第3章「白の地」 第6部〜昏き森〜IV
金属音が反響し、頭を殴られたような衝撃と酷い耳鳴りに、僕はしばらくうずくまることしかできなかった。
僕を庇うフローライトの柔らかくも体温を感じない冷たい肌が不思議と心地よくて、僕は我を忘れてただ呆然と身を委ねていた。
僕を現実に引き戻したのは、ヴィクトリアの驚きと悲痛に満ちた鋭い声だった。
「ケテル!?」
フローライトもそれに反応し、僕から離れる。
彼女の身体には傷一つなく、どうやら無事なようだった。
しゃがんだままの体勢で、ふと視線を前方に向けると、ぼとりと赤黒いものが地面に落ちるのが見える。
見上げると、そこには無数の矢が身体に刺さった変わり果てた姿のケテルがいた。
彼の透き通るように白く光沢を帯びていた美しい羽は、深々と刺さった矢とその傷口から漏れ出す赤黒い血液で染められ、その姿はまるで地面で朽ち果てた薄汚れた鳥のようだった。
こちら側を向き羽を広げて立ち尽くしているケテルを見て僕は初めて、彼が身を呈して僕を守ってくれたのだと気づき、思わず息を飲んだ。
一拍遅れて、ケテルが糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
それを支えたのはヘイムダルだった。
ヘイムダルはケテルを抱きかかえるようにしてゆっくりと地面に横たえると、初めて見るような真剣で、悔しそうな表情でケテルに語りかけた。
「すまない、俺が判断を間違えた。
俺が切り込んでいかなければこんなことに……」
ケテルは虚ろな目で空を見ている。
ヴィクトリアが、アーラに向けて剣を構えたまま叫んだ。
「あの大掛かりな攻撃をした後だ、アーラは今魔力が切れている。
フローライト、今のうちにケテルを治療できるか?」
アーラのいる上空を見ると、彼女は相変わらず鋭い眼光と憎悪を放ちながらこちらを見つめているものの、攻撃してくる様子はなく、ただ佇んでいた。
よく見ると彼女の息は上がっており、呼吸に合わせて大きく肩も上下している。
彼女から出ていた赤黒いオーラのような光も、やや弱々しくなっているのがわかる。
ヴィクトリアの言葉に、フローライトがケテルの前に跪きながら答えた。
「闇の力が弱まっているので、今ならケテル様を治療できます!」
フローライトの言葉に、ヘイムダルが安堵したように表情を緩めた。
「よし、頼んだぞフローライト」
フローライトがケテルに向かって両手をかざし目を瞑ったその時、ケテルが彼女の手を制すように左手を上げた。
「どうした?ケテル」
ヘイムダルがケテルに尋ねる。
血の気のない白い顔をしたケテルが、ゆっくりと口を開いた。
「私…を犠牲にして…アーラを…倒す。
それ…しか手は…ない」
蚊の泣くような細い声は、言葉を紡ぐたびに咳き込むような音がして、見ると彼の肺の近くにも矢が刺さっている。
フローライトが戸惑うようにヴィクトリアを見る。
ヴィクトリアは険しい表情で言った。
「ケテルの能力は、攻撃力の高い敵を一体を確実に破壊できること。
……しかしそれが発動できる条件は…彼自身を犠牲にするというものだ」