第3章「白の地」 第5部〜旅路〜III
それからもまた長い道のりだった。
先頭をヴィクトリア、その次をヘイムダルが行く。
また影が現れたときのために、フローライトは僕の後ろを進むこととなった。
ヴィクトリアたちは休むことなく歩き続ける。
昼時を過ぎても休憩を取らない彼女たちに、僕はふと自分がこの世界に来てから何も食していないことに気づいた。
「あの、昼食をとったりはしないのですか?」
ブローライトに尋ねると、彼女は少し不思議そうな顔をしたのち、「ああ」と思い出したかのように答えた。
「人間は食事をするんでしたね。
この世界の者は食物を食べなくても生きていけるのです。
私たちのエネルギーの元は魔力ですので」
確かにフローライトが食事をしている様子はイメージしにくいものがあった。
フローライトは続ける。
「あなたもこの世界に来たときに力を分け与えられています。
ですので食事をとる必要はないんですよ」
僕はこの世界に来てから一度もお腹がすかないことに気づいた。
食べ物を食べなくても生きていける。
僕は村にいたときに散々苦しんだ、あの腹がねじ切れるような空腹にもう苦しまなくていいのだと思うと、深い安心感を覚えた。
それからも僕たちは長い間歩いていた。
大地の景色は進んでいってもあまり変わらなかったが、少しずつ建物が減っていき、自然が多くなっていくのがわかった。
真っ白な中をただ歩き進めていくうちに、だんだんと時間感覚が鈍くなり、僕はヘイムダルの広い背中をぼうっと眺めながらただ足を動かすことに集中していた。
空からの光が弱まって来た頃、進む先に大きな森のようなものが見えてきた。
その森の色合いもまた白く、まるでキノコのように色のない木々が生い茂っている。
ヴィクトリアが振り返り言った。
「ミネルヴァ様はこの森の中にいらっしゃる。
森の中には影が潜んでいる可能性が高い。
気を引き締めろ」
ヴィクトリアとヘイムダルは剣を片手に持ち、フローライトが先ほどよりも僕に近づいた状態で、僕たちは森の中へと入っていった。
森の中は真っ白な木々に囲まれていて神秘的な雰囲気が醸し出されていた。
木漏れ日が降り注ぐだけでなく、木々からは穏やかな白い光が放たれていて、森の中は眩しいほどに明るい。
森の中はとても静かで、時々風が木の葉を揺らす音と僕たちの足音だけが響いていた。
地面にはこれもまた白い落ち葉が幾重にも重なっている。
真っ白な森というのは見たことのない異様な風景だったが、この森の穏やかな雰囲気に僕はなんとなく居心地の良さを感じていた。
やがてヴィクトリアが一本の樹木の前で足を止めた。
それは、見たこともないほど高くそびえ立つ巨木だった。
その木も幹から枝、葉に至るまで全て真っ白な色をしている。
木の周りには僕の拳ほどの大きさの丸みを帯びた綿毛のようなものがふわふわと浮かんでいた。
それはよく見ると光の塊だった。
光は戯れるようにその木の周りを漂っている。
「この木だ」
ヴィクトリアはそう呟くと、その木に近づいた。
彼女は右の腕の鎧を外し、白い手を露わにさせた。
そして手を幹へそっと当てると目を閉じ何か呟いた。
その瞬間、木の幹から眩いほどの光が放たれた。
眩しさに瞑った目を開けると、木の幹の部分に空洞のようなものができていた。
その空洞からは光が差している。
「ミネルヴァ様はこの中におられる
くれぐれも無礼のないように」
ヴィクトリアはそう言うと腰を屈め、その木の空洞へ入った。
その瞬間光が強まり、彼女の姿が消える。
「小せえ入り口だな」
ヘイムダルもしゃがんで空洞へ入っていった。
「行きましょうシュカ」
フローライトが僕を促す。
僕も意を決し、白い光の中へ入っていった。