本日の来訪者:大和ふみかさん
内嶺県空満市からこんにちは! 倭文野穏万喜です。僕は空満市の空満大学 (そのまんまですよね) で事務助手として働いています。空満駅から徒歩二十五分の国原キャンパス内、研究棟二階「日本文学国語学科共同研究室」にて、キーボード叩いて、電話取って、書庫整理して、お湯を沸かしてなどいろいろやってます。ここでは、調べ物やレポート作成・卒論執筆だけでなく、学生さんと先生方との交流もできます! ごはんやおやつに寄ってくださるのも熱烈歓迎です。
お、今日のお昼休み来訪第一号は……?
「失礼します」
大和さん! おつかれちゃんでーす♡ ひとり?
「あ、はい。皆立て込んでいるみたいで」
良かったら、奥で僕と昼食べない?
「いいですよ」
やったー! 活動の話は、いろんなところから聞いてるわよ。「日本文学課外研究部隊」すごい頑張ってるってね。この間は、図書室のビブリオバトル優勝したんだったわね。おめでとー。
「い、いや、あれは私じゃなくて、華火ちゃんです」
えー、全員参加していたんじゃない? 人前で本の紹介するって、めちゃんこ緊張するわよ。大和さんが出た、っていうのが、先生方びっくりしていたわ。
「空気が、ね。私だけ不参加は、おかしいというか」
『五瓣の椿』だったよね、渋い路線をいっちゃって。現役の時読んだけど、終盤つらくなってきて犯人の負の感情に引きずられたのよ。「恨みの椿、咲かせます」はぐっときちゃうわー。あ、エビフライコッペだ。購買の。
「これしか無かったんですよ。ひじきが欲しかったんですけれど、需要少ないのかな」
ひじきマヨサラダのコッペね。あれもたまに食べたくなる。エビフライ、よくない? 若いんだもん、がっつり食べないと。
「倭文野さんだって、充分若いでしょ。とんかつ弁当」
うふふー、昨日の残りー。奥さんがね、張り切って大量に揚げてくれたの! カツ丼風よ! ラブパワーこってり!
「幸せそうですね」
ありがとー♪ ごめん、内線だわ。適当に冷蔵庫のつまんでっていいからね。ゼリーあるよ、教育実習のお土産ね。パン一個じゃ、足りないわよ。
はい、倭文野ですー。時進先生!? ええっ! はい、はい、ただいま!!
「なんか、事件ですか。また貧血?」
沈没よ……。よくあるの、先生の研究室、本積みまくっているから、倒れてくるわけ。
「あんまり大切にしないんですね。本持ち歩いているのに」
誤解しないであげてよー。先生は忙しくて片付けできないだけなの。奥さんと息子さんがたまに掃除しているんだけどね、文献が増える一方なんだわ。
「先生、まめな印象に思っていたのになあ……」
僕も。仕事していると、先生方のいろんなところが見えてきて、面白くはあるけどね。倭文野、ちょっくらレスキュー行ってきますわあ。大和さん、アイスも入っているからね! 食べなー!
事務助手が出ていくと、入れ替わるように矢が長椅子に刺さった。鏃が吸盤だったので、壊されることはなかったが。矢には、「大和ふみか殿」と達筆で書かれた手紙が結ばれてあった。
【師走篇の鍵となる言葉その一:棚無和舟】
え、なに? これ、私が説明しなきゃならないの? はあ……まあ、やりますよ、やればいいんだよね、やるよ。
また読みにくい名前だよなあ。「たななし おふね」さん、なんだって。女の人、らしいよ。んーと、まゆみ先生の師匠なんだ……う、うそ、あのまゆみ先生に師匠が。いや、いておかしくないか。あ、まゆみ先生は、私の学級の担任ね。あと、「日本文学課外研究部隊」の顧問。
棚無先生、でいいのかな。先生が、私たちにどんな形で関わってこられるかは分からないけれど、まゆみ先生のことで何か知っていそうな予感がする。まゆみ先生が「特別な力」を宿すきっかけとなった十二年前の出来事、または、この世ではありえないことを叶える「呪い」について詳しかったらありがたいね。
そういえば、まゆみ先生は棚無先生の影響を多少なりとも受けているんだろうか。たぶん『萬葉集』が専門だよね? 特別講義でお会いできるのかな……。うーん、なんだろう、むずがゆくなってきた。え? 趣味は貝殻で装飾品を作ること、好きな食べ物は天ぷら、特に海鮮入りかき揚げ。年配の人っぽいよね? 脂っこい物いけるんだ。すさまじくお元気そうだなあ……。
よし、食べるの再開しよっと。昼に揚げ物は無いな、と思っていたんだけれど、棚無先生には負けられないね。