二部第28話 変態、流しそうめんで流し父さん、オワタ
流しそうめん。
それは夏の風物詩。
我が家では、今年はせっかくだからみんなでやろうという事で、更科家の庭で開催。
わざわざ父さんが竹を買ってきて、流しそうめんコースを作ってしまった。
母さんがそうめんを流し、その手前できゃっきゃとトウカが素麺をフォークで突き刺している。
トウカは、今朝外に出たが俺に何か話すでもなく、すぐに母さんの所へ向かい、それからずっと母さんにひっついている。なので、今日は一言も話せていない。
姉さんは秋菜と一緒に一番下でのんびり素麺を待ち構えながら話をしているようだ。
秋菜も例のつきまといにより多少周りは気になるようだが姉さんと話しながら流しそうめんを楽しんでいるようだ。
そして、真ん中にいる俺は、
「ななななななつき、たのしいな、えへ」
どM変態親父と一緒に素麺を待ち構えている。
先日、三井さんに言われ、父親としての先輩で、実の父にお話お伺いしようと思ったわけだが、
「ほへではあ、なつきは」
唇が腫れている。くちびるおばけじゃねえか。
母さん特製の父さん専用檄辛めんつゆで唇を真っ赤にした父親が、回復しながら再度口を開く。
「それでさあ、夏輝は? トウカちゃんになんで嫌われてるんだ? 臭いのか?」
いきなりのクリティカルヒット。
俺は父さんとは違うので、こういうダメージに慣れていない。
その時、流れてくる素麺をすかさず父さんは掬ってすする。
「い、いきなり息子にそんなひどい事言って、心痛まねえのか!?」
「痛むね! その痛みすらこちとら快感よお!」
ど変態である。
「もらったあああ! ひゃっほおおおお! かれええええええ!」
俺が父さんを見ている隙に流れてくる再び素麺をゲットし、再び火を吐きながら食べる父さん。
それを見てトウカは笑っているが、俺と目が合うと悲しそうな目をして逸らす。
「あーあーあー、大分きらはれてるはあ」
「腫れを治せ」
「嫌われてるなあ。ざまあwww」
「おい、ネットみたいに煽ってくんな」
父さんはダメージを一手に引き受ける前衛なのでヘイトを自分にむけるのがうまいなあ。
俺は父さんの脇腹に一撃入れると父さんは恍惚とした表情を浮かべる。きっもい。
「きっもい」
「おおう! ストレートな悪口! だが、気持ち良い!」
流れていく素麺と共にスルー。素麺は下で秋菜がゲットしたようだ。よかったよかった。
「気持ちいいのかよ、息子にそんな事言われて」
「気持ちいいねえ、ちゃんと正直に言葉にしてくれて」
素麺は流れていく。
「お前がさ、ちゃんと自分の気持ちを言ってくれて父さんは嬉しいよ。父さんにはお前の気持ちが分からないから」
「は?」
「あ、これは馬鹿にしてるわけじゃないぞ。さっきのは馬鹿にしてたけど」
「おいぃいいい!」
え? ウチの親父の煽りスキル、高すぎ……?
「いやさ、親子って言ってもさ、結局は、血のつながっている他人だよ。あ、血のつながっていない他人よりは近い他人だけどな。でもさ、近いからさ分かった気になっちゃうんだよね、近ければ近い程見えてる気になっちゃう。灯台下暗しって言うのにさ」
流れていく素麺を見つめながら父さんは話を続ける。
「父さんはさ、気付けなかったじゃん? お前の固有スキルの事」
そう、父さんに俺は自分のスキルの事や覚醒を伝えなかった。母さんは伝えてなかったがなんとなく固有スキルに目覚めたのは察していたらしい。
「んで、お前が自分の固有スキルが【変態】だって事で悩んでるのにも気づかずに、思春期特有のアレだろみたいな感じで考えたんだよね。お前が夜遊びしてるのも、まあ、人生経験でいいだろって何かあれば助けようって」
そう、違法で狂気の仮面道化としてダンジョンに潜っていることは詳細は知らなかったが、夜に出かけていたことはバレていた。まあ、そりゃそうか。
「だしさあ、お前がさ、秋菜の人見知りとか、春菜の悩みを解決したとかあとから聞いてさあ、父さん思ったんだよね……お前の方が父さんじゃんって」
「いや、なんでだよ!」
「いや、そうでしょうがよ! 普通、娘の悩みを父さんが解決して家族が一つにって流れじゃん! なのに、お前が解決して、父さんはその間、ダンジョンに潜ってはぁはぁしてて、完全にお前が父さんじゃん!」
ダンジョンではぁはぁすんな! 聞きたくなかったわそんな情報!
悲しい父の叫び。そして、父さんは息を切らせはぁはぁしている。
それ、は……叫んだせいの息切れのはぁはぁだよね。興奮してたらぶん殴るぞ。
はぁはぁすんな。ぶん殴らないぞ。
「……だからな、お前に俺が教えることは何もない」
おいぃいいいい! 会話の意味!
「だけどな、悩みなら聞くからさ」
「……」
「父さんさせてくれよ」
「……」
素麺が、流れていく。
「雑魚でも低レベルでも無力でも、俺はお前の父さんでいたいからさ。戦わせてくれよ、お前の悩みと、お前と一緒に戦わせてくれ」
「……うん」
俺は素麺を掴んで啜る。しょっぱい味がした。
そして、俺は素麺を食べながら父さんに話したトウカとの遊園地の話を。
それを父さんはうんうん頷きながら聞いてくれた。
「なるほどなあ、そういうことか……」
「俺、どうすべきだったのかな」
「……わからん!」
おい? 相談の意味?
