするために王宮から派遣された特別講師による特別授業を放課後に毎日受けた上で、筆記試験では同学年にいた公爵令息や公爵令嬢に続く3位の成績、実技試験では学年首位の成績を常にキープしていた。
入学当初は、光属性を持つイヴリンを狙う者から守るために派遣された魔法師団員からなる護衛をつけられていたイヴリンだが、
「護衛をしていただき感謝しておりますが、自分の身は自分で守れます。実力をお見せしてご納得いただけたら護衛を外していただきたいのです」
とイヴリンの様子を確認し定期的に国王に報告している校長に嘆願し、入学後文字通り死に物狂いで学んだ魔法で護衛との勝負に圧勝したことで、入学からそろそろ1年経つという頃に1人で自由に行動ができるようになった。
そうなると放っておかなかったのが学校の生徒達である。
入学してから常に護衛と共に行動をしていたイヴリンに近づこうとする者はいなかった。イヴリンへの接近は特に禁止されていなかったが、護衛の気迫に圧倒され、声をかけたくてもかけられなかったのだ。
それが、イヴリンが同じ平民の特待生枠の少女に対して「よろしければ、昼食をご一緒にさせていただけないでしょうか?」と声を掛けたことが合図であったかのように、多くの生徒がイヴリンに声を掛けていった。
最初は戸惑っていたイヴリンも、時折り笑顔を見せるようになり、二学年に上がり、新一年生として入学してきた第二王子も含め、徐々に交友の輪が広がっていった。
ある侯爵令息いわく
「イヴリンのたまに見せる笑顔を見ると頭がぽーっとなってイヴリン以外のことは考えられなくなる」
ある男爵令嬢いわく
「遠くから見ていても可愛いのに近くで見たらもう信じられないくらい可愛くて、彼女にお願いされたら何でも叶えてあげたくなってしまう」
"可愛くて賢くて心根も美しいイヴリン"
もちろんそんなイヴリンをよく思わない者もいた。国王からも注目されているイヴリンに物理的な攻撃や嫌がらせをしようとは思わないが、少し嫌味くらい言ってやりたい……そう思って声を掛けた公爵令嬢も。
「私が間違っておりました。彼女は私が足元にも及ばない程素晴らしい女性でした。酷い言葉を吐いた私を寛容にも許してくれた……これからは何があっても彼女の味方でいますわ」
イヴリンに魅了されたのはもちろん生徒だけではない。教師や校長までも皆一様にイヴリンを褒め称えた。
誰もが彼女に魅了されていたのである。
しかし、その状況は隣国で起きた高位貴族令息籠絡事件によって少しずつ変わることとなった。
※※※
イヴリンが最終学年である三年生になった時、隣国アドリア国で事件が起こった。
事件の起こる1年前、隣国においても稀有な"光属性持ち"が現れる。男爵が平民の女性との間に作った隠し子であったその少女は、母親の病気を治したいという強い想いから光魔法を発動し、母親の病気を治すことができたのだ。
それがきっかけで"魔法属性鑑定"が実施され、正式に主属性が"光"だとわかったために男爵家に迎えられた当時13歳の少女は、"マリー"改め"マリー・ニュートン男爵令嬢"としてアドリア国の学校に通うこととなった。
ふわふわしたミルクティー色の髪にピンクの瞳を持つニュートン男爵令嬢は、身を守るために王宮に部屋を与えられてそこから学校に通い、同学年にいた第二王子につきっきりでフォローをされるようになる。
最初はおどおどしていたニュートン男爵令嬢だったが、次第に自ら積極的に高位貴族令息に声を掛けるようになり、気がつけば"自称ニュートン男爵令嬢の護衛"という高位貴族令息達が常に周りを囲み、皆一様に頬を赤らめうっとりとニュートン男爵令嬢を見つめる、そんな異様な状況になっていった。
それをよく思わなかったのはその令息達の婚約者達である。その中には第二王子の婚約者もいた。
