03
「貴方が『囚われの姫と凡夫』の話をしてくれる方ですかね?」
噴水に座り込む吟遊詩人は、陽気な音楽とは裏腹に、かなり老いぼれたエルフ族の男性だった。
「いかにも。君も聞きたいかね?」
携えたひげを軽くさすりながら白い歯を見せる。
なんだか優しそうなおじいさんだと思いつつ、
「はい、僕はトトと言います。ぜひお話聞かせてください。」
そう言うと更に機嫌が良さそうに
「ほーかほーか、よろしくトト。わしが今から話すのは約400年前の話……。」
そこまで言うと、急に雰囲気が変わるような気がした。
「とあるところに、産まれながらに咎を背負った#魔女__おなご__#と、それに恋した平凡な心優しい#男__おのこ__#がおった………。」
年に一度の『太陽の儀』と呼ばれる儀式で、男は初めて塔に登った。
太陽の儀とはその年に成人した男子が、塔の上にいる魔女を目にするというもの。
大人達からは魔女は世界を滅ぼす厄災だと教えられ育ってきたため、どれだけ醜いのだろうかと男は思っていた。
しかしそこに居たのは、なんとも儚げな美しい魔女だった。歳は成人どころかまだ子供にも見えたが、何処からか漂う妖艶さに、男の心は奪われた。
太陽の儀が終わったあとも男は魔女が忘れられず、悶々とした日々を過ごした。ある時男は、村の掟を破り、一人塔を登った。
そこから二人の秘密の逢瀬は始まり、やがて魔女も男に恋心を抱いた。
しかし、魔女への対面すらも禁忌、ましてや恋をするなど、重罪であった。
村人は世界に仇なす男を殺そうと力を奮った、がしかし、男には傷一つつかなかった。
魔女に魅入られたものは不死となる………。
魔女自身も、男も知らなかった。
男はなんとか逃げ延びようとするも、とある魔法使いがそれを止めた。
絶対に死なない命を、精神と肉体に分離することで、生命活動を止めようとしたのだ。
魔法使いに心臓を奪われ、残り幾ばくもない命の灯火が消える前に、男は塔にもう一度登り、魔女との最後の、短い逢瀬を終えた。
簡潔に言うと、そういう話だった。
「これが、わしの知る最も古い昔話じゃよ。ん……?どうかしたのか?顔色が優れんが…。」
急に顔を覗き込まれ、僕ははっとする。
「い、いえ!大丈夫です。それにしても…悲しい話ですね。」
するとおじいさんはほほえみながら、
「そうじゃな…、本当に、悲しかったよ。」
おじいさんはあたかも自分の身に振りかかったかのような言い方をした。それが気になって聞き出そうとするも、
「うし、わしは行くとするかの。聞いてくれてありがとう、トト。またどこかでなぁ。」
「ぁ…は、はい!ありがとうございました!」
おじいさんは手を振りながら行ってしまった。
『囚われの姫と凡夫』か…。
何故だろう、不思議と心に引っかかる。
キュッと、心臓が痛くなったような気がした。