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第3章「白の地」 第1部〜アルケス〜III

フローライトの言葉に僕が質問を投げかけるより先に、彼女は言った。


「まずはここを歩きながら色々とお話ししましょう」


彼女は僕を手招いた。

左腕にあしらわれた青のリボンがゆらゆらと揺れながら去っていく。

僕はフローライトの後を着いて行った。


あたりは明るいのに遠くまでは見渡せない、まるで霧がかかったような感じだ。

つるつるとした人工的な地面から、ここが建物のようなものの中であることがわかった。


歩いていくと、僕が寝ていたようなベッドのような白いものがいくつもある。

ベッドにはこれもまた白い布がかかっていてその中身は見えない。

しかし目を凝らしてみると、その布の先にはぼんやりとした光が見えることに気づいた。

光の強さはひとつひとつ異なっていて、その色合いも多様だった。

光はベッドの中でゆらゆらと輝いている。

一つのベッドが僕の目を留めた。

そのベッドから見える光は、他のベッドよりも強く輝いていた。

光の色は赤。

白い布に映るシルエットに目を凝らすと、それが不思議な形をしていることに気づいた。

最初は鳥のように見えたが、少し異なっている。

鳥よりも大きく立ち上がった羽、何かを掴目そうなくらいしっかりとした前足。

頭部も鳥とは異なっていて、くちばしがない。

斜め上に伸びた楕円形に近い頭部は、よく僕が眠っている小屋に滑り込むトカゲに似ていた。

あれはなんなんだろうか。

そしてここは一体。


僕の目線に気づいたのか、フローライトが話し始めた。


「ここはアルケスという場所です。”はじまりの地“と呼ばれることもあります」


「はじまりの地……」


「ここは私たちが最初に訪れる場所なんです。もうずっと前になりますが、私もここからはじまりました」


“はじまる”という彼女の言葉が僕はよくわからなかったが、なんとなく聞き返すこともできず、僕は彼女の後を着いていく。


「ここにきたあとは、あの “ココン”と呼ばれる白いベッドのようなものの中でしばらくの間眠ります。そして新しい自分に生まれ変わります。シュカ、あなたも7日ほど眠っていたのですよ」


「7日も」


僕は驚いて繰り返した。

自分の傷ひとつない白い手を見つめながら、僕は問うた。


「ということは僕も、生まれ変わったのでしょうか」


フローライトはくすくすと笑った。

それは可愛らしい音だったが、僕はなんだかその笑いに嫌なものを感じた。


「いいえ、あなたはもとの人間のままです。アクアリアによって傷を癒して、力を回復させてもらっただけですわ」


アクアリア、確か “青の人”か。

僕はまだ見ぬアクアリアによって癒してもらった軽々とした身体で、歩くことの喜びを楽しんでいた。


彼女が身に纏っている衣服はその髪の色と同じ色をしていて、それに白い花、水色のリボン、銀の装飾品があしらわれていた。

歩くたびに銀色の髪とスカートの裾がふわりと揺れる。

彼女の軽やかな足取りはまるで体重がないかのようで、僕は彼女が空を飛ぶ姿を想像した。

そして僕の頭にあの白い砂でできた大地で会った女性が浮かんだ。


「あの、フローライトさん」


フローライトは歩みを進めながら「はい、なんでしょう」と答えた。


「……僕、ここにくる前に黒い羽の生えた女性に会って、その方に”義務がある“と言われたんです。その方を知っていますか?」


フローライトは「もちろん」と微笑むと言った。


「その方はアザゼル様という方です。その方があなたをここまで連れてきたんですよ」


「連れてきた……その方とは砂浜のようなところで会ったきりです」


「あら、そうなんですか?ではどうやってここまで辿り着いたんですか?」


僕はここまでの道のりを思い返した。


「……僕の前に白い光が伸びていて、僕を運ぶように進ませてくれました」


「白い光、ですか」


フローライトは少し考え込むようにして呟いた。


「あの方だったら黒い光を使われる気が……」


僕は黒い光というものが想像できずにいたが、なんとなくこう答えた。


「でも黒い光だったら、あの暗い森では見えなかったかもしれませんね」


フローライトの歩みが止まった。


「暗い森?」


彼女は僕の方を振り返った。

彼女の顔に先ほどの笑みはなく、緊張感が僕を襲う。


「それはどんな森ですか?」


「えっと、とても暗い森で、地面は泥のようにぬかるんでいて、それで……」


フローライトは僕の言葉を遮り、正面から僕に問いかけた。


「あなたはそこで、何か奇妙な体験をしましたか」


奇妙な体験。

僕はあの森のことを思い返した。

じっとりとした湿り気と、飲み込まれるような閉塞感、そしてあの奇妙な感覚を思い出した。


「森を進んでいるときに、木の根っこにつまずいたんです。それで転びはしなかったんですが、なぜか誰かに蹴られたかのような感覚があって、痛みもありました」


フローライトは眉をひそめながら「それで?」と聞いてくる。


「そのまま森を進んでいて……それで……あ、そのあともっと妙な感覚がありました。自分の身体の上に何かが乗っているような、こう虫が這っているような感覚があったんです。いや、虫ではないかもしれません。2つの足で踏みしめるように、僕の身体の上を進んでいる感覚。それで僕は、僕の上にいる何かを叩き潰そうとしたんです」


フローライトが息を飲む。


「それで、あなたは叩き潰してしまったんですか?」


緊迫感のある声だった。

僕は彼女の剣幕に押されながらも答えた。


「いえ、そこで僕は多分気絶したんだと思います。目覚めると泥の中で溺れかけていました」


フローライトは身体に入っていた力が抜けるかのように息を吐いて「よかった」と呟いた。

彼女はため息をつきながら、こぼすように呟く。


「アザゼル様もそんな雑な仕事をするなんてさすがにどうかと思いますわ……いくら人間が嫌いだからって」


“人間が嫌い”

その言葉に僕はもはや驚かなかった。


空を飛ぶ黒い羽の女性、虹色に煌めく砂浜、僕を運ぶ白い光、姿のない門番、不思議な形の光たち。

僕が今いるこの世界が、これまで僕が暮らしていた世界とは全く違うこと。

そしてきっと、ここにいる“ひと”たちは人間ではないこと。

僕はだんだんと気づいていた。


フローライトがはっとしてこちらを見る。

泥に溺れていたことを差し置いて「よかった」と言ってしまったことに対してなのか、人間が嫌い、という発言を漏らしてしまったことに対してなのか、彼女は少しきまりが悪そうに口角をあげていた。


「……あの、シュカ、ごめんなさいね。私人と話すのが得意ではなくて」


彼女の優しげな微笑みと裏腹に、話しているときに僕の方をあまり見ないことから、何と無く僕は気づいていた。


「いえ、僕も人と話すのは得意ではないので」


僕は意を決してフローライトに問いかけた。


「ここは人間の住む場所ではありませんよね。」


フローライトは、一瞬真顔になってこちらを見ていたが、やがて微笑みを浮かべると僕に言った。


「察しの良い方ですね、あなたにはどこまでお話しするか迷っていたのですが、お話ししましょう。この世界のことを」

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