第3章「白の地」 第6部〜昏き森〜III
アーラの低く憎しみのこもった呻くような声が響き渡るとともに、辺りの空気が一層じっとりと冷たくなるのを感じた。
ヴィクトリアとヘイムダルが僕の前で剣を構え、アーラと対峙する。
ケテルはその一歩後ろで、片方の翼を僕を庇うように広げた。
その表情は相変わらず何の色も感じ取れないが、彼の青い瞳は静かにアーラのいる上空をじっと捉えている。
フローライトは抱きしめるようにして僕を護っている。
赤と黒の光が火花のように飛び散るのが見えるとともに、金属音が鳴り響いた。
ヴィクトリアの耐えるような声が漏れ、彼女の身体が後ろに仰け反りそうになる。
またしても火花が散り、次はヘイムダルが斬撃を弾く。
矢は間髪入れずに何発も僕たちを襲って飛んでくる。
ヴィクトリアとヘイムダルの反応と、身体に来る衝撃から、その威力がただの矢とは比べものにならないほどの重い斬撃であることがわかる。
幾度も赤と黒の火花が散り、ヴィクトリアとヘイムダルは飛んで来る矢を弾き続けていた。
「くっ、攻撃が速すぎてあいつに近づく隙がねぇ……」
ヘイムダルが矢を弾きながら声を上げる。
重い斬撃を剣で耐えているからか、彼の息が少し上がっているのがわかった。
「私の力を使いたいところだが、私とお前でこの攻撃をかわすのに精一杯だ。
ケテル、行けるか?」
ヴィクトリアの問いかけに、僕はケテルの方を見た。
ケテルはかすかに頷くと目を瞑った。
一瞬彼の翼と、手にしている杖のようなものが白い光を帯びる。
しかしすぐにその光はしぼむように消えてしまった。
「駄目です。この森の力は闇に傾いているのを感じます。
私たち天使の力はここでは制限されてしまっています」
フローライトが声を上げた。
「アーラは悪魔だ。本来の力だと我々に利があるが、この森の中では奴の方が有利だ……。
なんとかして至近戦に持って行きたいのだが、これでは近づけない」
ヴィクトリアは矢を弾きながら、途切れ途切れに言った。
とめどなく襲いかかって来る矢の斬撃に、ヴィクトリアとヘイムダルの息が上がっていく。
一瞬、アーラからの攻撃が止み、静寂が訪れた。
ヘイムダルがその隙を捉え、前方へと走り出そうとして地面を強く蹴るのがわかる。
しかし、次の瞬間アーラの低くくぐもった呪文のような声が聞こえるとともに、赤と黒の混じった血液のような光が空に広がる。
「まずい!ヘイムダル、戻れ!」
ヴィクトリアが叫ぶ。
その瞬間、無数の鳥が飛び立つような音が聞こえた。
見ると赤黒く燃えるような矢が、降り注ぐ雨のように無数にこちらへと飛んでくるのが見える。
ヘイムダルは数歩先へと進んでしまっており、ヴィクトリア1人ではその攻撃を捌き切れないことは目に見えてわかった。
フローライトが僕に覆いかぶさり、視界が完全に暗く閉ざされる。
フローライトの金切り声のような悲鳴と、無数の金属音が暗闇の中響き渡った。