第3章「白の地」 第1部〜アルケス〜II
目を開けた僕の視界に映ったのは、2つの青く輝く光だった。
それはまるで日差しを受けてきらめく海のような美しい瞳だった。
青い目の少女が僕を見ていた。
少女の髪は白のような銀色のような不思議な色をしていて、まるで自ら光を発しているように輝いている。
まだ幼さを残す少女は、僕ににこりと微笑んでくれた。
僕は見たこともないような真っ白な布の上に横たわっていた。
その布はどこかに吊るされているのか、地面から離れたところにあって、それはまるで宙に浮くベッドのようだった。
布の肌さわりはうっとりするほど滑らかだった。
手の感覚に意識を戻すと、僕が掴んでいたのが彼女の手であることに気づき、僕は咄嗟に手を振り払うように離してしまった。
ハッとして少女の方を見るが、少女は気を悪くする様子もなく、優しげな笑みを浮かべたままだった。
少女は立った状態で、僕を覗き込むように佇んでいた。
僕が何か言おうと口を開くと、少女はもう一度微笑み言った。
「大丈夫です。すべて聞いてあります」
柔らかくまるで楽器のような美しい声だった。
「私の名前はフローライトといいます」
フローライト、僕は呟くように繰り返した。
あまり聞き馴染みのない響きだったが、なんとなく少女に似合っている名前だなと思った。
それにしてもこの少女、フローライトもこれまで見てきた人間とは異質の雰囲気を纏っていた。
不思議な髪の色や目の色だけでは説明できないような、人間とは違うなにかを感じる。
まるで透き通っているかのようなその透明感だろうか。
考えながらフローライトを盗み見ていると、彼女はこちらを見て言った。
「あなたはシュカですね」
フローライトの言葉に、僕は少し驚く。
彼女は続ける。
「門番から聞きました」
僕はあのいくつもの色でできた扉で聞いた声のことを思い出した。
あのくぐもった地響きのような声の彼が門番なのだろうか。
あの扉の中に入って、気づいたらここにいる。
ここは一体どこなのだろうか。
フローライトと名乗る彼女は何者なのだろうか。
先ほどまでのあの道のりはなんだったのだろうか。
次々に疑問が浮かぶ僕の心象を見透かすようにフローライトは優しげに微笑み言った。
「大丈夫ですシュカ。私がすべてお教えします」
包み込むような笑みと柔らかな声に、僕の身体の力が抜けて行くのを感じた。
同時に身体の感覚が目覚める前と随分違うことに気づき、僕は驚いてシーツのような白い布をめくり、自分の身体を見渡した。
あの森で泥に汚れた身体は、まるで洗いたてのように汚れひとつなく、いつも体に漂っていた悪臭も全くしない。
擦り切れ汚れた衣服は、いつの間にか新しい衣服へと変わっている。
その衣服は、このベッドのような白い布とよく似ていて僕の肌を優しく包んでいた。
擦りむいたはずの足も今は傷一つなくなっている。
不思議なことに大人たちに殴られてできた消えなかった傷や傷跡もまっさらに消えていた。
そしてこれまでずっと立ち上がるのも難しいほど力が入らない貧弱だった僕の身体は、今は力に満ちているような感覚だった。
「立ち上がってみますか?」
フローライトが少し離れたところから僕を見ている。
僕は少し躊躇していたが、その白いベットから地面へと足を踏み出した。
立ち上がった僕は、先ほどよりも強く、自分の身体に満ちる力を認識した。
いつも震え、立っているのもできないくらい細々としていた僕の足は、今は僕の身体をしっかりと支えてくれており、その体幹は全くぶれない。
腕にも力が自然と入り、奴隷として重たい荷物を運ばされていた時代を思い出した。
今ならきっとどんなに重たいものでも持てるような気がしていた。
走り出したいほどの身体の爽快さに僕の身体は疼いた。
初めての感覚だった。
僕は荒く呼吸をしながら、手や腕、足に力を入れて、動かして、を繰り返していた。
フローライトのくすくす笑いで、僕は彼女の存在を思い出す。
「あ、ごめんなさい」
気恥ずかしさと彼女を待たせていたことに僕は謝る。
彼女は面白そうに笑いながら首を横に振った。
「いいんです。身体が軽くなってびっくりしたでしょう」
「これは一体……?」
「回復魔法です。アクアリアがしてくれました。アクアリアは青の地の方なのですが、いまでもアルケスに時々来てくださるんです」
回復魔法、アクアリア、青の地、アルケス。
聞いたことのない言葉たちに僕が戸惑っていると、フローライトは言った。
「なんのことやらって感じですよね、ごめんなさいね」
眉を少し下げながら笑う彼女の容姿は、僕よりも幼いように見えるが、その口調や佇まいは随分と大人びて見える。
彼女は一体何者なのだろうか。
僕の疑問に答えるように、彼女は言った。
「シュカ、私はいわばあなたの案内役です。これからあなたにこの地のことをお伝えしますわ。」