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第2章「シュカ」 第2部~青と白の世界~

眩しさにくらむ目が少しずつ慣れてくると、どうやらその光が上の方から差していることがわかった。

見上げると、僕が入れられていた箱の天井が、僕の身体の幅ほど丸く切り取られていた。

その部分からは、まばゆいほどの光が差し込んできて、ずっと暗闇の中にいた僕の開ききった瞳孔を躊躇なく刺激する。

僕は目眩を感じてしばらくうずくまっていたが、やがて光に惹き寄せられるように、丸い穴から這いあがるように箱の外へ出た。


外は、どこまでも広がる青と白の世界だった。


海は、昨日見た紺碧の空のような色ではなく、より鮮やかで、薄く、見たこともないほど澄み切った色をしていた。

空からの光を掴んで取り込もうとしているかのように、何度も何度もさざめく波が立てる音は、なぜか僕の心を解きほぐした。

そして、その海の境界からは、白い砂でできた大地が広がっていた。

砂は混じり気のないほど透き通った色をしていて、光が当たると、まるで虹のような煌めきを放っていた。

風がその砂を通り抜けるたび、辺りには不思議な音が響く。

それは一度だけ、遠くから聴いたことのある、琴の音色によく似ていた。

僕が詰められていた箱は、海と砂の大地の境界に置かれていた。


今までの人生で空を見上げたことなんて数えるほどであったから正確にはわからないけれど、

白がかった淡い青色の空と、そこに浮かぶ太陽のようなものの控えめな光から、今が朝であることが分かった。

光を放つ太陽のようなものの不思議な色彩と、蠢くような空の奇妙な動きに目を奪われ、僕は不思議な気持ちで佇んでいた。


その時、背後に気配を感じ、僕は振り返った。

先ほどまで誰もいなかった砂の大地の先に、一人の存在が立っていた。

突如として現れたその存在の背後からは朝日よりも強い白い光が差していて、容姿はよく見えなかったが、身に纏っている鎧のような衣服の装飾と、その端正な曲線から彼女が女性であることが分かった。

彼女は言った。


「手短に話す。お前には義務がある」


凛々と響く声は、反響するように幾重にも重なって聞こえる。

場を制するような声は続けた。


「ここはお前が暮らしていた世界ではない。お前は我々が住むこの世界で、義務を与えられた。お前はただ、言われたとおりに動けばいい。問題は、お前がその義務を引き受けるか、拒否するかだ」


彼女は一旦言葉を区切ると、左腕を僕にかざした。

瞬間、僕の身体から力が抜け、僕は砂の上に崩れ落ちた。


「先ほどまでお前には私の力を分け与えていた。お前は本来であれば、生き長らえるための力をもう持ってはいない」


ついさっきまで立ち、歩くことが出来た僕は、昨日までの僕がもう立ち上がることもできないほど衰弱していたことを思い出した。

身体は老人のように弱々しく、呼吸をするたびに小さく揺れる。

枯れ枝のように細い四肢は、寒さでカタカタと震えていた。

軽いはずの身体は、地面に沈み込むほど重く感じ、頭は割れんばかりの痛みに支配されていた。


「お前が義務を引き受けるのなら、もう一度お前に力を分け与えてやる。しかし引き受けないというのならば、お前をここに置き去りにする」


ただ懸命に空気を吸い込むことしかできない僕の口に、砂が吸い込まれては溜まっていく。


「ここは海辺だ。夜になると潮は満ち、お前の身体は少しずつ海に沈んでいく。お前は動くこともできないまま、水に飲み込まれ、足掻きながら死んでいく」


肺に入り込んだ砂に咳き込みそうになるも、咳き込むほどの力が、喉には残されていなかった。

息をするたび、肺の中で砂が擦れる音がする。


彼女は右腕を僕にかざした。

瞬間、重力が消えたかのような感覚が僕を包んだ。


「選べ人間。義務を引き受けるか、ここで死ぬか」


彼女は少しだけ僕に近づいた場所で、僕を見下ろしていた。

先ほどよりも彼女の姿が鮮明に見える。

空と同じ色をした彼女の髪が風になびく。

肌はまるで血が通っていないかのように青く、白く、透き通っている。

髪と同じ色の瞳は、冷たい光を放ちながらも、さっき見た海のようにきらきらとしていて、僕はただその煌めきに目を奪われていた。

僕は砂だらけになった口を開いた。


「どちらでも、どちらでもいいです」


彼女は光で霞む視界でもわかるほどの鋭い目で僕を見つめた。


「どちらでもいい?それがお前の答えか」


僕は頷いた。

彼女は僕を殴る大人のような不機嫌な表情を浮かべたが、すぐ僕から視線を外した。


「それならそれで良い。お前には義務を遂行してもらう」


彼女はもう一度僕に右腕をかざした。

瞬間、身体に力が湧くような感覚が僕を包み、視界に鮮明さが戻った。

身体の震えは止まり、痛みは引き、震えは止まった。

僕が身体を起そうとすると、彼女は僕に背中を向けた。

彼女の背中に黒い羽のようなものが生えていることに気づいて、僕はやはり彼女が人間ではないことを確信した。

彼女は言った。


「お前はまずアルケスという名の地へ向かえ。進む先は光が示す」


足元を見ると、青白い光が僕の前方に向かって伸びていた。


「アルケスに着いたら、後はその地の者の指示に従え。私の役目はここで終わりだ」


彼女は振り返らずに言った。


「質問があれば応えてやる。ただし1つだけだ」

光を帯びた羽をなびかせる彼女は、昔一度だけ見た教会のガラスに描かれていた天使によく似ていた。

僕の口から言葉が漏れ出た。


「あなたは天使ですか?」


瞬間、彼女の羽が逆立った。

背後から差す白い光越しにもわかるほど鋭い彼女の眼力に、僕は身体が硬直するのを感じた。


しかし数秒後、彼女は無言のまま、僕に背を向けた。

羽を広げ、しばしの間風を待つかのように身体を少しくねらせ、やがて地面を軽く蹴ると瞬く間に空高く飛び去った。

彼女がたてた風に舞う砂が、激しくも綺麗な音を立てる。

僕は少しの間、ぼうっとしながら立ち尽くしていたが、やがて白い光の導く方向へ歩き出した。

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