第3章「白の地」 第2部〜白の世界〜III
近くにつれ3人のシルエットが見えてくる。
鎧を着た細身の女性、背が高く恰幅の良い男性、羽のような不思議な装飾をつけたもう一人は性別不詳だ。
彼らは向こう側を向いていた。
「皆さんお待たせしました。“人間”をお連れしました」
フローライトの言葉に、3人が振り返る。
その瞬間、彼らから向けられたそれぞれ違う感情を込めた目線に僕の身体は固まった。
1人は嫌悪の目を、1人は好奇の目を、そしてもう1人はなんの感情も込めていない目で僕を見ていた。
僕は咄嗟にフローライトを見たが、彼女は少し困ったように微笑むだけだった。
フローライトは言った。
「ご紹介しますね、まずこの方がヴィクトリア様です。
属性は“ソルジャー”、人間の言葉だと兵士に近いかもしれません」
それは僕を睨むように見ている女性だった。
緋色の髪を顎先で切り揃えた小ぶりな顔は、同じく緋色の丸い瞳に小さめの愛らしい鼻と相まって幼く可憐な印象を受ける。
しかし険しく吊り上がった眉と睨むような僕に向けた嫌悪と憎悪の混じったような表情が彼女の印象を険しく近づきがたいものとさせていた。
その雰囲気はアザゼルと少し似ているものがあった。
ブリキのような素材の頑丈そうな鎧で肩から腕、手までは覆われており、“兵士”と言う言葉がよく似合う印象を受けた。
胴体を覆う鎧は精巧な作りをしていてこれもまた頑丈そうではあるが、少しドレスのような女性的なニュアンスのあるデザインをしていた。
細身のバランスのとれた身体は端正な曲線を描いている。
銀色の鎧で覆われた左手には彼女の身体に釣り合わないほど大きく屈強な剣を持っており、黒を基調としたその剣もまた黄金に光り輝いていた。
血のような色合いをした外套は、端の方が敗れている。
よく見ると鎧の下に着込んでいる白い衣服も一部が破れかかっており、村にいた時に見たことのある戦争から帰ってきた大人たちと少し重なるところがあった。
ヴィクトリアはすぐに僕から目を逸らすと、フローライトに向かって言った。
「フローライト、ご苦労だった。ジークフリート様から指示は受けている。
ここから先は私が指揮を執る」
明快な凛とした声だった。
フローライトは「かしこまりました」と言い、頭を下げる。
僕も名乗って挨拶するべきか迷っていると、よく通る声が響いた。
「相変わらずの堅物だな“ヴィクトリア様”は」
茶化すような口調で言ったのは、僕を好奇の目で見ている男性だった。
茶色がかった白い鎧越しでもわかる逞しい筋肉質な身体は、村にいた頃見ていた大人たちよりも随分背丈が高く、見上げると首が痛いほどだった。
屈強な身体に反して顔立ちは非常に端正で、まるで彫刻のようなシャープな輪郭、鼻筋の通った整った鼻、白い髪から覗く僕を面白がるように好奇の色を浮かべた瞳は吸い込まれるような美しい緋色をしている。
白い髪に反して茶色の鋭い眉とつり上がった目尻が雄々しくも風格に満ち、利発的な印象を与える。
鎧の上には足元まである白い外套を纏い、茶色い重厚な手袋をつけた手には独特なフォルムの杖を持っている。
その杖は彼の背丈ほども大きく、翼のような白い装飾のある上部からは黄金の光が放たれていた。その杖の外観は先ほど見たドラゴンに少し似ていた。
腰元には強靭そうな剣を下げている。
ヴィクトリアは彼の言葉には反応しなかった。
彼は「つれないなぁ」と呟くと、もう一度僕に目線を向けた。
見るからに勇壮な姿の男は僕を面白そうに頭から爪先まで舐め回すように見つめている。
フローライトが言った。
「こちらの方はヘイムダル様です。彼もヴィクトリア様と同じソルジャーです」
ヘイムダルはにやにやと笑いながらしばらく僕を見ていたが、やがて言った。
「それにしても小さいな。人間ってみんなこんなに小さいのか?」
僕を見下ろす爛々とした目は、恐らく悪意のない純粋な好奇心に満ちている。
僕はおずおずと口を開いた。
「……僕は人間の中でも小さい方だと思います。ろくに食べずに育ったので」
僕の言葉にヘイムダルは口を豪勢に開いて笑い声を上げた。
「身体に似合って、細っこい声だなぁ」
「お前は相変わらずだな、人間などに興味を持つとは」
ヴィクトリアが冷たい声で言う。
「だってこの世界に人間が来るなんて初めてのことだろ?
珍しいもんはしっかり見とかないと損だからな」
ヘイムダルが弾むような声で楽しげに言う。
ヴィクトリアはため息をついて目線を空へと移した。
少し色褪せた黄金の髪飾りが、空からの光に反射してキラキラと光った。
僕は目線をもう1人の存在へと向けた。
彼、もしくは彼女は3人のやり取りの中もずっと言葉を発することなく、ほとんど動くこともなく少し離れた場所に佇んでいる。
ずっと一点を見つめている瞳は海のように淡い青色をしていて、中世的な顔立ちはまるで人の手で作られたかのような人形のような美しさを湛えている。
その表情は微動だにせず、何の感情も読み取れない。
銀色と紫色が混じったような不思議な色をした髪の毛は短く散らばりながらも胸ほどまで長く、風に軽快に揺れていた。
特に目を惹くのが肩から生えた白い翼で、その翼は繊細で柔らかそうな手触りを想像させた。
か細い左手には三ツ先の矛を持っており、その矛からは眩いほどの金色の光が放たれている。
驚くべきことに右の腕の先半分は手ではなく、鳥の前足だった。
線が細くも平面的な身体には白い布が巻きつけるように施されていて、その衣装は教会のガラスに描かれるものとよく似ていた。
下半身はどちらも人間の足をしている。
青がかかった白銀の金属製の脚衣は、貴族のような上品な作りをしていて、腰元にはいくつもの装飾を施した腰巻のようなものを纏っている。
僕の目線に気づいたフローライトが言った。
「あの方はケテル様です。彼も天使です」
フローライト以上に“天使”という言葉がよく似合うと僕は思った。
「“彼”ということは、男性なのですか」
僕は失礼にならぬよう小声でフローライトに尋ねた。
フローライトは答えた。
「天使に人間のような性別はないんです」
僕は思わずフローライトを見た。
彼女も天使であるということは、勝手に“彼女”と呼んでいるフローライトにも性別がないのだろうか。
僕はフローライトの女性的な曲線をつい凝視してしまい、慌てて目を逸らした。
「それで、この人間は何という名前なんだ」
ヘイムダルが問いかける。
フローライトは言った。
「紹介が遅れましたね、彼はシュカと言います」
僕は3人に向かって頭を下げた。
ヘイムダルは相変わらず薄笑いを浮かべながら僕を見ていて、ヴィクトリアはこちらを見ようとはしない。
ケテルは何の反応もしなかった。
僕はこれからの旅路に不安を抱きながらその場に立っていた。
「それで、俺たちはこれからどこに向かうんだ?」
ヘイムダルが大きく伸びをしながら問いかけた。
ヴィクトリアが答える。
「私たちはまずミネルヴァ様のところへ向かう。
ヘイムダル、ケテル、フローライト、人間、行くぞ」