第3章「白の地」 第5部〜旅路〜I
眩い光が差し込み、僕はまどろみの中でゆっくりと目を開いた。
視界には真っ白な空が広がっていた。
相変わらず白い空の色合いは変わらないが、夜よりも力強い光が空からは降り注ぎ、辺りはは明るく照らされていた。
その光は太陽とよく似ていた。
上空に空を舞う衣のような結界があるのを目にして、僕は昨日ここでフローライトたちと夜を明かすことになったことを思い出した。
傍に目をやると、地面に生えた植物についた露が朝の光に照らされてきらきらと煌めくのが眩しい。
身体を起こすと、野宿だったのにも関わらずしっかりと疲れが取れた爽快感があり、身体には力が漲るようだった。
斜め前の方を見るとフローライトはまだ眠っているようだ。
白い肌に銀の髪、穏やかな表情で眠っている彼女の姿が朝の光に照らされている様子に見入ってしまいそうになり慌てて目を逸らした。
反対側を見てみると、少し離れたところに誰かが立っている。
それは白いワンピースのような簡素な衣服のみを身に纏っている小柄な少女の姿だった。
肩まで伸びた緋色の髪と、黄金色の髪飾りを見て、僕はそれがヴィクトリアだと気づいた。
鎧を着けていない彼女の身体は思っていたより華奢で「少女」という言葉がよく似合うように思われた。
ヴィクトリアはしばらくの間、微動だにせずまっすぐとただ立っていた。
やがて彼女は足元に置いてあった剣を手に取り、構えた。
白いワンピース姿の小柄な彼女の身体と、頑丈な剣はアンバランスな印象を与えている。
ヴィクトリアは軽々と剣を振り上げると、それをまっすぐと振り下ろし、またすぐに振り上げ、下ろす。
彼女はその一連の動作を黙々と続けていた。
無駄のないその動きは洗練されており美しかった。
朝の澄んだ空気の中、ヴィクトリアの剣が風を切る音が響く。
僕はしばらくの間、彼女の素振りを眺めていた。
どれくらい経っただろうか。
ヴィクトリアが剣を振るう手を止めた。
彼女は剣をまた地面に置くと、鎧を手にして装備し始めた。
僕が見ていることが彼女に気づかれると怖いと思い、僕はヴィクトリアから背を向けるようにして座った。
なんとなく地面に生えている植物たちを眺めていると、それも人間の世界のものとは少し異なっていることに気づいた。
生えている植物はどれも、葉から花、茎までも全てが白い。
そしてよく見てみると植物自体がが穏やかな白い光を放っていることに気づいた。
ふと、根も白いのかと気になって僕は一本の草を抜いてみた。
抜いた草の根も透き通るように白かった。
根から葉まで真っ白で、光を放っている草は神秘的で、僕は草をじっと眺めていた。
しかし、僕の手の中でだんだんと放っていた白い光が弱々しくなっていくのがわかった。
やがて草は光を失った。
光を失った草は、光り輝くような白色から、昆虫の死骸のような枯れた白色へと変わり、僕は気味が悪くなってそれを地面に捨てた。
フローライトが言っていた“この世界の存在は全て魔力と魂を持っている”という言葉を思い出し、不穏な気持ちになった僕は考えを振り払うようにして立ち上がった。
なんとなくそこに居たくなくなった僕は結界の中を探索してみることにした。
脱いでいた靴を手繰り寄せ、傷ひとつない足に靴を履かせる。
フローライトを起こさないように足音を極力立てないようにして、彼女たちと反対側の結界の端の方へ歩いた。
そちら側はこれまで歩いて来た方向と逆、つまりおそらく今後向かうであろう方面だった。
先の方へ目を凝らしてみるが何も見えない。
それは濃い霧が辺りを覆っているからだった。
霧は僕たちの入っている結界の4分の1ほどにもかかっているが、結界の中に霧は入ってこれないようで、結界の境界部分に降り積もる雪のように乗るような形で広がっていた。
僕は霧の先を見ようと目を凝らしていたが、霧は雲のように蠢くもののその濃さは非常に濃いまま変わらず、僕の視界には白い靄ばかりが映っていた。
霧を見つめていると、頭が朦朧とするような不思議な感覚が襲ってくる。
僕は霧を見つめながらぼうっと立ち尽くしていた。
「霧をあまり見つめるな、意識が持っていかれるぞ」
鋭い声に我に帰り振り向くと、そこには鎧を身につけたヴィクトリアが立っていた。
「……意識が持っていかれる?どういうことですか?」
驚いて彼女に問うも、ヴィクトリアは僕には目もくれず霧の先を見つめて呟いた。
「もう陽は登っているというのにこんなにも霧が出ているのか…
“霧の季節”が近い影響なのか」
ヴィクトリアはしばらく考え込むようにして黙っていたが、やがて外套を翻し元いた方へ戻っていった。
僕は初めて聞く言葉を繰り返した。
「霧の季節……」