第3章「白の地」 第4部〜白き夜〜
それは白い夜だった。
ヴィクトリアとヘイムダルは座り込んで武器の手入れをしている。
時々ヘイムダルがヴィクトリアをからかうのか、ヴィクトリアの苛立った声とヘイムダルの少年のような笑い声が聞こえてきた。
僕は少し離れたところに座ったまま2人の会話に耳を傾けていた。
木にもたれかかりながら大地に足を投げ出すと、今日はかなり歩いたからか足の重さだるさを感じる。
しかしその感覚はあまり悪いものには思えず、程よい疲労感がなんだか心地よかった。
村にいた時の僕は言葉通り死にかけていて、身体に力がほとんど入らなかった。
僕の足は枯れ枝のようで歩くことはおろか自分の身体を支えることもおぼつかなかった。
久々に感じた身体に力がみなぎるような感覚と、自分の力で歩みを進められることは、たとえ行き先が決まっていて自由はないとしても僕の身体は快感を感じていた。
視界に白い煙のようなものが見えて、僕はそれが来た方向に体を向けた。
見るとそこにはフローライトがいた。
フローライトは立ったまま微動だにせず、目を瞑り、唇を微かに動かしている。
彼女の身体からは、白い煙のようなものが出ている。
白い煙のようなものは、まっすぐに空に浮かび上がった後、膜を作るように平面状に広がって行く。
それは僕たちのいる場所を包むような形でどんどん広がっていった。
「あれは結界だ。結界を張るとその中には誰も入ってこれなくなるんだ」
物珍しそうに見ていた僕に気づいたのか、ヘイムダルが教えてくれた。
「夜の間に影に襲われたりしたら大変だからな」
ヴィクトリアが呟くように言う。
最初はうっすらとした煙のようだった結界はだんだんと濃くなっていく。
フローライトを中心として白い結界が広がって行く様子はとても神秘的で、彼女が天使であることを再度認識させるような光景だった。
結界はやがては僕たちを包む繭のようになった。
僕は立ち上がり、結界の境界部分まで近づいてみた。
それは見たこともないような不思議な作りをしていた。
煙のように実体がないような、それでいて確かにそこに存在し一定の塊として形を保っている。
結界越しにも外の世界は透けて見える。
それはフローライトが来ている薄い衣服にも良く似ていた。
僕は結界に触れようと手を伸ばす。
最初僕の手が感じたのは、霧に触れたときと似た感覚だった。
しかし手を先へ進めようとすると、布のように滑らかだがしっかりとした実態のあるものに手は阻まれる。
その触り心地はココンのなめらかな寝具を思わせた。
「これで夜の間は安心です。シュカ、そろそろお休みになってください」
振り返るとフローライトがいた。
僕は頷いて、フローライトの方へと歩いた。
ヘイムダルとヴィクトリアはいつの間にか手入れを終え、眠りについていた。
「ごめんなさいね、野宿にはなりますがどうか辛抱してください」
フローライトが申し訳なさそうに言う。
土の上で死んだように眠っていた僕にはなんの問題もなかった。
僕は柔らかそうな草木のある場所を探して横になった。
視界に空が映る。
空は夜になっても白いままだが、先ほどまでよりもその色合いは暗く、月の光のような穏やかな光を放っていた。
人間の世界の早朝の空と少し似ていたが、異なるのはいくつもの星のようなものが白い空の中で光っているところだった。
いくつもの煌めきが、白い空の中で輝いている。
視界に映る結界は煙のように揺らめいていて、それは白い衣が空を揺蕩っているような光景だった。
時々、フローライトに教えてもらったドラゴンが空を駆けていく。
あのドラゴンは一体どこで眠るのだろうか。
そんなことを考えながら、ぼんやりとした明るさと、初めてみる空の美しさに、僕はなかなか寝付けずに目を開けていた。
やがて、近くで眠っているフローライトの規則正しい寝息が聞こえてきた。
精霊も人間と同じように眠るのかと考えているうちに、僕も目が重たくなった。
眠る間際、僕はあの夢の中の少女について考えていた。
あの少女とまた夢で会えるだろうか。
そんなことを考えながら、僕は眠りへと落ちていった。