節度を守って欲しいという再三の呼び掛けにも応じないばかりか、こちらを責めるようなことまで言い出した婚約者の様子に痺れを切らした第二王子の婚約者が「まるで何かの魔法にでもかかったようですの」と父でありアドリア国の宰相でもあるランカスター公爵にこぼした言葉がきっかけで調査が行われることに。
その結果、"自称ニュートン男爵令嬢の護衛"という高位貴族令息達が、ニュートン男爵令嬢によって何らかの魔法がかけられていることが判明した。未知の魔法ではあったが、調査に協力していたアドリア国の魔法学の権威の見解から、ニュートン男爵令嬢の使った魔法は他人を魅了して自分に好意を向けさせる魔法であるとして"魅了魔法"と名付けられた。
ニュートン男爵令嬢への取り調べが行われたが、未知の魔法である"魅了魔法"など当然誰かから教わったわけではなく、発動条件もわからない。ただし、歴代の光属性持ちの者が多くの人々を魅了していた史実から、
「光魔法には意図せず人を魅了する力があり、今回の事件はそれにより偶発的に起きてしまったものである」
という結論がなされ、意図せずとも高位貴族令息を籠絡し婚約者との関係を悪化させてしまった責任を取る形で、ニュートン男爵令嬢は平民に戻され国外追放されることになった。
「希少な光魔法を使えるからといっても、意図せず相手の心に作用する魔法を使い、未知の魔法ゆえ防ぐ方法もないとなると可哀想ではあるが国内には置いてはおけない」
これがアドリア国王の結論で、高位貴族令息籠絡事件の顛末であった。そして約200年ぶりの"光属性持ちの少女"がいるドリーミア王国に注意喚起が行われ、それを受けたドリーミア国王がロージニア魔法学校でも調査を行うことにしたのである。
※※※
イヴリンは監視がつけられた上で、調査が行われる日から終わる日まで自宅待機を命じられ、学校を休むことになった。
まず、魔法の痕跡を探す装置を学校の生徒や教師、校長に対して使ったところ、イヴリンが魔法を使った痕跡が見つかったのは1人の生徒だけであった。その生徒が言うには調査の一週間前に怪我をしていた所をたまたま通りかかったイヴリンに光魔法で治療してもらったという。
「ではイヴリンは魅了魔法を使ってはいないのではないか?」
「そうだ、痕跡が出たのは治療を受けた者のみということは魅了魔法は発動させていないだろう」
「いや、イヴリンは学校きっての実力者、魅了魔法の痕跡が残らないように未知の魔法で何か細工しているのではないか」
王宮での議論の結果、学校中の者から聞き取り調査が行われた。最初に聞き取り調査が行われたのはイヴリンの同学年の生徒達と教師達である。
「イヴリンについてあなたはどう思うか」
この質問を受けた者は皆一様に「イヴリンは素晴らしい」と語った。イヴリンがどれ程素晴らしいか、熱心に語る様は調査官の目に異様に映った。
「どんな美人でも誰からも愛されるということはありえない。どんなに賢く優しい人であっても必ず誰か批判的に思う人がいるはずだ」
ところが、調査官がいくら調査をしてもイヴリンを悪く言う者は誰一人としていなかった。
次に調査が行われたのは二年生の生徒だった。皆同じようにイヴリンを褒め称えたが、調査を進めていくと、その内容に少し変化が出てきた。
「イヴリン様は本当に素晴らしい人だと思います。ただ、会えなくなって2ヶ月経った今になると、なぜあんなにも慕っていたのかちょっと……。いえ今でもイヴリン様は素敵な方だとは思いますけど」
そのような発言が増えていったことを受け、調査から3ヶ月程経った頃に再度イヴリンの同学年の生徒や教師達に行ったところ。
「イヴリンは可愛くて賢くて優しい子なんです!彼女の笑顔を見るだけで苦しくなるほど胸が高鳴りました!こんなことは初めてで……そう、初めてだったんです。こんな風になったこと今までなかったのに……」
