第3章「白の地」 第6部〜昏き森〜I
僕たちは、ミネルヴァがくれた羽から伸びる光の示す方へ歩いていった。
先頭をヴィクトリア、その次をヘイムダル、その後ろをケテルがふわふわと飛ぶように進む。
フローライトは僕を護衛するためか、僕の真横にぴったりと添うように歩いている。
時刻は恐らく黄昏時に差し掛かっている。
少しずつ空からの白い光が弱まっていき、進む先を教えてくれる光がだんだんとはっきり見えるようになっていく。
人間の世界で日が落ちる時の色が茜色であるのに対して、暗くなっていくにつれ辺りは灰色がかっていく。
光を失い、少しずつ黒に近づいていく景色は、不安を掻き立てるものがあった。
やがて目の前に新たな森が現れた。
その森は今までの森よりもはるかに広大で、影を集めたかのように暗澹としている。
高く聳え立つ木々はあたりの暗さからか黒く見え、まるで燃え尽きた炭のように生気がなく、無機質さを感じる。
羽から差す光はその森の中へと続いていく。
「ここが昏き森か」
ヘイムダルが呟く。
いつもより低い声に彼を盗み見ると、彼の顔にいつもの軽快な笑みはない。
「ここからは人間を護衛しながら進む。ヘイムダル、お前には後方を任せた」
ヴィクトリアはそう言うと、剣を抜いた。
フローライトが僕をヴィクトリアのすぐ背後へと促す。
ヴィクトリアの華奢な白い首筋が至近距離で目に入り、僕は目線を彼女の頑丈そうな鎧へと移した。
僕の前にヴィクトリア、左側にフローライト、右側にケテル、すぐ後ろにヘイムダルと、僕を囲むような立ち位置となった。
これだけ近い距離で4人に囲まれているのに、息苦しさや熱、人の圧というものを一切感じないことに、僕は改めて彼らが人ではない存在であることを感じていた。
僕の背後でヘイムダルも剣を構えるのがわかった。
フローライトは少し不安げながらも覚悟を決めたかのように緊迫した表情をしている。
右側を横目に見ると、ケテルは相変わらず彫刻のような顔でどこかを見つめている。
ヴィクトリアが口を開いた。
「行くぞ」
僕たちは森へと足を進めた。
一歩森へ入ると一気に視界が暗くなり、加えて身震いするほどの冷気が身体に纏わりつく。
その瞬間、目に飛び込んできたのは、こちらに飛んでくるいくつもに黒い靄のような塊だった。
「影だ!」
ヴィクトリアの声が響くのと同時に、屈強な男の手が僕の頭を強く押さえつけ、僕がしゃがみ込むと、フローライトが庇うように覆いかぶさり、視界は暗く閉ざされる。
そして負の感情を凝縮したかのような不快な音が近づき、咄嗟に耳を塞ぐ。
手の隙間をすり抜け耳へと入ってくるおぞましい響きに嗚咽しそうになった瞬間、眩しい光が辺りを包んだ。
まるで雷のようなその閃光が一瞬だけ轟くように光ると、おぞましい悲惨な音がぴったりと止まった。
「フローライト、もう大丈夫だ」
ヘイムダルがフローライトの肩を抱き起こした。
「今のは……?」
フローライトの問いに、ヘイムダルが答えた。
「俺の一撃で瞬殺さ…って言いたいところなんだが」
ヘイムダルは口角を上げると、目線を右側へと向けた。
「ケテルだよ。こいつがこんなに実践向きだとは予想外だったな」
ヘイムダルの言葉に、思わずケテルを見ると、先ほどと変わらないぼんやりとした表情で佇んでいる。
彼があれだけの数の影を瞬殺したことに僕は驚きを隠せなかった。
「ケテルの力は影の抹消と相性がいいからな。
こんなことなら最初からケテルに同行させればよかった。
ヘイムダルなんかよりよっぽど役に立つ」
ヴィクトリアの言葉に、ヘイムダルは「はぁ?」と大声を上げた。
「他の敵だったら俺の力には及ばねぇよ。たまたま影に強いだけだろ」
ヘイムダルの発言に、フローライトも微かに笑っていて、少しだけ空気が緩んだのを感じたその瞬間、ケテル、ヴィクトリア、ヘイムダルが剣と槍を構えた。
風を切るような鋭い音と、金属の衝突音のような音が聞こえ、一瞬遅れて僕はヴィクトリアの剣が何かを弾いたことに気づいた。
続いてフローライトが急いで僕に寄り添い、全員が臨戦体勢へと入ったその時、辺りに幾重にも響き渡るような声が聞こえた。
「この森に入る者は、何者であっても私が葬る」