第3章「白の地」 第2部〜白の世界〜II
それからフローライトと僕は、白の地を歩き出した。
白の地はどこまで歩いても美しい景色が続いていた。
フローライトはまるで飛んでいるかのように滑らかに進んで行く。
その後をついて行く僕の足取りも軽く、雲のような靄に包まれた足元のせいか、僕は空を飛んでいるかのようなふわふわとした気分だった。
一瞬あたりが暗くなり、それと同時に上の方から何やら大きな羽音のような音が聞こえた。
僕は足を止め、空を見上げた。
そこで見えたものに僕は思わず息を飲んだ。
狼のような鋭い頭部、肉食獣のような逞しい胴体に、3本の鋭利な蹄、そして大きな羽を持つその存在は、大きな音を立てながら悠々と空を飛んでいる。
白に血のような赤が混ざった色のその身体は、馬や牛の何倍も大きい。
僕はここまで大きな生物を見たことがなく、ましてやこんなにも巨大なものが空を飛んでいるのを見るのも初めてだった。
足を止めて空に魅入っている僕に気づいたフローライトが振り返った。
僕の目線を辿り、少し微笑むと言った。
「彼はドラゴンです。
人間の世界にドラゴンはいませんものね。
驚いたでしょう」
「ドラゴン……」
僕は初めて聞く言葉を繰り返した。
白く光り輝く空の中をドラゴンが風を切るように飛んでいく様子は、神秘的で荘厳な光景だった。
僕は初めて見るその圧倒的な存在感に目を奪われるとともに、ここが元いた世界と違う世界であることをより認識した。
「彼の名前はグウィバー、魔力を持つ魔獣の一人です」
フローライトが僕に教えてくれた。
あんなに大きい身体をした存在が、魔力をも持っているのか。
僕はあのドラゴンと自分が戦っている様子を想像した。
ドラゴンが魔法を使わなかったとしても、あの大きな羽で叩かれただけできっとすぐに死んでしまうだろうと思った。
「この世界にはドラゴンのような魔獣がもっといるんですか?」
「そうですね、彼のようなドラゴンも他にもいますし、虎や犬のような動物や鳥の姿をした方もいます」
僕は言葉を話す犬を想像して、なんとも言えない気味の悪さを感じた。
「あとは人間の言葉で言うと “悪魔”や“天使”、あとは“神”に近い方も存在します」
「悪魔や天使……神まで……」
大人たちが崇め、信じ、祀りながらも、どこか作り話として扱われていた悪魔、天使、そして神のようなものが、この世界には存在しているということに僕は驚きを隠せなかった。
また歩き出したフローライトとはぐれないように着いて行きながら、僕は聞いた。
「えっと、悪魔や天使や神様とはこれからお会いしたりするんですか?」
「もちろんです。仲間になってくださる方にはその属性の方もいらっしゃいますよ」
悪魔や天使、神様と仲間になる。
僕は全く想像がつかずにいた。
フローライトは「それと……」というと、にっこりと笑った。
「私も天使なんですよ」
僕は驚いてフローライトをじっと見た。
確かに、光を纏い美しい髪とドレスをなびかせる彼女は、羽はないものの、教会のガラスに描かれていた天使によく似ている。
彼女のまるで透けるような透明感は、天使だからゆえなのだろうか。
僕は気になっていたことをフローライトに尋ねてみた。
「僕が浜辺で会ったアザゼルという方も天使なのでしょうか」
僕の質問に、フローライトの表情に陰りが見えるのに気づいた。
少しの間彼女は薄紅色の唇を閉ざしていたが、やがて答えた。
「いいえ、アザゼル様は天使ではありません。
……正確にはかつて天使だった方です」
“かつて天使だった”という言葉に、僕は浜辺で彼女が天使であるか問うた際の、彼女の反応を思い出した。
フローライトは続けた。
「天使の中には、いろいろなことがあって天使ではなくなる方もいらっしゃいます。
それを私たちの世界では、“天使から堕ちる”と言い、そうなった方を“堕天使”と呼びます。
アザゼル様はかつて天使だった方、堕天使です。
堕天使の方は天使を嫌い、悪魔と親しくされる方がほとんどです」
フローライトの言葉に、僕がアザゼルを天使だと見間違えてしまったことは言わないほうがいいだろうなと思い、僕は話題を変えた。
「これから僕たちの仲間になってくれるのはどんな方々なんですか?」
「彼らは全員白の地で暮らす精霊です。お3方とも人によく似た姿をした方々ですよ」
フローライトの言葉に僕は少し安堵した。
天使はともかく、動物や悪魔や神の姿をした方と一緒に旅をするのが気が引けそうだ。
フローライトは白い地の中をどんどん進んでいく。
神々しく光り輝く神秘的な景色が広がる上空と、白い靄に包まれながらも複雑で精巧な模様を描いたいくつもの端正な建物が見える左右と、天使だとわかった彼女が歩くたびに銀色の髪とドレスがきらきらと煌めく前方とで、美しいものに囲まれた僕は目線をあちらこちらに泳がせながら歩いて行った。
やがてフローライトが前方を指差して言った。
「あそこが彼らとの集合場所です。皆さんもういらしてますね」
見ると崩れた廃墟のような建物の前に、ぼんやりと3つの姿が見える。
フローライトと僕はその3人の方へ足を進めた。