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第3章「白の地」 第3部〜影〜

「……全くどうしてこんな浅い地まで“影”が出てるんだ?」


「恐らく霧の季節が近い影響だろう。この先にはもっと大きい奴も出てくるはずだ」


「おいおいオクの封印されてるところに行くだけだと思ってたのによ、“影”退治までしなきゃいけないのか」


「人間が死ねば我々の計画も終わりだ。フローライト、次からは絶対に人間から離れるな」


「申し訳ありません……!!」


ぼんやりとした意識の中、僕の耳に3人の会話が聞こえてくる。

身体に意識を向けると、僕は白い草木の生えた大地に横向きに横たわっていた。

意識が戻ってからも激しい頭痛と身体の倦怠感で起き上がれずにいた僕は横たわったまま3人の会話に耳を傾けていた。

声は僕の背中の方から聞こえる。

声の遠さから、僕のすぐ近くにフローライト、その近くにヘイムダル、少し離れたところにヴィクトリアがいるであろうことがわかった。


「おいおいヴィクトリア、お前だってだいぶ離れたとこにいただろ」


「私は先頭を征く。それに人間を守るのはこの者の役割だ」


「だからって」


「いいんですヘイムダル様、私はお二人と違って魔力も低いですし、もしもの時に身代わりになるくらいしかできることがないですから」


この世界では魔力の大きさが身分と同じようなものなのかと僕は推察した。

フローライトが身代わりになる可能性もあるほど、器という存在は重要なのだろう。


しばらくヘイムダルの返答が聞こえなかったが、やがて彼の力強い声が響いた。


「まあ俺がいるからお前が身代わりになるようなことは起きねえよ

あとついでにヴィクトリアもいるしな」


「私はお前より強い。言葉には気をつけろ」


「おっじゃあここで決闘でもするか?」


「誰がそんな無駄なことを」


ヘイムダルは豪快に笑いながら、「俺はいつでも歓迎だからな」と付け足す。


僕は会話を聞きながら、ヘイムダルという存在に何と無く好感を持った。

村の大人たちの中にはあまりいない類の大人だった。


フローライトが心配そうに僕を覗き込むのがわかったので、僕は身体を彼女の方へ向け意識が戻ったことを伝えた。

フローライトは安心したような表情をすると「シュカの意識が戻りました」と2人に告げる。

ヴィクトリアはこちらには目を向けずに「そうか」とだけ返した。

ヘイムダルが「大丈夫か?」と言いながら近寄ってくる。

ヘイムダルの姿を見て、枕代わりに僕の頭の下に置かれていたものが彼のマントであることに気づいた。

身体を起こそうとする僕にヘイムダルは言った。


「もう少し横になってろ、“瘴気”に当たっちまったからな」


「……“瘴気”?」


もう一度身体を横たえた僕にヘイムダルは口角をあげながら頷くと、フローライトの方へ向きを変えた。


「フローライト、シュカに“瘴気”のことを説明してやれ。ついでに“影”のこともな」


フローライトはヴィクトリアの方を気にするように見た。


「これからまた出くわすかもしれねえんだし、知ってたほうが危険も少なくなるだろ」


ヘイムダルはヴィクトリアにも聞こえるようにか大きい声で言った。

ヴィクトリアは「好きにしろ」とぶっきらぼうに言うと岩に腰掛け、剣の手入れのようなことを始めている。


「さ、フローライト」


ヘイムダルはフローライトの背中を押し、僕の近くに座らせると、自分も地面に座り込み、腰の剣を抜いた。

ヴィクトリアと同じように剣の手入れをするのだろう。

僕とフローライトはまるで子供を寝かしつける母と子のような体勢になった。

フローライトが話し始めた。


「先ほど私たちと退治していた存在は“影”と呼ばれるものです。

影は様々な負の感情や情動が集まって形となったもの、言わば負のエネルギーの集合体です」


「負のエネルギー……」


「影は小さいうちは力が弱く、放っておいても特に問題はないのですが、大きくなっていくと私たちに襲いかかるようになります。

影に触れてしまうと、身体の中に負のエネルギーが流れ込み、魔力を消耗してしまったり、精神を病んでしまったりします。

影が完全に身体の中に入ってしまうと、負の感情に乗っ取られてしまい、自身の存在自体が影そのものになってしまうこともあります」


「さっきの奴の大きさだったら、自然発生した影というよりも、誰かを飲み込んで大きくなった影だろうな……」


ヘイムダルが言う。

僕は影と同化して真っ黒になった自分を想像し、なんとも言えない恐怖を感じた。


「ちなみに私たちが封印すべき敵トゥアル・タミナスもこの影が巨大化したものだと言われています」