「公爵令嬢たる私が平民のイヴリンに対して謝意を述べ、慕っていただなんてもしかしたら隣国の事件のように……」
「実は前回の聴取では申し上げませんでしたが、イヴリン嬢に対する気持ちは教師にあるまじきものなのです。自分のものにしたいなどと!自分でも困惑をしておりましたが、昨今隣国の事件について聞き及びまして、よもや……と」
この調査結果を受け王宮で行われた議論の結果、
「イヴリンは魅了魔法を使っていた。治療の痕跡はやましいことがないことから隠さなかったが、魅了に関してはやましいことがあったからこそ、何らかの方法で痕跡を隠したのだろう。隠したということは意図的に学校中の者達を魅了したのだ。第二王子も魅了の対象に含まれていたことから、本件は国の一大事とも言える。イヴリンを直ちに捕縛しなければならない」
という結論に至る。国王からの正式な捕縛命令が発令されたその時、イヴリンの家を監視していた者から王宮へイヴリン一家失踪の連絡が入った。
すぐに魔法師団が捜索に当たったが、1ヶ月、2ヶ月経ってもイヴリン一家を見つけることは出来なかった。国王はイヴリンは他国へ一家揃って逃げたのだとして捕獲を諦め、二度とドリーミア王国に入国してはならないという入国禁止命令を発令し、これをもってイヴリンの3年に及ぶ"魅了事件"は一応の幕引きをすることに。
被害者となった学校の生徒や教師達はお互いを慰め合うことで立ち直り、事件を乗り越えていった。
アトラスタ帝国が驚くべき研究結果を発表したのは、イヴリン一家が失踪した2年後のことだった。
その内容は『魅了魔法の真実』。
※※※
平民の家庭で育ったイヴリンは、自分の力で愛する両親の暮らしを楽にしたいと、平民にも解放されていた図書館の本を独学で学び、ロージニア魔法学校に入学を果たした。ロージニア魔法学校に入学し、優秀な成績で卒業が出来れば平民でも給料の良い仕事に就けることが約束されていたためである。
気合いを入れて入学したものの、"魔法属性鑑定"によってイヴリンの生活は一変してしまった。
まさか自分に光属性があるなどと夢にも思っていなかったイヴリンは、国から派遣された特別教師の指導で毎日居残りをさせられ光魔法の習得をしなければならなかった。
平民は優秀な成績で学校を卒業しなければ良い仕事に就くことが出来ないため、光魔法の特別授業を受けながらも通常の授業について寝る間も惜しんで勉強した。その甲斐もあって良い成績を維持することは出来たが、四六時中"護衛"の名の下に大人の男性に囲まれて行動しなければならないことは、仕方がないこととは言え、平民のイヴリンには辛いことだった。
そのため、これもまた死に物狂いで魔法の実力を磨いて「護衛なしでも大丈夫です!」という主張が認められ護衛を外してもらったが、その頃には入学から1年が経とうとしていた。
イヴリンには入学前に思い描いていた夢があった。せっかく魔法学校に入学するのだから、1人でもいいから生涯の友と言えるような人との出会いが欲しいという夢が。
自分の一挙手一投足を監視するように囲んでいた護衛はいなくなり、まだ学校生活は2年残っている。今が夢を叶えるその時だ。イヴリンは遂に夢への第一歩を踏み出す決意をする。
(同じ特待生枠で入学したベラさん、彼女の事が気になっていたのよね。彼女が持っている押し花の栞とても素敵!仲良くなれないかしら。よし、まずは行動よイヴリン!昼食を一緒に摂りたいと誘ってみましょう!)
緊張しながらも思い切ってベラに話しかけると、ベラは快く話に応じてくれた。ベラと仲良くなると、次々に生徒から声を掛けられ、あっという間に常に周りを生徒達から囲まれる状況が続いた。
(ありがたい、こんな風に話しかけていただけるなんて。貴族の方々にはどうしても気が張ってしまうけど、良い仕事に就いたら貴族の方と接する機会は多いわ。せっかくですもの、貴族の方への接し方を学ぶのよ!)
