第2章「シュカ」 第3部~仄暗い森の中で~
僕は白い光の導く方へと歩いていた。
いや、歩いているというよりも、それは運ばれているような感覚だった。
僕の歩幅に合わないほどの異常な速さで、身体は前へ前へと進んでいく。
その進みは、不自然なほど一定で、滑らかだった。
不気味に感じた僕は歩みを止めようとしたが、僕の意思に反して、足は交互に前へ前へと進み、身体も先へ先へと運ばれていく。
やがて僕は考えることを放棄して、身体の力を抜いた。
夜空から滑り落ちる流れ星のように、白く煌めく砂の上を僕は運ばれていった。
しばらくすると白い砂の地の先に、暗い色をした場所が見えてきた。
身体はそこにどんどん近づいていく。
やがて見えたその場所は、大きな大きな森のような何かだった。
森のような何か、僕がそう感じたのは、それが今まで見た森とは何かが違うという違和感によってだった。
その違和感が、まるで生き物かのような木々の蠢きからきているのか、そこから漂ってくる異常なまでに静かでひんやりとした空気への恐怖が生んだものなのかは、わからないまま、僕の身体はその中へ吸い込まれていった。
光がほとんど差し込まない森は仄暗く、まとわりつくような湿り気と、ひやりとした空気に囲まれていた。
僕の進む先を示す白い光がかすかに照らす地面はぬかるんでいて、粘り気のある冷たい泥が僕の足の指の間にぬるりと入り込んでくる。
見上げると、わずかな光が照らして見える木々の葉の色は、黒と紫を混ぜ合わせたような奇妙な色をしている。
鳥や動物の声ひとつしない森には、時折風に揺られた木々のざわめきと、ぺちゃぺちゃという僕の足が立てる粘着質な音だけが響いた。
たまに、盛り出た木の根を踏んで転びそうになりながらも僕は進んだ。
どれくらい経っただろうか。
奥へ進むほど樹木は茂り、空から差し込む光は減っていった。
最初はそれぞれの木を目視できるほどだった明るさは、少しずつ確実に暗くなっていき、やがて視界はほとんど真っ暗になった。
相変わらず、森の中はとても静かで、生き物の雰囲気は感じられない。
心臓は、冷や水をかけられたかのように収縮している。
これまでの人生で暗闇を苦手だと思ったことはさほどなかったが、何も見えないまま何処かへと運ばれていく無力さと、底知れぬ不穏な森に包まれている恐怖に僕は支配されていった。
僕はただわずかに見える、進む先を照らす白い光だけを見つめ、前へと運ばれていった。
どれくらい経っただろうか。
森は依然として終わらない。
目は暗闇に慣れてきたはずなのに、なにも見えない。
足元を照らしてくれていた白い光も、もう見えない。
しかし身体の進みは止まらない。
陰鬱とした冷気と静けさはどこまでも重く、鳴り止まない僕の心臓を圧迫するかのようにのしかかってくる。
足首まで冷たい泥がまとわりついた足は、木の根につまずいても痛みを感じないほど、感覚を失いつつあった。
どのくらい経っただろうか。
いつからか、不思議な感覚が訪れるようになった。
時折、まるで一瞬眠っていたかのような感覚が僕を襲う。
自分がどこにいて何をしているかがわからなくなるような、自分が自分の身体にいることを忘れてしまうような不思議な感覚。
最初は気のせいかのように思えたが、その感覚が訪れる頻度は少しずつ上がっていった。
奇妙な感覚だ。
意識がなくなるかのような、身体の感覚がなくなるような、不思議な感覚。
眠っているような、注意が散漫して考えられなくなるような、よくわからない、わからない感覚。
そして、いつものごとく盛り出した木の根につまずいた瞬間、僕は感じた。
自分が誰かに蹴られたかのような、鈍い痛みを。
僕はハッとして意識を取り戻す。
今のはなんだったんだ。
驚く僕の身体に、先ほどの痛みはない。
しかし僕は、誰かに蹴られた感覚を確かに覚えていた。
次の瞬間、僕は、僕の身体の上に何かが乗っていることに気づいた。
何かは、平べったい僕の身体の上を踏みしめながらスルスルと進んでいる。
それは小さいが、私の身体の上にいる異物として強く認識できた。
2つの足が私の身体を抉るように歩いているのがとても不快で、私はその存在に嫌悪を抱いた。
気持ち悪い、叩き潰してしまいたい。
どうしようか、この異物を。
そうだ、身体に取り込んでしまおうか。
次の瞬間、闇に落ちるような感覚が僕を包んだ。