01
「一人に、しないでよ……。」
彼女の小さな口から、僕に向けて放たれた言葉。
僕はそんな彼女の、自分よりも小さいところにある頭を撫でながら言う。
「ごめん、でも、必ず迎えに来る。」
僕は一生懸命伝えたつもりだったのだが、彼女はそうは思わなかったらしい。
「嘘よ、嘘、だって、だってあなたは……もうすぐ死ぬじゃない!」
涙を流しながら彼女が視線を送るのは、僕の心臓、否、それのあった今は空洞の部分だ。
えぐり取られたそれは、僕自身どこにあるかもわからず、ただ暗い穴が、ポッカリと空いていた。
しかし、僕は傷に目もくれず、彼女を抱きしめる。
「大丈夫、そんな気がするんだ。どれだけ時間が経とうと、どれだけ諦めようかと思ったとしても、いつかまた、どこかで、君に会えるような気がする。」
「そうやって、置いていくくせに。」
「ごめん。」
「そうやって、愛してるくせに。」
「ごめん。」
「居なくなるなら、あなたを好きではいたくなかった…。」
「ごめん。」
短い逢瀬を終え、僕の脳には警告が走っている。
脳が掻き乱され、今にも卒倒しそうな倦怠感が体を包み、激痛に激痛が重なり、もはや何も感じていなかった。
僕はもうじき死ぬ。
いつの間にか僕の膝はおれ、彼女に支えられる形になっていた。
でも、これだけは、彼女にーー、
「僕が必ず、この塔から連れ出してみせる。」
最後に見たのは、彼女の笑顔と、大粒の涙だった。
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「ありがとうございましたー。」
僕は今日も、仕事先のボロ本屋で接客の「練習」をしている。
絶えない笑顔とお客への安心感を追求し、日々、月に一回来るか来ないかのお客を待ち続け____
「おい、我は年老いてもとりあえず『賢者』と呼ばれる魔道士じゃ。お主が悪口を思えば、いついかなる時も気づくのじゃぞ?おん?」
そうやって、笑顔を絶やさない僕の腰あたりをグイグイ押してくるのは、『賢者 マラフィ』。
幼少の頃に賢者の石と適合し、不老不死となった世界最高の魔道士だ。
ちなみに、髪は淡い水色をしており、ぶかぶかのローブにとんがり帽子、右手にはお気に入りの魔導書『ぐりもわぁる』が携えられている。あとロリだ。
一応僕の師匠でもある。
現在、この人に勝てる者は地上に存在しないだろうと言われるまでにすごい人なのだ。ロリだけど。
「ロリロリロリロリうるさいのぉ!?不老不死になったのが幼いときなのじゃからそこから年が止まるのは当然であろう!」
おっと、心の声が読まれていたようだ。
「冗談ですよ冗談。確かにボロいしなんかかび臭いし、置いてあるのは魔導書だけで、一般人が読める代物じゃないし、何より店主がロリだけど大丈夫です。」
「また言った!また言ったのじゃ!!」
あと、うちの店主はロリと呼ばれることがお気に召されないようで、馬鹿にされたときは大抵裾をちゃんと上げてから地団駄を踏みまくる。
ぜぇぜぇと息を荒げながら乱れたローブと帽子を直す。
「まぁお主も魔導書が読める稀有な人間だからここにいるだろうに。」
「んー、読めたところで僕に魔力はありませんからねぇ……。」
僕は確かに魔導書が読める。
しかし使えないのだ、神官いわくまるで心に穴が空いているようだとか。宝の持ち腐れとはこのことだろう。
「そもそもなんで伝承できないんですかね。」
そう言うと僕はカウンターから出て客用の椅子に腰掛ける。
師匠はサボる気だなと一瞬眉をひそめるも、客足もないので良しとしたようだった。
「個人によって単語も文法もバラバラな解釈なのに理解できる内容は『同じ』…、不思議じゃのぉ…。」
『ぐりもわぁる』をパラパラめくりながら師匠は言う。
「不思議ですねぇ…。」
僕は頬杖をついて師匠を見る。
ほんとにただの可愛い幼女にしか見えないのに、人智を超えた力を持つのだと想像すると自分がすごく劣等に思えてくる。
「お主にはお主の良さがあるさ。」
「読まないでくださいよ。乙女だったら怒りますよ。」
「軽口を叩く余裕があるなら大丈夫じゃ。ほれ、手間賃をやるから我の夜食を買ってこい。とびきり辛いのをな!」
相変わらずのぶっ飛んだ要望と一緒に、どこから出したのか少し多めの硬貨を僕に手渡す。
そのうちこの人は「塩の塩漬け」とか食い始めるのではなかろうか、恐ろしや恐ろしや。
「つまらん想像をせずにはよぉいけ。」
「はいはい。」
ぐりもわぁるで尻を引っ叩くからこのロリは凄い。