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精霊たちの箱庭から  作者: Losno
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第1話〈大きな箱庭と、小さな学舎〉

挿絵(By みてみん)


 故郷には少ない、柔らかな緑の芝生の道を進んでいた。


「えーと、この道で……いいんだっけ」


 事前にもらった地図を確認して、方角を確かめる。ここを道なりに進めばたどり着ける。


 ふと顔をあげると、目的地が遠目でも見えるようになっていた。わざわざ地図を見るまでもなかったようだ。

 別に誰かが見ているわけではないが、少し恥ずかしげにさっと地図をしまい込んだ。


 第一の箱庭〈ユグドラシル〉。

 六つある箱庭の真ん中に位置する、緑の箱庭。その中央に、遠くからでもよく見える大きな樹があった。

 精霊樹。

 この大きな箱庭のシンボルと言える、巨大な樹。

 あの樹こそ、埜夢(のむ)の目的地だった。


 はじめての景色に、埜夢は心が躍った。

 緑で敷き詰められた絨毯に花がたくさん咲いている。そこに住んでいる精霊達は、その景色に合った緑や黄色の服を着て家事や仕事に励んでいた。


 新しい場所にどきどきしていたが、この雰囲気を見ていると、自分を受け入れてくれていると安心感がわいた。


 たどり着いたのは、だいたい昼前だった。

 精霊樹の近くまでやってくると、改めてその大きさに感嘆の声をあげた。

 幹の間を青色の光が脈打つように流れている。家族から聞いていたけれど、本当に大きくて温かい。

 

 しかし、埜夢が目指している場所は精霊樹ではない。

 正確には、精霊樹のふもとにある、小さな学舎なのだ。


「ごめんくださーい。今日からここで働くことになった偶野萌埜夢(ぐうのめのむ)といいますー」


 扉を叩いてみるが、これといった反応がない。誰かいないかとおそるおそる扉を開けてみると、内側にかけられていたほうきが扉に合わせてズレた。

 それによってほうきが支えていた『何か』がバランスを崩し……。


「ふぎゃっ!?」


 頭上に隠されていた袋が落ち、中身の白い粉を全身に浴びることになったのである。

 何が起こったのか理解が追いつけずに立ち尽くしていると、奥の方からパタパタと柔らかい足音が聞こえてきた。


「ごめんなさいねー! 遅れちゃいまし……きゃーっ!?」


 さながら石膏像のように、白い銅像のような埜夢が玄関で立ち尽くしていたのを目の当たりにしたのだろう。

 出迎えに来てくれた青い服の精霊に驚かれ叫ばれる始末。



 ──白い粉はチョークの粉だった。

 埜夢はあの後、何とか事情を説明して中に入れてもらうことが出来た。

 怪我こそなかったが、全身チョークまみれになるほどの粉を頭から被ってしまったため、先に服を着替えることに。


「本当にごめんね! 服は今洗濯中だから、乾くまでこれを着てて」


 埜夢を迎え入れた精霊はこの学舎を取り仕切る土来梓(どらいあずさ)というお姉さんだ。

 チョークまみれになった服の替わりとして、梓が私物の服を手渡してきた。普段あまり着ない長めのワンピース。フリフリの裾に少しムズムズする。

 借りた服を着て立つ埜夢を見て、(あずさ)は久々に会った姪を愛でるように埜夢の頭を撫でる。


「本当に……こんなに大きくなって……」

「そ、そういえば、生まれたばかりの僕を保護してくれたんですっけ」

「そうそう。あの頃は私も埜夢ちゃんと同じくらいだったからよく覚えてるわ」


 精霊には、二通りの生まれ方がある。

 親となる二人の精霊によって生まれる精霊。

 もう一つは、精霊樹から生まれる精霊だ。

 精霊樹から生まれる精霊は、兄弟や親がいない。だから大抵は、一番近しい属性を持つ精霊の保護下に入れてもらうのだ。

 埜夢も元々精霊樹から生まれ、偶野萌(ぐうのめ)という地の精霊のもとに迎えられたのだ。


「時間はあっという間ね。なんだか私も嬉しいわ」

「ちょ、ちょっと、恥ずかしいですよ……」


 働きに来たはずなのに、親戚の家に挨拶に来たような気分だ。

 梓も気持ちを切り替え、埜夢の要件を思い出す。


「ごめんごめん。埜夢ちゃんはこの学舎で働きたいんだったよね」

「はい。僕は兄達のように体が強くないので、こちらでできることがあればと思って」


 埜夢の住む場所は谷の深くにある鉱山だ。

 偶野萌の精霊が一番適した環境が鉱山だった。そのため、身内の男達は皆鉱山での肉体労働に長けている。

 埜夢も兄の手伝いこそしていたものの、男の体力や筋力と比べると埜夢のそれはずっと劣るものだ。

 そこで、この学舎が精霊手不足であるからと紹介をもらったのである。


 梓は奥の棚から、書類をいくつか取り出した。


「昔は十人か多くても二十人行かないくらいで、私だけでもなんとかなってたんだけど……最近は精霊が増えてきちゃってね」

「今はどれくらいいるんですか?」

「四十……五十くらいはいるかな」


 五十人もの子供が自分の前で騒いでいる様子を想像して少し冷や汗をかく。

 想像以上に多かった。

 梓曰く、昔は近所に住む小さな子供達に本の読み聞かせや簡単な算数を教えるくらいの小さなもので、それを何年も続けているうちにだんだんと規模が大きくなって学舎を建てたのだという。

 だが、学舎があっても梓一人では身が持たず、一緒に学舎で働いてくれる精霊を探していた。


「ちなみにだけど……埜夢ちゃんは勉学はどれくらいできる?」

「文字の読み書きは兄に習いました。算数は……加法と減法を……少し……」


 言葉の語尾はもはや聞き取れないほどの小さな声。計算はあまり得意ではないらしい。


「じゃあ、絵本の読み聞かせとか、簡単なお使いとかに行かせられる?」

「お使いなら、地元の市場で行ったことあります! 読み聞かせは……その、あがり症なんですけど、僕でもできますか……?」

「練習すればできるようになるよ。でも、最初はここに慣れてもらうためにしばらくは裏方のお仕事をやってもらおうか。……よし、大体決まった!」


 梓は手に持った書類を近くのテーブルに置き、席についた。

 そしてその書類達にペンを走らせる。


「この後寮の方に案内するから、今日はゆっくり休んで。具体的な仕事内容は明日教えるね」

「は、はいっ!」



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