そうして、真摯に誠実に節度を持って接する事を心掛けながら貴族令息や貴族令嬢と接したイヴリンの交友の輪はどんどん広がっていき、3年生に上がる頃にはあの状況が出来上がっていた。
そして隣国の事件が起きたのである。
いつも通り学校に行く支度をしていたイヴリンの家に王宮から使者がやってきた。
「イヴリン嬢、しばらく学校への登校は控え、家からも出ないようにしていただきたい」
なぜ?と理由を尋ねれば隣国の事件について説明され、私にも魅了魔法を使っているのではないかという嫌疑が掛けられていることを告げられた。「調査が終わるまで学校へ通う事も家から出る事も禁止されています」と言われ、そのまま私は学校を休むどころか自宅軟禁の状態になってしまったのである。
「イヴ、私達はお前を信じているよ。お前はそんな事をする子ではない」
「そうよイヴ、お父さんとお母さんがついているからね」
「お父さんお母さん、ありがとう。調査をしていただければ明らかになる事ですもの。その時を待つわ」
だが万が一があるかもしれない。冤罪で断罪されるなんて事があれば自分も両親もただでは済まないだろう。
そう考えたイヴは、光魔法の"遠視"を使って、王宮で行われる自分に関する会議を覗く事にした。
会議では、イヴリンの魔法の痕跡が見つかったのは、先日治療をした1人の生徒だけであったことについての報告がされているところだった。
「ではイヴリンは魅了魔法を使ってはいないのではないか?」
「そうだ、痕跡が出たのは治療を受けた者のみということは魅了魔法は発動させていないだろう」
(良かった!無実がちゃんと証明されたわ……!魔力痕判定装置と開発者様感謝致します!)
「いや、イヴリンは学校きっての実力者、魅了魔法の痕跡が残らないように未知の魔法で何か細工しているのではないか」
(えっ何言ってるのかしら?この人。そんな事できるわけないでしょ?まさかこんな戯言他の聡明な方々は真に受けたりしないわよね?)
そのまさかが起こる。あれよあれよという間に雲行きが怪しくなっていく会議の様子を受け、イヴリンは両親に会議を覗いていたこと、その内容について打ち明けることにした。
「イヴ、確かに国の会議を覗き見るのはいけないことかもしれないが、自己防衛のようなものだ。そのことで国中がたとえお前を批判したとしても私達だけは責めないよ」
「イヴ、辛かったわね。私達に教えてくれてありがとうね」
「お父さんお母さん、ごめんなさい……ありがとう。このままだと明日の会議で私の捕縛命令が出るはずよ。証拠もなしに無実の私を捕まえて罪に問おうだなんて」
「その顔はイヴ、何か考えがあるんだね?」
「えぇ、お父さんお母さん、私アトラスタ帝国に行きたいの。一緒に来てくれる?」
「なるほど、あそこなら確かに!もちろん一緒に行くよイヴ、なあマリア」
「えぇ、あなた。イヴ、大丈夫よ私達がいるからね」
「2人ともありがとう!大好きよ!」
ここまで来て捕縛命令が出ないことはないとは思うが、もしかしたら正しい判断を最後の最後に下してくれる可能性もゼロではない。
国からは光魔法の"転移"さえ使えばあっという間に脱出出来るため、わずかな希望に賭けて会議の結論が出るまで待つことになった。
その結果は……。
※※※
「いやー賢明な判断だったわねイヴリン。帝国に来て正解よ。おかげで自分で無実を証明できたんだから」
「ありがとうベラ。ここにいるみんなのおかげよ。それにしても何だったのかしらね?何かしらの方法で魔力の痕跡を隠しているのではないか?だなんて。光魔法は何でも出来るわけではないのよ!」
「まぁ俺はそう言い出した人の気持ちもわからないでもないけど」
「えっなんて事言うのよジョナサン!」
「だってそもそもロージニア魔法学校に入れる平民ってそれだけでも優秀だろ?ベラもだけどさ。それでイヴリンは貴族がほとんどの中で学年の筆記試験で常に3位、実技試験ではトップだったんだろ?他の人より授業量も多くされた上でそれ。化け物みたいなもんじゃ……」
「もうイヴに失礼なこと言わないで!イヴは頑張り屋さんな天才なんだから!」
