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第3章「白の地」 第1部〜アルケス〜IIII

それからフローライトは、僕にこの世界のことを話してくれた。


この世界には “精霊”や “魔物”と呼ばれる、魂と魔力を持つ存在たちが暮らしていること。

彼らは人間とは異なる存在で、魔力を原動として生きていること。

人間のように寿命や年齢の概念はないが、魔力が尽きると存在は塵となって消えてしまうこと。


そして、人間は僕のほかに一人もいないこと。


「世界は遥か昔から、赤、青、緑、白、黒、そして中立の6つの文明に分かれています。

かつては文明同士で争い、領地を奪い合っていました」


「……この世界にも争いはあるんですね」


「争いは必ずしも悪いものではありません。

争うことで私たちは魔力を高め、己を研鑽します。

……しかし、確かに数千年前までのこの世界の争いは、あまり良いものとは言えませんでした。」


数千年前と言う途方もない歴史に、僕は必死に話についていこうと眉間に力を入れた。


「そんな中、文明達の争いはある日終わりを、正しく言うなれば一時停戦状態を迎えたのです。 強大なる敵を前にして」


「……強大なる敵」


「それが“トゥアル・タミナス”という存在でした。

トゥアル・タミナスの目的は、すべての精霊と魔物から魔力を奪い、この世界を飲み込みすべてを無に帰すこと。

その存在は、この世界で一番強い者の魔力を使っても制圧できないほどの力を持っていました。

すべての文明は力を合わせて戦いましたが、犠牲者は数知れず……。

恐ろしいことにトゥアル・タミナスは犠牲者の魔力を取り込み、さらに肥大していくのです」


僕は巨大な怪獣が人や動物を喰らい、腹を膨らせている様子を想像していた。


「私たちはトゥアル・タミナスを倒すため、やがてひとつの大きな決断をしました。

それが各文明のリーダーの中から1人ずつ柱を立て、トゥアル・タミナスを封印すると言う方法です」


「柱……」


人間て言うところの人柱のことだろう。

同じ大人に飼われていた奴隷の中の1人が、人柱として祭り上げられ、殺されていくのを僕は見たことがあった。


「偉大なる6つの犠牲をもって、封印は成功しました。トゥアル・タミナスは6つに分けて各地に封印されています」


フローライトはそこで息をつくと、一転して厳しい表情になった。


「しかし……その封印が何者かによって解かれているのです」


「一体、なんのために?」


「……それはわかりません。

トゥアル・タミナスは負のエネルギーが集まって生まれた怪物で、それに仲間や部下のような存在はいません。

トゥアル・タミナスの仇討ちをしようとする者、復活を望む者もいないはず。

しかし、6つの封印の内すでに5つが解かれていることがわかっています」


「もし全ての封印が解かれたらどうなるのですか」


フローライトの表情がさらに厳しくなる。


「……次こそ世界は確実に破滅します。」


それは重々しい響きだった。


フローライトはこちらを振り返ると、まっすぐ僕の目を見つめて言った。


「だからこそシュカ、あなたの力が必要なのです」


「……僕の力が?」


「封印をもう一度行うためには、かつて柱となった英雄たちの魔力を1つに集める必要があるのです。

そしてそのためには魔力を入れる“器”が必要なのです」


フローライトは僕の胸元あたりをじっと見つめていた。


「魔力を入れる器……。それがどうして僕なのでしょうか」


「私たち魔力を持つものは、他の存在の魔力を同じ身体に宿すことができません。

もし他の魔力を宿そうとした場合は、自らの魔力を手放す必要があります。

そして、自らの魔力を手放すというのは、私たちにとって死を意味します。」


フローライトは続ける。


「さらに魔力を宿すことができるのは、生命を持つ存在、生きている者だけなのです。

シュカ、あなたは人間です。魔力を持たない、生きている人間。

私たちの目的は、あなたを器として魔力を集め、トゥアル・タミナスをもう一度封印することです。」


フローライトはそう言うと、もう一度僕の目をじっと見た。

海のような青い煌めきが、すがるように僕を見ていた。

僕はあの煌めく砂浜で起きたことを思い出した。


「……それがあのアザゼル様という方が言っていた “義務” なのでしょうか」


「そうです。本来この世界には人間が足を踏み入れることができません。

この世界が始まって以来一度もここに人間が訪れたことはありません。

あなたは義務を与えられし者として、特別にこの地に招かれ、力を分け与えられています」


僕はアザゼルが僕に力を与えたり、奪ってみせたりする様子を思い返し、今自分の身体に満ちている力も誰かから与えられていることを再度認識していた。


「……となると、僕に選択権はありませんよね」


「あなたが義務を果たすことが嫌だとおっしゃるなら、あなたを元いた場所にお返しすることも可能です。しかし……」


「きっとあの場所に帰っても、僕は死んでいたんですね」


フローライトは表情を曇らせると、頷いた。


僕は、あの白い箱の中で息絶えた後も海に揺られ続けている自分の死体を想像した。


フローライトは言った。


「もちろん私たちは全力であなたをお守りします。

私だけでなく、魔力の強い者たちも道のりに同行します。」


死か、器となり世界を救うか。


僕は頷くことしかできなかった。


フローライトは小声で「ありがとう」と呟いた。

そして彼女はもう一度笑みを浮かべると言った。


「この場所、アルケスについてもう少しお話ししましょう」


フローライトは僕にアルケスを案内してくれた。


アルケスはこの世界に初めてきた時に“生まれ変わる”ための時期を過ごす場所であること。

この世界に来て日が浅いものは、ときどきアルケスに帰り、自らの魔力を癒したり、回復魔法(これは魔力を回復させることのできる魔法らしい)を使える者は、他の存在の魔力や体力を回復させてあげたりしているらしい。

その他にもフローライトは僕にアルケスのことを色々と話してくれたが、正直僕はあまりその話に集中することができなかった。

それがわかってか、やがてフローライトは足を止めた。


「お話は今日はこのあたりまでにしましょう」


フローライトは僕が眠っていたベッド “ココン”へと僕を連れていった。

彼女が僕に、ココンの中で横になるよう促す。

全く眠れる気がしなかったのだが、ココンの中に入った途端、身体の力がすっと抜け、思考が緩やかになり、急激な眠気が僕を襲った。

フローライトは微笑みながら僕に話しかけた。


「シュカ、明日から私たちは白の地へと向かいます。

今日はゆっくり休んでください」


彼女はそう言って立ち去ろうとしたが、もう一度僕の近くに来ると問うた。


「シュカ、あの暗い森の中でのことですが、他に何か妙なことはありませんでしたか?」


フローライトは何か気がかりなことがあるかのような口調で付け足した。


「例えば、誰かに会ったりしませんでしたか」


僕の頭に、あの愛らしい少女が浮かんだ。

僕は口を開きかけたが、少し躊躇い、僕の口はこう言った。


「いいえ誰にも会っていません」


なぜそう答えたかはわからなかった。


フローライトは「そうですか」と言うと、続けて何か僕に話しかけていたが、僕は瞼の重さに耐えられず、僕の意識は薄れていった。

僕は心地よい眠りへと落ちていった。



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