僕はアルケスで聞いた話を思い出した。

世界を破滅に追い込むほどの威力を持った負のエネルギー。

僕はトゥアル・タミナスという存在が未だ想像できずにいた。


「まあ影はもともと負のエネルギーが溜まりやすい奥地だったり、戦いの跡地なんかにたまに出るくらいの奴で、大きさも片手くらいの小さいのばっかだったんだ。

俺たちに近づいてくるような奴もいなくて、たまに出くわしても向こうが逃げるくらいの可愛いもんだったんだが、ある時から急に凶暴化するようになってな」


ヘイムダルの声にヴィクトリアが反応した。


「確かにあそこまで大きなものは珍しい。それに私の攻撃を避けるとは……」


僕は気になっていたことをヘイムダルに聞いてみようと思い、ヴィクトリアに聞こえないようにヘイムダルの方へ首を伸ばし、小声で囁いた。


「あの……戦いの途中でヴィクトリアさんが目を瞑ってやっていたのはなんだったんですか?」


ヘイムダルには僕の意図はあまり伝わらなかったようで、彼は相変わらずよく通る声で言った。


「あああれか。あれはヴィクトリアの魔力を使った魔法だよ。まあ必殺技みたいなもんだな。

俺だってできるんだぜ」


ヘイムダルはそういうと勢いよく立ち上がり、地面においてあった彼の背丈ほどの杖を左手で持ち、目を瞑った。

彼が口を開き、僕は呪文のような言葉が彼の口から発されるのを期待したが、その声はヴィクトリアの鋭い声でかき消された。


「無駄に魔力を使うな!」


ヘイムダルは「ちぇ」と口を尖らせると「まあ次の戦いの時に見せてやるから楽しみにしとけ」と僕に笑いかけた。

僕は彼の魔法が見たい期待感より、あの緊迫感のある戦いにまた立ち会わないといけない憂鬱感が勝ったが、とりあえず口角を少し上げて頷いた。

その瞬間僕は左耳の奥にガサガサという音を感じた。

耳の奥に何かが入っているような違和感がある。

僕は左耳が下になるように首を傾け、左手で出口を塞ぎながら頭を軽く振った。

手に出てきたものを見てみると、いくつもの小さな黒い塊だった。

ヘイムダルがそれを覗き込み言った。


「ああちゃんと出できたか、よかったよかった」


僕が出てきたものをよく見ようとする前に、ヘイムダルはふーっと息をかけ、それを飛ばしてしまった。

フローライトが言った。


「あれが“瘴気”と呼ばれるものです。」

先ほどお話ししたように、影は負のエネルギーが集まってできたものです。

影を退治するためには、負のエネルギーが集まる核となっている部分を攻撃する必要があります。

核が壊れるとそこから負のエネルギーが放出され、大気と混じって薄まって消えていきます。

核から放出される負のエネルギーが瘴気と呼ばれるものになります」


僕はヴィクトリアが影を攻撃した時に聞こえてきた、あのなんとも言えない不快な音を思い出した。


「あの音が瘴気なんですか?」


「そうです。瘴気の持つ形は影によって異なります。音だったり匂いだったりイメージのようなものだったり色々なタイプがあります」


「……ではどうしてヴィクトリアさんがあの影を斬った時、すぐに瘴気が音の形をしているとわかったんですか?

すぐに僕に耳を塞げと言いましたよね」


僕の質問に、フローライトは少し微笑みながら答えた。


「私はちょっとだけ耳がいいんです。

ヴィクトリア様が影を斬った瞬間、すぐに音が聞こえてきたのでわかりました。

でも完全には間に合わなくてごめんなさい……」


フローライトが表情を曇らせたので、僕は首を振った。

耳にもう違和感はなかった。


「人間は不便だな。

俺たちは魔力って“中身”があるからよほど強い瘴気じゃない限り中に入ってくることはないんだが、お前は魔力がない。

器って言葉通り中身が空っぽってことで、瘴気もすぐ入ってきやがるんだよな」


ヘイムダルが憐れむように言った。


「確かにあの影もまっすぐとこの人間を狙っていた。

魔力の弱さがわかるのか、中身が無いのがわかるのか……」


ヴィクトリアが考え込むように呟く。

僕はこの世界では自分は空っぽであるという扱いにもうさほど違和感を抱かなくなっていった。


「シュカ、もう動けますか?」


フローライトの言葉に僕は頷いた。

あの黒い塊が出てからか、頭痛と倦怠感もほとんど残っていなかった。


「ヴィクトリア、出発するか?」


ヘイムダルの声にヴィクトリアは剣の手入れの手を止め、空を見上げた。


「いや、もうすぐ日が落ちる。今日はこの地で夜を明かすことにしよう」


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