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06.謁見(3)

 長い間、翡翠と視線が絡み合っていた。

 ここで先に逸らすと発言の信憑性が薄まると思い、じっと堪えた。なお、例のきらめきは止まっているので目は痛くない。


 彼は顎をくいっと上げた。


「その言葉に嘘はないな?」

「もちろんでございます」

「それでは、今までの行いを悔いているか?」


 ――酷なことを言う。


 この男、私に記憶がないと知っていながら、こんな質問をしてきた。


 記憶のない人間の謝罪など、納得するのかどうか疑問だ。

 だが、この場の大多数がそれについて知らないので、パフォーマンスのようなものか。


 何だか試されている気がした。ここで異を唱えでもしたらすぐさま破滅エンドだろう。

 イライラした。

 逆上するのを待っているのかもしれないが、まんまとその策にハマってしまっている。


 しかし、私は知っていた。


 昔からショボい悪役は、ヒーローの軽い挑発に乗っかったが最後、みな簡単に事切れていっていることを。


 私は無理矢理口角を上げて、笑顔を作った。


 刹那、翡翠が揺らいだ。


「もちろんでございます」


 時が止まったかのように物音一つしなかった。国王はその返答に無言のまま、何か思案している様子だった。

 ――笑顔はまずかっただろうか。

 つい喧嘩に負けたくなくて笑って見せたのだが、よくよく考えれば、話の内容的にもっと神妙に詫びるところだったかもしれない。

 もしや反省していないと見て処罰――封印を検討中なのかと段々不安になってくる。



「嘘だ!」

 叫び声がした。

「魔女は嘘をついている!!」



 これを皮切りに、今まで静観していた人々が、口々に不満を爆発し始めた。


 信じられるか。

 騙されるな。

 腕を折れ。

 首を切れ――。


 子供に聞かせられないような、おぞましい言葉の渦が辺りを包み込む。


 そのうち、バラバラだった意見は、“殺せ”という一つの言葉に収束した。



 殺せ。

 殺せ。殺せ。殺せ。



 再び側近が静かにするよう言うが、誰も聞かない。

 一般人の集まりでなく、国の重要人物たちの集まりでこれだ。城下は今一体どのようになっているのだろうか。


 騎士たちが警戒するようにピリピリし始めた。

 ここは国王のいる謁見の間だ。暴動が起きでもしたら大惨事になる。

 けれども、先ほどのように国王が動かない限り、収まりそうもなかった。



 その時、パチンと音が鳴った。



「恐れながら、陛下」


 ジュードの声が響き渡った。

 彼はもう一度繰り返した。


「恐れながら、陛下。筆頭魔法使いとして意見を述べさせて頂いてもよろしいでしょうか」


 彼の声はずしんと重く、体にのしかかった。

 この場にいる全員が何か異変を感じているようで、そろって呆けた顔をしていた。


「……許可しよう」


 国王は乱暴に腰を下ろした。


「ありがたく存じます」


 ジュードは深く礼をした。

 そして辺りを見回して、指を鳴らした。


 すると驚くことに、一瞬で謎の不快感が消え去った。

 彼が何かしたのは間違いなかった。

 私へと集まっていた視線は、今やすべて彼の元に向かっている。




「さて、まずは混乱を抑えるためとはいえ、皆さまに魔法をかけたことを深くお詫び申し上げます。現在は解除いたしましたが、もしもまだご不調があるという方は、後ほど魔塔の方にご連絡ください。薬を用意させて頂きます」


 ジュードは柔らかく微笑んだ。貴婦人たちが何人か頬を染める。彼女たちのあの顔は、絶対後で薬を貰いに行く顔だ。


「それでは本題に入らせて頂きます。私は現在、陛下より魔女の監視の命を受けております。絶えず様子を窺ってまいりましたが、魔女は過去の過ちを反省し、今は国民のよりよい生活のために尽力しています」


 小さなどよめきが起きた。


「魔女の魔力や知識は、我々魔法使いと異なる性質を持ち、非常に有用性の高いものです。すでに私と、弟子のアーチー・グラントは、魔女の協力のもと、いくつかの魔道具を発明し陛下に納めております。陛下もそれについては高く評価していたと記憶しております」


 ジュードと国王の視線が絡んだ。

 国王はこくりと頷いた。


 再びどよめきが起こる。


「新しい魔道具については魔塔で試験を行い、問題がないことが確認でき次第、販売する予定です。今後においても、魔女は自身の力を国民のために使うことを強く希望しており、賢王のもと、更なる発展が見込まれるでしょう」


 ――あれ、私いつのまにそんなことに?