アトラスタ帝国の国立研究所の一室。イヴリン一家が転移してきた国こそ、このアトラスタ帝国であった。
アトラスタ帝国は貴族平民問わず、実力次第で成り上がる事が出来る実力主義の国である。イヴリンはここであれば自分に対して正しい評価を下してもらえるのでは?と考えアトラスタ帝国への移住を考えたのだ。
入国審査では正直に自分の身に起きたことを話した。アトラスタ帝国の入国審査は厳しく、嘘をついてもすぐにばれてしまう。事情を聞いた入国審査官は菫色の優しい瞳でこちらを見つめて言った。
「我が国のこの嘘発見装置は優秀でね、この装置に関してはどんな魔法も通じないんだ。これによると君は嘘をついていない。あの学校でそこまでの成績を維持していたなんて本当に努力をしたんだろう。そうやって今まで必死になって築き上げてきたものを置いてこの国までやってくるのは勇気もいっただろうし、相当悔しかっただろう」
入国審査官の言葉で、ここにきて初めてイヴリンは泣くことが出来た。生まれ育った国を離れなければいけない、未知の国に飛び込むことへ葛藤もあった。
遠視によって自分に関する生徒達の証言した内容を聞いて、必死に努力した月日、作り上げてきた交友関係がなくなってしまったのだと知ったあの瞬間のやるせない感情。最後まで自分を信じてくれる両親がいなければ耐えられなかっただろう。
「イヴリン嬢、並びにご両親、アトラスタ帝国は皆さんを歓迎致します。ようこそアトラスタ帝国へ。イヴリン嬢、あなたのご活躍に期待しています」
こうしてイヴリン一家はアトラスタ帝国に入国を許された。イヴリンは帝国の国立研究所の研究員になるための試験を受け、見事に突破する。イヴリンが研究員になりたかった理由は給料が高いことだけではない。そう、自分に着せられた汚名を晴らしたかったのだ。
イヴリンは魅了魔法の研究をすることにした。まず行ったのが、アドリア国を追放されたマリー嬢を探すことであった。何とか見つけ出すことが出来たマリー嬢は、帝国から見て東にある小国で母親と共に暮らしていた。そして協力金と引き換えに研究へ協力してもらうことに成功したのだ。
研究を始めて2ヶ月経った頃、新しい研究員が来た。何とそれがロージニア魔法学校の同級生"ベラ"だったのだ。
「みんなおかしいわよ。いきなり手のひら返してさ、私は魔法を使われていたのか!だなんて。イヴに限ってそんなことあるわけないじゃないの。イヴは天才だけど出来ることに限度はあるわ!未知の魔法の開発して魔力の痕跡を隠しているのだ!とか何言ってるんだか」
だから両親を説得してイヴリンの後を追ってアトラスタ帝国にやってきたのだという。いつか、もしこの国で良い職に就けないなんてことがあれば帝国に行くわ!とイヴリンが言ったことを覚えていてくれたのだ。
「ベラ……私の事信じてくれてありがとう。ベラだけにはお別れの挨拶が出来なかった事、後悔していたの。ベラだけが一貫して私を信じていたから。でも、これからもあの国で暮らしていくベラとはもう関わっちゃいけないんじゃないかって」
「馬鹿ね、イヴを信じなかったあの国に未練はないわ!この国で私も成り上がってやるわよ!さぁ、早速イヴの研究を手伝わせて!」
「ベラありがとう、連絡できなくてごめ……」
「ごめんねはなしよ!連絡出来なかった事情はわかっているつもりだから。私達友達だもの!さあ始めましょう!」
「ベラ……。わかったわ、本当にありがとう!」
イヴリン、ベラ、そしてイヴリンと同期入所のジョナサンの3人で約2年の研究をした結果、魅了魔法について解明する事が出来た。
結論から言うと、魅了魔法は光魔法ではなかった。光魔法と同じく稀有な魔法、"闇属性"の魔法だったのだ。
あれからマリーの魔法属性鑑定を改めて行った。帝国の鑑定装置はドリーミア王国やアドリア国よりも高性能で、その人が持つ全ての属性を判定する事が出来た。たとえば、主属性の火は90、水が10、風40、雷30、土25……といったように数値が出る。
マリーの鑑定をしたところ、マリーには"闇属性"があることがわかった。