「分かんないんだよねえ」
「おい」
「だってさ、子供の頃って子供の世界でしかモノが見えないからさ。なんで、こんな楽しい所があるのに帰らなきゃいけないんだって思っちゃうよな? ずっとここにいればみんな幸せなのにみんななんであんな辛い所に帰るんだろうって」
「……」
「それが子供の世界なんだよ。そんでお前は今丁度真ん中にいるからさ。大人の世界だって分かんないだろ? なんで、そんな事の為に生きるのかとかって」
「まあ、そうかも……」
三井さん達が結婚しない事やレイが今でもダンジョン庁で頑張っている理由。
色んなことが俺にはまだ分からない。いや、分かりたくない。
「お前は優しいからさ。色んな人のことが分かって、自分ならなんとか出来るんじゃないかと思っちゃってるからな。でも、お前が分かるのはまだ、お前の分かる範囲でしかないんだよ。そんで、それでいいんだよ。少しずつ分かっていけばいい」
父さんたちが俺が悩んでいるのをなんで分かってくれないんだと思ってた時期もあった。
だけど、そういや、自分で言ったことはなかった。なんでわかんないんだ、いや、そうか、どうせ父さんには分からないと思ってたんだ。
「父さんもさ、少しずつだけどお前の話を聞いてさ、分かっていくから。大体、父さんはさ、親父20年目なんだ。お前は人生17年目。ほぼ同級生なんだよ。わかってくれい!」
「……」
俺は、色んな人を助けて、色んな事が人より出来て、なんでも出来ると思ってた。
でも、秋菜やトウカに付き纏う奴らを俺じゃなんとか出来なくて、レイたち大人に力を借りるしかなくて、自分の弱さが悔しくて……。
だったら、だから、トウカの事だけでも俺は分からないと、いや、トウカの事なら誰より分かると思い込んで、トウカも分かってくれると思い込んで……親子だから通じ合ってると勘違いしてた。
トウカは、一人の女の子だ。
トウカにだって世界がある。
トウカの世界が。
俺はそれを理解しないままになんとかしようとしてた。
俺の【変態】スキルだって、相手を理解しないと使えないのに、それを分かっているはずなのに。
「父さん、ありがと」
「おう、もっとさ、いっぱい話してくれよ、MINEでもなんでもいいからさ。父さんと夏輝はパパ友だからよ!」
唇を真っ赤にした父さんが笑っている。
俺も笑った。
そして、俺は流しそうめんの上流を目指す。流れに逆らって目指す。
そこでは楽しそうに素麺を流している母さんと、
「トウカ」
俺の声が聞こえるとトウカは肩を震わせ、母さんにしがみつく。
母さんは困ったように笑っていたけど、あっちに行った方が良いとは言わない。
「……トウカ、パパさ、流しそうめんがうまくとれないんだよね」
「ふえ?」
トウカは俺の言う事が予想外の事だったのか。ちょっと間抜けな声でこっちを見る。
「トウカはさ、すっごく上手だったの、パパ、見てたんだけどさ、どうやったの? トウカに、パパ、教えてほしいな~」
俺がそう言うとトウカは顔を輝かせて母さんの方を見る。
母さんは、
「まあ~、パパだめねえ~。トウカは凄く上手だからトウカがせんせいになって教えてあげなきゃね」
そう言ってくれた。流石母さん。
トウカは、お子様用フォークをぎゅっと握り、大きく頷く。
「うん! トウカ、ぱぱにながしそうめんおしえる!」
そして、俺の所に来て、トウカは流しそうめんのやり方を教えてくれる。
「あのね! ぱぱね、ながしそうめんはね、おかーさんがね、ささーってやるから、それをじっとみて、ぱっととらなきゃいけないの! わかる!」
「難しいなあ、トウカ見本みせて」
「わかった!」
トウカは母さんの方を見る。すると、母さんは頷いて、素麺を流す。
「やー!」
トウカは勢いよくフォークを突き刺す。だけど、するりと素麺は逃げて行き、竹がぐらっと揺れるだけ。笑いそうになるがなんとかこらえる。
トウカはこっちをみて顔を赤くして母さんをにらむ。
「ううん、さっきのはおかーさんがへた!」
「ごめんねえ、トウカちゃん。もういっかいやっていい?」
「いいよ! ゆるす!」
トウカは胸を張って母さんに返事をする。
そして、俺の方をちらりと見て鼻息荒く真剣な表情で待ち受ける。
それを見て俺は思わず笑ってしまう。
トウカには、トウカの世界がある。
それが少し覗けた気がした。
流れてくる素麺。
俺は変態スキルを使って、一瞬、水の流れを止める。
その瞬間、トウカが、
「やー!」
フォークを突き刺して素麺を絡めとる。
「やった! できた! とれた! わかった? ぱぱ、ながしそうめんはこうやるの!」
「うん、ちょっとわかった。でもさ、もっと教えてくれない? トウカのやりかた。パパさ、いっぱい知りたいから、トウカのこと」
「わかった! もーぱぱはしかたないこだなー」
そんな台詞を何で覚えたのか。
それも俺には分からない。
でも、知ろうとすることは出来るから。
諦めない限り。
俺はトウカの小さい背を見つめながら色んな事を知って、大人になろうと心に決めた。
向こうでは、トウカが逃がした素麺をとって食べてまた唇を腫らした変態親父がサムズアップしてたけど、スルーした。流しそうめんだけに。でも……感謝はしてる。ありがとう、父さん。
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