「もちろん、魔道具だけではありません。薬についても、魔女の力を利用すれば、これまで完治が不可能と言われてきた病が治る可能性も十二分に考えられます。――なお、こちらについてもすでに開発済みの新薬があり、現在魔塔で副作用等の確認中でございます」


 どよめきが大きくなってきた。


「以上のように、魔女にはこの場で殺すには惜しい程の利用価値があります」

 ジュードは一呼吸置いた。

「よって、筆頭魔法使いとしては、この機会をみすみす逃さず、国のため、しいては国民のため、魔女を監視し続けるのが得策だと考えます」




 素晴らしい演説だった。ジュードがこんなに喋りが上手いなんて知らなかった。

 所々思うところはあるものの、逆風しか吹いてなかった私の立ち位置がちょっぴり安定した。


 胸が熱くなるのを感じていると、先ほど私に殺意を向けた壮年の騎士がやって来た。

 その表情はかなり渋い。眉間にシワを寄せて私を一瞥すると、ジュードに向き合った。


「一つ伺いたい」

「なんなりと」


 二人が対峙すると、またピリッとした雰囲気になった。

 ただ、さすがに国王陛下の面前のためか、抜刀する勢いはなかった。



「魔女が裏切る可能性は?」



 再び視線が私に集まった。

 ぎくりとして汗が落ちる。


 ジュードは目を細めてじっと男を見ていたが、やがて小さく笑みをこぼし、こちらを指差した。


「魔女の手元をご覧下さい。あれは、筆頭魔法使いである私が特別に作った手錠です。あれがある限り、魔女は魔法が使えません」


 それは嘘だ。使おうと思えば今すぐにでも使える。


「また、現在魔女は特殊な部屋に監禁されており、その部屋からは一切出ることはできません。今日はこの謁見のために解きましたが、普段は厳重な呪いが施されております」


 それは本当だ。なるほど、あの静電気は呪いの一種だったのか。



「いかがでしょうか、陛下」

 ジュードは国王を見上げた。

「……」

 始めのように片肘をついていた彼は、もう一方の手の指で肘置きを叩いている。

「陛下、私は反対です。信用なりません!!」

 騎士の男が声を荒らげた。


「陛下」


 ジュードはそれを横目に、国王の面前まで歩み出ると、ゆっくりと跪いた。



「私が、全責任を持って管理いたします」



 ピクリと小さく国王の眉が反応し、眉間にシワが寄った。

 リズムよく鳴っていた指が止まる。



「………それは誠か?」

「えぇ。()()魔法使いである私であれば魔女を制御することは可能ですし、魔道具の開発も今後より一層取り組むことができます」


 それに、とジュードは続けた。


「これまで魔女と交流を続けてまいりましたが、私との間には何ら問題は起こっておりません。この国一番の適任者かと思われます」


 国王のシワがより深くなった。

 彼は半ば睨むようにジュードを見ていたが、しばらくして、目を閉じると溜息をこぼした。


「いいだろう」


 騎士の男が陛下!と怒号を上げた。

 国王はそれを無視して言葉を続けた。


「確かに、魔女に関する報告は聞いている。国民のために利用価値があるというのなら、死ぬまで使うというのも悪くない」


 人々が困惑しているのが伝わってきた。

 国王はそんな彼らを見渡すと、不敵な笑みを浮かべる。


「それに、魔女の裏切りも問題ないだろう」


 そう自信たっぷりに言うと後ろを振り返った。



「我々には、“異世界の少女”がいる」



 その先を見ると、そこには金髪の美少年の背に庇われる一人の少女がいた。


 少女は黒髪にセーラー服姿で、顔立ちは日本人そのものだった。急に話題に出されて驚いているのか、それとも視線が怖いのか、びくびくと体を揺らしていた。


 美少年がそんな彼女の肩を抱き、何か囁いた。うっとりと見つめ合う二人。励ましているように見えたが、何だかピンクな雰囲気だ。どことなく見覚えのあるような光景である。

 思い出そうと眺めていると、美少年が憎悪の表情で私を睨んできた。


 ――あぁ、これ、“婚約破棄”だ。


 急激に冷めたような気分になり、チベットスナギツネのような目になってしまった。


 とすると、あの美少年は王子ということだろうか。確かに、国王にどことなく似ているような気がする。

 まさか彼らは、出会って一日ほどで恋愛関係に発展したのだろうか。まるで映画のようなスピード展開である。


 ――あ、そうだ。ロリコン王族だった。


 余計冷めてスナギツネが加速する。

 ただ、王子自身もショタに近いくらいの年齢に見えるので、彼はアーチーの理論には当てはまらないだろう。


 問題は国王か。


 ついつい胡乱げな視線を当人に送ってしまった。

 それに気づいた彼は、なぜかふいっと視線を外したが、咳払いするとまた絡めてきた。



「……魔女よ、この約束、決して忘れるな」




 こうして私は、この国での未来を何とか許されたのであった。


 条件としては、“永久的な労働力の提供”。

 違えれば、即刻封印か、――死。



 果たして、そこまでして生きる意味が本当にあるのだろうか?



 未だざわめくなか、退出の許可がおりた。

 ジュードはこの後も話し合いが続くとのことで、お供はアーチーが務めてくれるらしい。


 私は、泣きそうな彼と能面顔のエヴァンに連れられながら、帰途についた。


 やはり帰りも顔は上げられなかった。



 あぁ、何だか甘いものが食べたい気分だ。



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