それからはマリーが無意識に行っていた魅了魔法の発動条件を研究することに。その結果、この人に好かれたい、魅力的に見られたいという気持ちを持った時に魔法が発動していることがわかった。
次に行われたのが、魅了魔法の属性を調べることだった。魔力の痕跡を調べる装置は、誰の魔法か調べることは出来ても何属性の魔法か調べることまでは出来なかった。通常、人に魔法を掛けようとする時は自分が一番得意な主属性の魔法を掛けるため不要と考えられていたのだ。
そのための装置を開発し、魅了魔法が"闇属性"による闇魔法であること、闇属性持ちとその他の人が安心して暮らせるように魅了魔法制御道具を作っていたら、あっという間に研究から2年が経っていた。
こうしてアトラスタ帝国によって大々的に発表されたのが、先の『魅了魔法の真実』であった。
この研究発表は最後このように締められていた。
『……なお、イヴリン主任研究員の属性に"闇"はなかった事実をここに記しておくものとする』
※※※
この発表を受けて国に動揺が走ったのは言うまでもない、ドリーミア王国である。
自国よりも魔法の研究が進んでいる帝国が国として正式に発表した内容は疑いようもない。となると、こういうことになる。
"イヴリンは魅了魔法など使っていなかった"
そうである。闇属性を持たないイヴリンが魅了魔法を使うことは出来なかったのだ。
「会えなくなって2ヶ月経った今になると、なぜあんなにも慕っていたのかちょっと」といった令嬢。時間が空いて少し浮かれていた気持ちが落ち着いただけであった。
「イヴリンは可愛くて賢くて優しい子なんです!彼女の笑顔を見るだけで苦しくなるほど胸が高鳴りました!こんなことは初めてで・・そう、初めてだったんです。こんな風になったこと今までなかったのに」といった令息。ただこの令息にとってイヴリンが初恋であっただけである。
「公爵令嬢たる私が平民のイヴリンに対して謝意を述べ、慕っていただなんてもしかしたら隣国の事件のように」といった公爵令嬢。イヴリンの人柄に魅了されていただけだった。
「実は前回の聴取では申し上げませんでしたが、イヴリン嬢に対する気持ちは教師にあるまじきものなのです。自分のものにしたいなどと!自分でも困惑をしておりましたが、昨今隣国の事件について聞き及びまして、よもや……と」こう証言した教師に至っては、教師にあるまじき感情を抱くくらいイヴリンに惹かれていただけ。
誰もが彼女に魅了されていただけだったのだ。
発表を受け、ある令嬢はイヴリンを信じきれなかったことを後悔し、またある令息は自分を魅了魔法の被害者としてアピールしていたことが仇となり、羞恥心から家に閉じこもり、ある教師は教職を辞めてしまったという。
国王も、浅はかな判断を下し、無実の少女を冤罪により捕らえようとした結果、国にとって将来有望な人材を流出してしまったことを後悔し、これを教訓にして最新装置の購入や開発に注力し、人を罰する時もより一層慎重に判断するようになったという。
※※※
「さてと、イヴそろそろお迎えが来るんじゃない?」
「えっもうこんな時間⁈大変!ベラ、ジョナサンまた明日ね!お疲れ様でした!」
「おう!デート楽しめよ!」
昔よりも少し伸びた相変わらずふわふわのピンク色の髪をなびかせ愛しい人の元へと急ぐ。優しいミルクティー色の頭が見えた。相手はイヴリンに温かい言葉をかけ、傷ついた心を癒してくれたあの……。
「ウィリアム!お待たせしてごめんなさい!」
「イヴ!大丈夫、俺も今来たところだよ。そのリボン、着けてくれたんだね。可愛い、似合ってるよ」
「ありがとう!嬉しいわ!」
ウィリアムの瞳の色と同じ、菫色のリボンを着けたイヴリンはもうあの日のように泣くことはない。これからも大切な人達と共にアトラスタ帝国で生きていきたい。
至らない部分が多々あったと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
また、ご感想や評価、誤字報告をいただき重ね重ね感謝いたします。